表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

短編置き場

ベスパ・ドーナツ

作者: ひなた真水
掲載日:2026/05/14

 ◆ベスパ・ドーナツ◆


「わあ、とってもお似合いですよ」

「え? そ、そうですか?」

「ええ、すごく華奢に見えますね」


 そう言われて買ってみたけど、やっぱりあの店員信じるんじゃなかった。

 膨張色の白いパフスリーブが、やたら肩を強調して見えるニット。

 このデザインじゃどう見ても肩幅ゴツく見えるよね?

 あーあ、もしあたしがオードリー・ヘップバーンなら、きっと抜群に似合ったんだろうな。


 こうなったら一念発起、ダイエットするしかないっ。だってこれ、高かったんだもん。


 ………明日からね。


 ◆


「ちょっと、前原さん。少しいいかしら?」

「……はい」


 きた。いつもお説教する時の、チーフの決めセリフ。うわーん。今日は何ー?

 

「もう少し仕事に集中してもらえないと困るわ。聞いてるの?」

「……はい。ほんとに、すみませんでした」


 数字がたった1つ違うだけでこの言われよう。誰か助けてくれないかなー?

 ああ、もうウンザリだわ。

 チーフは仕事出来るから、あたしの些細なミスが許せないらしくて、謝ってるのにぐちぐちぐち。


 お昼休みに入ったのに、終わらないお説教は、けっきょく12時15分まで続いた。

 ほんとやってらんない。こういう時は癒しよね?

 しっとりサクッとクッキー、チョコにしようかな? バニラもいいよね?


 …ダイエットの最中だけど、これは心のお薬だしセーフよね…?

 ほら、お昼はサラダチキンだけだし、最近クッキーも、ひとまわり小さくなったし、今日はストレスで体重減った分、実質0カロリーよ。


 ◆


「あ、前原さーん、今上がりですかー?」

「三上さん。あなたも上がり?」

「はーい。これからすきぴとデートなんですぅー」


 同僚三上さんの、ちょっと鼻にかかった甘ったるい話し方。

 華奢な肩にふわふわの髪で、女子の夢が詰まってるみたいなビジュアルよね。

 

 元バド部のあたしの、筋肉質でゴツい肩とは大違いだわ。

 たしか今、営業のトップの人と付き合ってるのよね。いいなー、かわいい子って得で。


 きっと三上さんなら、あの服もかわいく……ダメダメっ。暗くなりすぎっ。

 はぁー…ダイエットのせいかな? 最近イライラしがちだわ。


「前原さんは、すきぴとデートとかしないんですかぁー?」

「え、えぇ。今ちょっと忙しいらしいの」

「ふーん。お仕事忙しいすきぴなんですねーっ」


 ……なによ。まるであたしと鈴木くんが、上手くいってないみたいな目で見ないでよ。

 もうっ。


 ◆


 帰ってきてもなんだか鬱々ムシャクシャ。なんだか上手くいってない。

 ちっとも体重は減ってないし、三上さんにはマウント取られるし。


 ピロロピロロ―――…


 鈴木くん! 鈴木くんからの着信だわっ! 久しぶり、鈴木くん! 今日はちょっと愚痴聞いてくれない?


『―――もしもし? 最近、連絡出来なくてごめんね』

「鈴木くん。元気だった?」

『うん。やっと時間が取れそうなんだ。良かったらさ、明日カフェでごはんにしない?』


 ………バッドタイミング。ダイエット中なのにカフェごはん? でも会いたいし…どうしよう?


 光属性のあたしがはしゃいで「明日会えるんだ! 嬉しい! 鈴木くんに会って癒やされたい!」

 闇属性のあたしが怒って「ダメよ! カフェごはんなんてカロリーの暴力じゃない!」

 真ん中のあたしは迷う「でも、断ったら三上さんの『上手くいってない』説が的中しちゃう……」


 5秒迷ったけど、けっきょくOKしちゃった。

 だって鈴木くんの仕事忙しくて、ここ3週間、顔も見てなかったんだもん。

 でもダイエット中なんだし、せめてメニューはサラダオンリーにしなくちゃ。

 カフェごはんがサラダのわけは、鈴木くんなら話せば、きっと分かってくれるわよね?


 ああ、久しぶりに鈴木くんに会える。

 今日は自分磨きに、友だちにもらったお高いパックしちゃおっ。


 ◆


 おニューのあの服、着てきちゃった。

 ガラス張りのビルの入り口前通ったりすると、やっぱり肩幅が気になるけど、人が振り返るほど変じゃない、よね…?


 笑顔の鈴木くん久しぶり。ちょっと眉の下がった優しい顔が大好き。

 三上さんの彼みたいに、そんなに仕事の出来る目立つタイプじゃないけど、優しくて穏やかで素敵な人なんだよね。

 

 やっぱり彼氏に会うと、テンション上がる〜。デートOKしたの正解だったな。

 鈴木くんにも会えたし、カフェもオシャレだし、なんだかいい気分。


「久しぶり。ここはね、ポークチョップがいいって評判なんだよ?」

「え? あー…ごめん。あたし今、ダイエット中なの。だからサラダでいい?」

「……え? ダイエットって、別に痩せる必要ないと思うよ?」

「人から見たら、そうかも知れないけど、気になるの」

「…そう、なの?」

「そうなのっ」

 

 鈴木くんがいいって言っても、あたしが気になるんだから努力してるの。

 だって、鈴木くんも彼女は、かわいくてきれいな方がいいよね?

 

「………だったらさ、なんでクッキーなんか、カバンに入れてるの?」

「えっ」

「丸見えだよ。ここからでも」

「それはその……」


 慌ててカバンのクッキー隠しながら、あたしの中で気持ちと言い訳が駆け巡る。

「私だって好きで食べてるわけじゃない!」こんなの言えないよね。

 

 チーフに怒られた時も思い出す。

「あのお説教のストレスが、どれくらいか分かるってのっ⁉︎」なんて無理だよ。

 

 三上さんの意地悪な顔も浮かんでくる。

「あの子にマウント取られた時の惨めさ、鈴木くんは知らないでしょ‼︎」ダメ。

 

 そんな言い訳聞きたくないよね? 謝らなきゃ、でも、ダイエットが………


「こ、これは…そう、癒しなのっ。心の栄養剤って必要でしょ?」

「僕との時間は栄養にはならないの?」

「そうじゃなくて、その…だって、ずっと会えなかったし……」

「だってって…… せっかくいっしょに美味しいもの食べるのに、1人だけサラダとか、僕寂しいんだけど」


 そんな事言われたって、痩せなきゃかわいい服だって似合わない。

 かわいくなりたい気持ち、分かってくれないの?


「かわいくなりたいって、思っちゃダメなの? 彼女がブスでいいって言うのね⁉︎」

「ブスだなんて……今のストレス貯めてる方が、そうなりそうじゃない」


 ショック! あたしがもうブスになってるって言いたいの? なにそれ、酷いよ‼︎

 努力しようとしてるだけで、どうして責められなきゃいけないの⁉︎

 あたしがブスだから、そうなのね!


「もういいっ! どうせあたしの気持ちなんか分かんないクセに‼︎」


 あたしは叫びながら席を立って、背を向けて思わず走り出す。

 信じらんないっ! 努力してるのに、ブスとか言うなんて無神経すぎるよ!

 

 鈴木くんのバカ!


 走りながら心の中で何度も繰り返す。

 せっかく頑張ったのに、効果が出ない。褒めてもらえない。もういい、知らないっ!

 ……あたしは自分のためにだって戦えるんだから、鈴木くんなんか知らないっ!


 ◆


 こうなったら、まずズダボロになってる、メンタルのメンテナンスもして、うんときれいになってやる。

 

 特別な時にしか使わない、1個900円のバスボール使っちゃえ! 

 お風呂にゆっくり浸かって、甘い匂いに癒されよう。

 

 普段飲まない慣れないハーブティーで意識高い系になろう。

 いい女になるためには、こういう時って、形から入るのも重要よね?

 

 お気に入りのドラマも流そう。ヘコんだ時によく効く、泣けちゃうドラマがいいわ。

 美味しくないハーブティーと、泣けるドラマと、お風呂上がりのあたし。


 ……………何やってるんだろ。


 かわいくなったって言われたかったのに。それだけだったのに。酷いよ…

 そりゃあたしも良くないよ?

 せっかくデートしてるのに、サラダだけはよくなかったけど…

 

 でもダイエット中なんだから、許してくれてもいいわよね? ブスなんて酷い…

 もう一度鈴木くんの言葉を思い出して、今日は思いっきり泣いちゃおう。

 いっぱい泣いて、スッキリして、ダイエットは明日からまた頑張ればいいよね?


『ブスだなんて……今のストレス貯めてる方が、そうなりそうじゃない』


「………あれ? これってブスって言われたの? ブスに『なりそう』じゃなかったっけ?」


 え? 待って、ブスって言われてなかった? だったらあたしが怒ったのって、勘違い?

 そんな事ないよね? 鈴木くんハッキリ言ったわよね? あの時ブスになってるって。


『ブスだなんて……今のストレス貯めてる方が、そうなりそうじゃない』


 違う。何度思い出しても言ってない。どうしよう…誤解だったとか…怒ってるよね?

 連絡は…まだないし。どうしよう。1人で置き去りにしちゃったのに。

 絶対怒ってるよね? あたしだったら怒るもん。連絡した方が……でも返事なかったら…


『ブスだなんて……今のストレス貯めてる方が、そうなりそうじゃない』

 

 鈴木くんのセリフが、頭の中をぐるぐるする中、部屋の中をウロウロ。

 どうしよう、どうしよう。謝ったら許してくれるかな? 謝らなきゃ…でも……

 

 …怒ってるよね? 絶対怒ってる。連絡もないし…これで終わりとか、ないよね?

 もし終わりだったら……もう、会えないの? そんなのやだ〜っ‼︎

 

 あのカフェにはもういないよね? だってもう夜だし…家にいるかな?

 ……連絡していいかな? 出なかったら? 出なかったら…無理‼︎ ダメだよそんなの!


 着替えて鍵引っ掴んで駆け出そう。部屋の鍵とベスパの鍵!

 ヘルメットも掴んで、とにかく駐輪場にダッシュよ!

 なんて言って謝る? どうやったら許してくれるかな? とにかくちゃんとごめんって言おう!

 

 お風呂上がりでバイク乗るのは、身体冷えちゃうけどいい! ヘルメット被って出発よ‼︎

 湿った髪にヘルメットなんて、ぺちゃんこになっちゃうけど、今は無視!


 夜の街を突っ切って、ひたすらベスパで走ってたら、オレンジのあったかい光が目に飛び込んできた。

 ドーナツショップだ。セールやってる! お詫びのお土産買って行こう‼︎

 鈴木くんドーナツ大好きだし、ダイエットは失敗だけど、もういいっ!

 

 今は仲直りが先決なの!


 ドーナツショップに駆け込んだら、あたしに3つ、鈴木くんのために3つのドーナツ買い込んで、ピンクのベスパに乗って夜の国道をぶっ飛ばす。

 ヘップバーンのベスパは何色か知らないけど、あたしの中でのヘップバーンカラーがこのベビーピンクなのよね。

 ごめん、鈴木くんって謝ろう。勇気ちょうだい、ドーナツとヘップバーンベスパ!


 国道から逸れて角曲がってスピード緩めたら、鈴木くんの住むマンションの駐輪場に停車して、彼の部屋の窓見上げる。


 良かった…部屋の電気、ついてる。


 逸る気持ちに駆け出したくなるのを抑えながら、急ぎ足で階段を登っていく。

 たった2階登るだけの時間が、なんだかすごく長く感じて、勇気が萎みそうになるけど、ドーナツの箱握りしめて部屋の前へ。


 怒ってるかな? 怒ってたらどうしよう?

 怖いな… でも謝らなくちゃ。勇気…勇気出して! ドーナツ買ってきたんだから!

 

 深呼吸ひとつして部屋のチャイムに指を伸ばす。

 どうか、鈴木くんが許してくれますように! 祈るみたいにボタンを押した。


 ピンポーン―――…


 チャイム鳴らしてから気がついた。あたし、今いつもより、すごくブスだろうなー。

 

「………鈴木くん、ごめんね? ドーナツいっしょに食べよ?」


 まっすぐ目を見るのが怖くて、あたしがおずおず、顔の前にドーナツの箱差し出したら、鈴木くんはいつもの眉下げる笑い方して言ってくれた。


「いつも言ってるでしょ? 君は甘い物食べてる顔が、素敵だって」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ