第4話「戦闘開始」
「さーてと、殺りますか」
涼は高速で接近しつつある魔物に向けて気負うことなく思考を切り替える。
「(敵は空250、海100ほど、魔族は視認不可、連携錬度は低い、強者はなし、・・・・殲滅しつつ魔物の動きの中枢へ)」
現状を言葉にして確認して心の中に響かせて、これからの行動指針を決める。
涼が昔から行ってきた戦闘の際の予備動作である。
「火の刻、風の刻、水の刻、火炎を為し爆裂と鳴りて路を啓け!」
涼の広範囲殲滅型の属性攻撃が完成する。
右手を後ろに引き絞り魔力の込められた魔法が右の掌の上に顕現する。
見るだけで目が焼けるような赤と白の混じった炎が今にも解き放たれたいと願うように、涼の掌の上で輝きを増す。
それを魔法発言の言霊を言い終わると同時に解き放った。
進行方向は海面。
接近の際に低空を飛行し始めた涼は海面の上を滑るように移動している魔物の軍勢へと容赦なく叩き込む。
魔法は涼の掌を離れれば離れるほど威力を増していくかのように広がっていき、魔物に断末魔の叫びを起こさせる前に塵となした。
「あとは!」
そう叫んで急上昇する涼。
一撃で海上の魔物の5割は消し飛ばして戦闘不能にした涼は、空白となった敵軍勢の下部から、魔物の軍勢のど真ん中に飛び込んだ。
「(これで船の防衛線は粗方楽になる、敵の動揺を突いて魔族を探す!)」
再び内心での戦況確認を行って、涼は天女と呼ばれた能力を解放した。
体を緩やかに纏っていた白い布がはためく、ゆったりと大きく作られた広い袖口から幾重幾一重の細い布、細い帯と言えるものが溢れ出てくる。
「さあ! 一緒に踊ってもらおうか!」
そう言い放つと、涼は360度魔物しかいない空間で両腕をまっすぐと伸ばす。それによって今までは垂れ下がっていただけの無数といえる帯が心棒を入れられたかのように、鋭く真っ直ぐに袖口から直進する。帯はとどまることを知らないかのように愚直なまでに、直線状にいる魔物を貫いてもなお涼の袖口から伸びていく。
そして帯の長さが50mは伸びたところでぴたりと止まる。
「踊れ踊れ! 舞を舞え!『演舞・廻纏』」
その瞬間、白い帯は白く輝かく鋼の剣と為す。見た目はただの布にしか見えないが、その硬度は鋼。武器となる。
そして涼は・・・・廻った。
それは殺戮の宴だった。
袖口から伸びた無数の帯は、無数の剣となり魔物の体を数十の肉片へと切り裂いていく。
涼が腕を向けた方向に残るのはただの肉片のみ、海には切り裂かれた魔物の赤や、紫や、緑や、青といった色とりどりの血液なのか体液なのかをまき散らして、毒々しい色に染めていく。
しかし、その殺戮の中心にいる涼は至って普通、普通だからこその異常。
効率よく魔物を狩るための動作は優雅な舞になり、見る者を魅了するかのような幻想的な・・・神話の中の物語を見ているかと錯覚する。
・・・・・まわりで魔物が切り刻まれていなければだが・・。
魔物の被害が数十、百に到達するかという時点でようやく反撃を仕掛けてきた。
しかし、涼の作る円形の制空権に入ればナマス切りにされるため魔物たちは有効な手を打てずに数を減らしていく。
ある魔物が、その硬い体を生かして幾条の帯を受け止めることに成功する。しかし、受け止めた帯は先までの硬さが嘘だったかのように、柔らかくたわみ、魔物の体を包み込んでひねりあげるように圧殺、のちに帯の中を爆発させる。硬さが自慢だった魔物は塵も残らなかった。
ある魔物が、遠距離から強力な爆炎を、強酸を、雪吹を、水流を打ち込んだ。しかし、吐き出された攻撃は幾条もの帯の上を滑るように受け流され、完全に別の方向へと攻撃を逸らされて、近くにいた別の魔物へと直撃。見るも無残な同士討ちをさせられた。
ある魔物が、捨て身で同時多方向から飛び込むもわずかな時間の差があるだけで、すべての魔物が切り刻まれた。
「(思ったよりも弱い、俺だけで殲滅できるか? ・・・・ん? なんだ?)」
やはり内心で現状の確認を行っていると、帯に違和感を覚えた。
「(なるほど、来たか)」
おそらく、この魔物を率いる魔族が現れたのだろう。
涼の帯を掻い潜り、弾き飛ばし、切り飛ばしながら人型の魔族が近づいてくるのが目に見える。
「(こいつがこの魔物たちを率いてるのか、そこそこに強いが・・・)」
そう思考した涼は必死に涼の舞による攻撃を避けながら近づいてくる敵に向かって、両腕を向けた。
今までは180度反対方向を片腕ずつで帯を向けて迎撃していたものを、一方向に向けたのだ。単純計算で攻撃密度は2倍になる。
片腕分の帯でもなんとか食い縋って接近していた魔族は、突然に増えた帯の数に驚愕の表情浮かべ必死に回避しようと下がる。
「逃がさないよ、一度俺の舞台に上がった演者は逃がさない」
そう言って、涼は魔族が下がる以上の速度で一瞬で近寄る。
魔族は先ほどまで近寄りたかった、舞を踊っていた白い敵の懐近くに突然近づけたことに喜ぶのではなく、絶望の表情を浮かべて360度全方向から攻めってくる白い帯に、些細な抵抗も許されずに細切れにされた。
「(そんなに強くはなかったな)まぁ、こんなものかな」
特に感慨深いわけでもなく、それが当たり前の結果とばかりに呟いた涼は、今ようやく戦闘を開始したほかの魔法使いたちと一緒に残党を狩り始めるのだった。
戦闘終了後・・・・
「お疲れ様です、如月さん」
「みなさんもお疲れ様です。けがはなかったですか?」
さっきの髭ダンディーの人が声をかけてきたので返事をする。とりあえず今は空戦をした人間だけしかわからないけど大きなけがはなさそうだな・・・・。
下で戦っていた魔法使いたちも無事そうだし、自衛官のほうには今回は流れていかなかったから戦果は上々かな。
「はい、全員無事です。如月さんも無事・・・そうですね」
「ええ、問題なしです。残党もいなさそうですし戻りますか」
「了解です」
そう言ってふらふらと戻り始める空戦を行った魔法使い4人。まぁ、空戦で魔力をかなり使ったから飛んで戻るのも大変なんだろう・・・・。4人と下の高速船に乗っている魔法使いたちも一緒に帯でけん引して帰ろうかな。
そう結論付けて、後ろにいる4人に話しかけるため身体ごと振り向く、そして声をかけようとして・・・・・。
自分の胸を何かが貫いてきた。
自分の背中から胸に向かってブチブチブチっと致命的な音を出しながら何かが突き抜けていく、敵を逃がすことを許さないかのように、その瞬間に全力で後ろに向かって剣山のように帯を投射する。
しかし、手応えはなく、口の中に鉄の味が広がりはじめる。涼の纏った白布に真っ赤な血の色が染みわたっていくなかも、涼は敵の位置を探る。
「(どこに・・居る? いや、それ・・より傷が、やばい。致命傷・・・か。止血・・・を・・・)」
正面にいる魔法使いたちは何が起きたのかいまだにわかっていないような顔している。
周囲の警戒は最大限に、自身の延命措置を行おうとする涼。
胸から突き出していたものを抜こうとした時点で、胸から突き出したソレが全く予知できずに突然帯電する。
「がああああぁぁぁぁぁ!」
全身を体の内側から焼かれるような痛みとともに眼球の奥にせん光が走るかのような刺激が襲い、思考がスパークする。
普段なら耐えられるかもしれない痛みだった、だがこのときは到底耐えることもできず、明滅する視界と、激痛走る身体は一瞬たりとも意識をとどめること叶わずに、薄れていく思考の中に涼は意識を手放したのだった。




