第9話「俺って天女?」
石の壁に石の床の部屋。
しかし、床にはフカフカで毛の長い一目で高級なものだと分かる絨毯が敷き詰められ、壁には草原と青空が描かれた絵画に、見たことのない文様が記されたタペストリーが品よく掛けられている。正面には陽光を取りいれる無駄に大きい窓ガラス、それを開けると大の字になって寝ても余裕があるテラスが静々と佇んでいる。椅子や家具はゴテゴテした装飾は見当たらずシンプルでいて、しかし安物という雰囲気は感じない落ち着きがあった。
落ち着きのある高級ホテルのようである。
「ほあぁぁぁ~~」
涼は目を丸くして部屋を見て回っていた。
いくら上位の魔法使いとして活動していたとしても、元が一般人の出なので涼は高級ホテルなんて縁も所縁もない。
テレビでは何度かそれっぽいのは見たことはあるのだが、実際にまさにそれっぽい部屋を見てみると違うものだ。
「おい! ここお前の部屋だろ~、無駄に広いなオイ!」
すでにクレルの腕の中から降ろされた涼は、もう引いたお尻の痛みを気にすることなく歩き出す。
涼は興味心身に部屋の調度品を見回しては「ほ~」とか「へ~」とか呟きながら、ちょこまかと動き回っていた。
クレルは部屋に常駐している侍女から紅茶を受け取り椅子に腰掛けて、ゆっくりと飲みながら涼のことを目で追っていた。
特に何もない・・・か・・・。
この魔族の部屋だから期待はしていなかったが、魔力持ちの道具すらないとは一応警戒して置いていないのか、最初から置いてないのか・・・・。
涼は部屋に入ってから何かなんでもいいから役に立ちそうなものを探していた。
特に何かを探しているわけでも、何か見つかってもどうするわけでもないが、動いていないと気が気ではない。
というか・・・・。視線がうざい。さっきからなんか見てくるんだけど、あの魔族。
結局嫁になることを了承する羽目になったし・・・・。
机のまわりを物色していて、手元にあるペンをクルクルとまわしながら思考する。
あの牢屋にいた人たちは無事に解放されるのか・・・・。魔法使いとして魔物や魔族と戦うんだから死は覚悟しているとは思うけど、さすがに目の前で拷問されながら殺されるを見たくはなかったし・・・・、助けられるなら助けたいしな!
この魔族の嫁になったと思わせて、油断させといて脱出してもいい。むしろそのつもりだけど・・・・
「ところでさ~」
ぐるぐると考え事をしながら、あらかた部屋を見終わった涼は、とうの昔に飲み終わった紅茶のカップを机に置いてのんびりとしているクレルの前に移動して、「・・・ん」と言いながら仁王立ちして腕を突き出した。
クレルは怪訝な顔をしてその手をスッと流し見て、涼の顔を窺い見る。
「なんにしてもこれ、はずせ」
行動を起こすにしても魔法を使えなければ無駄だってわけだしな。
淡い紫のオーロラを纏う腕を突き出した涼は、クレルを睨みつけながら口を尖らせる。
「ふん・・・断る。・・・・と言いたいが、それなら良いだろう。元から多少は魔力は使えるようにしてやるつもりだったからな・・・・」
クレルはそう言うとスッと涼の腕輪を見た。
オーロラを纏う腕輪が軽く揺らめくくらいしか変化はなかったが、涼は自分の身体の奥から暖かいものが満たされてくるのを感じる。
お~、戻って来た、戻って来た。なんか不思議な感覚だ、こうゾクッとするというか、寒い時に温かい湯船に入った時の感じに近いな、満たされる感じだ。
そんなことをボヤ~と考えている間に魔力の充足が収まってきた。
「ん?おい魔族。なんか魔力量足りないぞ、返せ!」
自分の普段の魔力量なんか細かく完全には把握していないが明らかに足りないということは分かる。
「全部戻して好き勝手暴れられたら堪ったものじゃないからな、だいたい三分の1くらい使えるようにしてやったんだ、ありがたく思え・・・」
なんか腹立つんですけど!
この人ムカつくんですけど!
すげぇ偉そうにふんぞり返りながら感謝しろとか・・・・・、お前のせいで魔力使えないんだから!
とは言えない。
くそっ、・・・けど全部戻さないのは納得いく。俺だってあいつの立場なら全部なんて戻さない。それ以前にいきなり攫った挙句に求婚なんて迫らない。
「まぁ、いい」
「・・・それと」
「なんだよ」
「俺の名前はクレルだ。次に魔族なんて言ったら人質を殺すぞ」
「なんだよ! 短気な奴だな~、分かったわかった、クレルな、ク・レ・ル」
はいはいっと。細かい奴だ。
「それでいい、やればできるではないか・・・・涼」
ぞわっ!
なんだ! なんか鳥肌立った! さむっ! なんか名前呼ばれた瞬間にぞわっときた、なんだこれ? 気持ち悪い・・・。
「お・・・お前、俺のこと・・な、名前で呼ぶな! なんか気持ち悪い感じだった、悪寒が走った」
「なぜ俺が名前で呼んではいけないのだ? それに気持ち悪いとはふざけたことを言う嫁だ。・・・涼。それに俺は、お前ではなくクレルだ」
うお! なんかいやだ! なんか・・・艶っぽい。こいつの言い方艶っぽい!
気持ち悪い。男から艶っぽく名前を呼ばれてもなんもうれしくない。
もうスル―しよう、なんかいやな予感しかしない。クレルの言うことはすべて無視することにした。
涼は踵を返して距離を取る。
「うーむ」
今、涼は部屋にある化け物みたいにでかい姿見の前に立っていた。
どこのバレースタジオの鏡だっつーの、でかすぎだよ・・・・。
というか、見事に女になったのか?
元の顔つきが女っぽかったからかあまり変わったようなイメージはないな・・・、しいて言えば身長か・・・・、縮んだな。伸ばしたかったに・・・。
鏡に映った涼は、黒髪にライトブラウンの瞳、154cmの身長のコロッとした丸顔のかわいらしい少女になっていた。女というよりは少女と言ったほうが似合っているだろう、もちろん胸も発達をしておりCカップはあるだろう。
「よし!」
やるか!
「纏装・『白の羽衣』」
涼の身体を覆っていたネグリジュが掻き消えて、天女と揶揄されている衣装をその身に纏装していく。白い天女の衣装。今は女になってしまったことで以前よりもかなり似合っていた。以前は顔つきが女でも身体は細身ながらも筋肉の付いた肉体をしていたのだが、今の筋肉は以前のよりも減退して柔らかさを醸し出す肢体を緩やかに重力がないかのように舞う衣を纏うことで隠している。だが、それによって揺れる羽衣の隙間からたまに垣間見える皮膚がなんとも煽情的にみえる。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・いや。
いやいやいやいやいやいや!
なんで!?
なんかエロくね!?
なんでこんなになってるの!?
まえはもっとこう、肌なんて見えなかったし・・・。
さっきのネグリジュと大差がないというか、肌が見える分こっちのほうがなんかいやだ。
まて! 落ち着け俺!
この纏装魔法を発現したときを思い出せ!
あの時はただの布だったんだ。それを衣装まで変化で来たんだから、これももっとこうまともになるはずだ。
衣装と言っても結局外見は天女になったんだけどな・・・・。




