砂原での遭遇-2
「エミリアがドラゴンだったなんて・・・」
ジークは驚きを隠せなかった。
辺境のコロニーを旅してきたジークは人の姿のドラゴンには何回もあったが、こうして実際に変身した姿を見るのは初めてだった。
真っ赤に燃えるような赤い体に、更に真紅のタテガミが炎のように風に揺られて揺らめいていた。そしてどこまでも深い碧い瞳で、行く先を見つめている。その美しさにジークはモニター越しに見入ってしまった。
しばらく飛ぶと、ディルの運転するトラックが下に見えた。コロニーの手前でトラックが止まっていた。
ライデンをトラックの横に降ろすと、真紅のドラゴンは静かに地面に降り立った。そしてその体が光に包まれ霧散すると、エミリアがそこにいた。
「ふぅー。」
結構飛んだためだろうか、息をつくと、癖のあるその赤い髪をかき上げる。
「エミリア、助かったよ。」
ライデンから降りると、ジークはエミリアに水筒を手渡した。
「コクコクコクコク・・・ハー!」
気持ちのいいくらいの飲みっぷりだ。
「ジークこそ、怪我はなかった?」
「ああ、おかげでね。」
「ならよかったわ。」
ホッと胸をなでおろすエミリア。
「でも、エミリアがドラゴンだったなんてびっくりしたよ。」
「なに、わるい?!」
「いや、そういうわけじゃなくて、あ、ほらエミリアはハンターだし、珍しいなって。」
「まぁ確かに、ドラゴンでハンターをしているのは珍しいかもね。」
大戦以降、ドラゴンと人の距離は縮まっていて、コロニーで一緒に暮らす事も今では珍しくはない。
しかしながら、昔の争いの原因の密漁を主に行ったのがハンターということもあり、自らハンターになろうというドラゴンはいなかった。
「わたしにも色々事情ってもんがあるのよ。」
そういって水筒をジークに返した。
「おーい。」
コロニーの入り口の方からディルが歩いてきた。その少し後ろに送れてハンスも歩いてくる。
「二人とも無事だったか。」
ディルはジークとエミリアを見てからニカっと笑った。
「何とかね、エミリアのおかげだけどね。」
「あ、あのう、わたし・・・、」
エミリアがばつが悪そうな顔をしていると
「ジークをありがとな、まぁちょっとびっくりしたけどよ、おかげで助かった。」
「で、でも、・・・」
「ああ、お前さんがドラゴンだったてことか?別に隠すこともないけどよ、自分の正体を隠しておきたかったんだろ?誰にだって一つや二つ秘密があるもんさ、それに俺達はまだ会って1日も経ってない。仕方ないさ。」
そういって、ディルは気にするなとぽんぽんとエミリアの肩をたたいた。
「いえ、わたしは・・・・でも、一応、ごめんなさい。」
エミリアは顔をうつむかせ謝る。
「なんだよ、俺のときとはぜんぜん違うじゃないか。エミリアの猫かぶり」
とつぶやきながら、ジークは横を向くと、ハンスがライデンのスパナに挟まったままの紫色のハサミを見上げていた。
「これがスコーピオンの爪ですか・・・。」
「ああ、TBの装甲も簡単に切り裂いちまうぜ。」
ジークは荷台の上のTBを指差した。
「こ、これはひどい・・・」
荷台の上の大破したTBを目の当たりにしたハンスは驚きを隠せないでいた。
「ハンスさん、今までこんなことはなかったのか?」
ディルの言葉に振り返った顔は青かった。
「い、いや、今まで、こんなことは一度も・・・。ましてやスコーピオンだなんて・・・」
「ふむ」
ディルはハンスの答えに腕を組む。
「俺が見た限りだと、スコーピオンはクレイワームを捕食しに来てたようだな、でも、やつらは水辺に生息してるんだろ?わざわざこんな砂原まで出向くものなのかな」
ジークはクレイワームの傷口をお思い出しながら言った。
それを聞いて、はっとして腕組をとくと、ディルはエミリアに話しかけた。
「そういえばエミリア、あのスコーピオンのことを知っているようだったな、確かヴァイオレットだったか?」
「ええ、あのスコーピオンは爪が紫色であることからヴァイオレットと呼ばれているわ。ノーマルのスコーピオンに比べてはるかに獰猛で身体能力も上よ。」
「うむ、だが、お前さんが驚いていたのは違うだろ?」
「そうなの。きっと、同じ強さの生物ならば、雨季の砂原にもいるはず。わたしが驚いたのは、彼らがあそこにいたことなの。本来はクレイワームが多くいる火山にいるはずだもの。生息する場所がまったく違うのよ。」
「あそこも生息地の一つだったんじゃないのか?クレイワームの移動ルートだし、良くある話だぜ。」
ジークの言うことは一理あった。しかし、というようにハンスが口を開く。
「雨季、乾季と繰り返すこの砂原でクレイワームがこの地を訪れるのは乾季の終わりだけ、それだけのためにここに住み着くのでしょうか?」
「たしかにな、しかし、こうして実際に生息していたのだから、それを視野に入れてコロニーの防衛も考えていくしかないな。」
ディルは鋭くとがった紫色のその爪をじっと見つめながら言った。
「ですね、私はとりあえずこのことを惑星中央政府に知らせてきます。」
ハンスがコロニーに戻ろうとしたときだった。
「や、やばいわ・・・肝心なこと忘れてた。彼らはとても執念深いの。爪がこうしてあるかぎり、これを追ってくるわ。ここにくるのも時間の問題・・・」
エミリアは唇をぐっとかんで、自分のうかつさに顔をしかめた。
「そ、そんな・・・・」
「おそらく、マザースコーピオンを核とした20匹位の集団のはずよ。」
「マザースコーピオン!?、それが本当ならこのコロニーはひとたまりもない!」
さらい追い討ちをかけるようなエミリアの言葉に頭を抱えるハンス。
「こいつはやばいことになったな、急がないと取り返しが着かなくなる。ハンスさん、急いで惑星中央政府に連絡を、あと『クランディール』のギルドにも救援要請を呼びかけてくれ。」
ディルの指示にハンスは駆け足でコロニーの中に戻っていく。
そして
「とりあえず俺達もコロニーに戻るぞ。ジークはそのままライデンで作業用の倉庫まで来い。エミリアはこっちに。」
トラックにエミリアを載せるとディルは、ライデンに乗り込むジークの目の前を砂煙を上げながらコロニーへと入っていった。
倉庫に着くと、ディルが工具を用意していた。
「じいちゃん」
外部スピーカーを使ってジークが声をかけると
「そのまま乗ってろ。」
そして忙しそうに右往左往している。
横を見るとさっきもって帰ってきたTBの残骸があった。
「まさか、これを修理するの?」
どう見てもこの残骸から元のTBにするのには材料がなさ過ぎる。
「ジーク、そのスコーピオンのハサミと腕をうまく切り離すんだ。」
「一体何するんだ?」
「いいから言った通りにしろ!」
「わかったよ。」
長い付き合いだ、こういうときは従うのがベスト。
ジークは鋭いハサミのほうをぼろで包み、腕の部分を掴んで爪との付け根を動かしてみた。
「・・・・ここだな。」
さっきの戦闘でこのヴァイオレットの外殻の硬さは分かっていたため、一番弱い関節の部分をきることにしたのだ。
ジ、ジジジジ、ジジ
レーザーメスでその関節部を焼き切っていく。
一周してジークは思いっきり腕の部分を引っ張った。
ぬるん
爪の中からスコーピオンの身が飛び出して卵の腐ったような硫黄臭を放った。
「わぁあ、くっせぇ・・・、」
ライデンのコクピットまで入ってきた悪臭が倉庫を満たす。ジークは急いで近くにあったシートにくるんだ。
「そういえば、エミリアは?」
「ああ、休んでもらってる。」
マスクをして爪の具合を見ながらディルが言った。
「ええ、一人だけずるいな。」
「何を言ってるんだ、ドラゴンは変身するのに体力を使う。さっきお前を助けるために結構体力を消耗したようだしな。それに、ここを守るためにまた、戦ってもらわないといけないからな。」
たしかに、自分を助けるために、あれだけの火炎を吐いておまけにあの距離を飛んだんだ、そう思うと
ジークは自分の言った事がはずかしくなった。
「おい、ジーク、ライデンのスパナをここにおいてくれ。」
ジークは戦闘に使ったさび付いたスパナを爪に並べておいた。
「ふむ・・・これをここにはめればいいか・・・」
ディルは爪の寸法とスパナのボルトを挟むコの字になっている部分の寸法を比べながらぶつぶつ何か言っている。
「よし、ジーク、このスパナのコの字の部分にこの爪をはめ込んでみろ。大きいほうが外で小さいほうが持つ方な。無理そうだったら、スパナのほうを削れ。」
「分かった。」
ジークはパズルのように紫色の爪をスパナにはめ込んでみた。大きいほうはきつめだがなんとか入った。しかし小さいほうは削らないと駄目なようだ。削りすぎてゆるくなりすぎないように慎重に削る。ガンドレッドの中の手に緊張の汗でびっしょりだ。
「よし!」
なんとかはめることが出来、ジークは額の汗をぬぐった。
「じいちゃん、できたぜ。」
壊れたTBをいじくっていたディルが具合を確かめに来た。
「いいできだ。よし、後は俺がやっておこう。ジークお前はもういいぞ。」
「え?でも・・・」
「お前だって一戦やりあったんだ、次に備えて休め。」
ジークがライデンから降りると代わりにディルが乗り込んだ。
「調整もすましておくからな。ゆっくり休んで来い。」
「ありがとう。じいちゃんもほどほどにな」
倉庫をでると、空が赤く夕焼けに染まっていた。
倉庫の裏手に歩いて行くと、美味しそうな匂いが漂ってきた。
見るとトラックの横でマリアたちが食事の支度をしていた。
「ジークお疲れ様、ディル様は?」
食器を持ったマリアが寄ってきた。
「ああ、まだ倉庫に中にいるぜ。」
椅子に座ろうとしたジークに
「ジークご飯はまだだから、シャワーでも浴びてきなよ。」
とレイが声をかけた。
「うん、そうするか、結構汗かいたからな。」
そういって立ち上がると、居住区の扉に手をかけた。
「じゃあ浴びてくるわ。」
バタン
そういってジークは中に入っていった。
「あ、エミリア、シャワー中・・・」
ソフィアが閉まったドアに向かってボソッと言った。
「「・・・・え?」」
マリアとレイの手が止まる。
・・・・・・・
すると中から
「きゃぁあああ!」
「エ、エミリア!」
「なんであんたがここにいるのよぉ!」
「え、あ、シャワーを浴びようとおもって・・・」
「え、じゃないわよ、それにいつまで人の裸をじろじろ見てるのよぉ!」
「ぐえぇええ」
ドタンと何かが倒れる音が中からする。
「ジーク、ごめん」
ドアに向かって手を合わせるソフィア。
「あらあら」
「あちゃー」
マリアとレイが額に手をやってやれやれと首をふたのだった。