ベスパ・ドーナツ
◆ベスパ・ドーナツ◆
「わあ、とってもお似合いですよ」
「え? そ、そうですか?」
「ええ、すごく華奢に見えますね」
そう言われて買ってみたけど、やっぱりあの店員信じるんじゃなかった。
膨張色の白いパフスリーブが、やたら肩を強調して見えるニット。
このデザインじゃどう見ても肩幅ゴツく見えるよね?
あーあ、もしあたしがオードリー・ヘップバーンなら、きっと抜群に似合ったんだろうな。
こうなったら一念発起、ダイエットするしかないっ。だってこれ、高かったんだもん。
………明日からね。
◆
「ちょっと、前原さん。少しいいかしら?」
「……はい」
きた。いつもお説教する時の、チーフの決めセリフ。うわーん。今日は何ー?
「もう少し仕事に集中してもらえないと困るわ。聞いてるの?」
「……はい。ほんとに、すみませんでした」
数字がたった1つ違うだけでこの言われよう。誰か助けてくれないかなー?
ああ、もうウンザリだわ。
チーフは仕事出来るから、あたしの些細なミスが許せないらしくて、謝ってるのにぐちぐちぐち。
お昼休みに入ったのに、終わらないお説教は、けっきょく12時15分まで続いた。
ほんとやってらんない。こういう時は癒しよね?
しっとりサクッとクッキー、チョコにしようかな? バニラもいいよね?
…ダイエットの最中だけど、これは心のお薬だしセーフよね…?
ほら、お昼はサラダチキンだけだし、最近クッキーも、ひとまわり小さくなったし、今日はストレスで体重減った分、実質0カロリーよ。
◆
「あ、前原さーん、今上がりですかー?」
「三上さん。あなたも上がり?」
「はーい。これからすきぴとデートなんですぅー」
同僚三上さんの、ちょっと鼻にかかった甘ったるい話し方。
華奢な肩にふわふわの髪で、女子の夢が詰まってるみたいなビジュアルよね。
元バド部のあたしの、筋肉質でゴツい肩とは大違いだわ。
たしか今、営業のトップの人と付き合ってるのよね。いいなー、かわいい子って得で。
きっと三上さんなら、あの服もかわいく……ダメダメっ。暗くなりすぎっ。
はぁー…ダイエットのせいかな? 最近イライラしがちだわ。
「前原さんは、すきぴとデートとかしないんですかぁー?」
「え、えぇ。今ちょっと忙しいらしいの」
「ふーん。お仕事忙しいすきぴなんですねーっ」
……なによ。まるであたしと鈴木くんが、上手くいってないみたいな目で見ないでよ。
もうっ。
◆
帰ってきてもなんだか鬱々ムシャクシャ。なんだか上手くいってない。
ちっとも体重は減ってないし、三上さんにはマウント取られるし。
ピロロピロロ―――…
鈴木くん! 鈴木くんからの着信だわっ! 久しぶり、鈴木くん! 今日はちょっと愚痴聞いてくれない?
『―――もしもし? 最近、連絡出来なくてごめんね』
「鈴木くん。元気だった?」
『うん。やっと時間が取れそうなんだ。良かったらさ、明日カフェでごはんにしない?』
………バッドタイミング。ダイエット中なのにカフェごはん? でも会いたいし…どうしよう?
光属性のあたしがはしゃいで「明日会えるんだ! 嬉しい! 鈴木くんに会って癒やされたい!」
闇属性のあたしが怒って「ダメよ! カフェごはんなんてカロリーの暴力じゃない!」
真ん中のあたしは迷う「でも、断ったら三上さんの『上手くいってない』説が的中しちゃう……」
5秒迷ったけど、けっきょくOKしちゃった。
だって鈴木くんの仕事忙しくて、ここ3週間、顔も見てなかったんだもん。
でもダイエット中なんだし、せめてメニューはサラダオンリーにしなくちゃ。
カフェごはんがサラダのわけは、鈴木くんなら話せば、きっと分かってくれるわよね?
ああ、久しぶりに鈴木くんに会える。
今日は自分磨きに、友だちにもらったお高いパックしちゃおっ。
◆
おニューのあの服、着てきちゃった。
ガラス張りのビルの入り口前通ったりすると、やっぱり肩幅が気になるけど、人が振り返るほど変じゃない、よね…?
笑顔の鈴木くん久しぶり。ちょっと眉の下がった優しい顔が大好き。
三上さんの彼みたいに、そんなに仕事の出来る目立つタイプじゃないけど、優しくて穏やかで素敵な人なんだよね。
やっぱり彼氏に会うと、テンション上がる〜。デートOKしたの正解だったな。
鈴木くんにも会えたし、カフェもオシャレだし、なんだかいい気分。
「久しぶり。ここはね、ポークチョップがいいって評判なんだよ?」
「え? あー…ごめん。あたし今、ダイエット中なの。だからサラダでいい?」
「……え? ダイエットって、別に痩せる必要ないと思うよ?」
「人から見たら、そうかも知れないけど、気になるの」
「…そう、なの?」
「そうなのっ」
鈴木くんがいいって言っても、あたしが気になるんだから努力してるの。
だって、鈴木くんも彼女は、かわいくてきれいな方がいいよね?
「………だったらさ、なんでクッキーなんか、カバンに入れてるの?」
「えっ」
「丸見えだよ。ここからでも」
「それはその……」
慌ててカバンのクッキー隠しながら、あたしの中で気持ちと言い訳が駆け巡る。
「私だって好きで食べてるわけじゃない!」こんなの言えないよね。
チーフに怒られた時も思い出す。
「あのお説教のストレスが、どれくらいか分かるってのっ⁉︎」なんて無理だよ。
三上さんの意地悪な顔も浮かんでくる。
「あの子にマウント取られた時の惨めさ、鈴木くんは知らないでしょ‼︎」ダメ。
そんな言い訳聞きたくないよね? 謝らなきゃ、でも、ダイエットが………
「こ、これは…そう、癒しなのっ。心の栄養剤って必要でしょ?」
「僕との時間は栄養にはならないの?」
「そうじゃなくて、その…だって、ずっと会えなかったし……」
「だってって…… せっかくいっしょに美味しいもの食べるのに、1人だけサラダとか、僕寂しいんだけど」
そんな事言われたって、痩せなきゃかわいい服だって似合わない。
かわいくなりたい気持ち、分かってくれないの?
「かわいくなりたいって、思っちゃダメなの? 彼女がブスでいいって言うのね⁉︎」
「ブスだなんて……今のストレス貯めてる方が、そうなりそうじゃない」
ショック! あたしがもうブスになってるって言いたいの? なにそれ、酷いよ‼︎
努力しようとしてるだけで、どうして責められなきゃいけないの⁉︎
あたしがブスだから、そうなのね!
「もういいっ! どうせあたしの気持ちなんか分かんないクセに‼︎」
あたしは叫びながら席を立って、背を向けて思わず走り出す。
信じらんないっ! 努力してるのに、ブスとか言うなんて無神経すぎるよ!
鈴木くんのバカ!
走りながら心の中で何度も繰り返す。
せっかく頑張ったのに、効果が出ない。褒めてもらえない。もういい、知らないっ!
……あたしは自分のためにだって戦えるんだから、鈴木くんなんか知らないっ!
◆
こうなったら、まずズダボロになってる、メンタルのメンテナンスもして、うんときれいになってやる。
特別な時にしか使わない、1個900円のバスボール使っちゃえ!
お風呂にゆっくり浸かって、甘い匂いに癒されよう。
普段飲まない慣れないハーブティーで意識高い系になろう。
いい女になるためには、こういう時って、形から入るのも重要よね?
お気に入りのドラマも流そう。ヘコんだ時によく効く、泣けちゃうドラマがいいわ。
美味しくないハーブティーと、泣けるドラマと、お風呂上がりのあたし。
……………何やってるんだろ。
かわいくなったって言われたかったのに。それだけだったのに。酷いよ…
そりゃあたしも良くないよ?
せっかくデートしてるのに、サラダだけはよくなかったけど…
でもダイエット中なんだから、許してくれてもいいわよね? ブスなんて酷い…
もう一度鈴木くんの言葉を思い出して、今日は思いっきり泣いちゃおう。
いっぱい泣いて、スッキリして、ダイエットは明日からまた頑張ればいいよね?
『ブスだなんて……今のストレス貯めてる方が、そうなりそうじゃない』
「………あれ? これってブスって言われたの? ブスに『なりそう』じゃなかったっけ?」
え? 待って、ブスって言われてなかった? だったらあたしが怒ったのって、勘違い?
そんな事ないよね? 鈴木くんハッキリ言ったわよね? あの時ブスになってるって。
『ブスだなんて……今のストレス貯めてる方が、そうなりそうじゃない』
違う。何度思い出しても言ってない。どうしよう…誤解だったとか…怒ってるよね?
連絡は…まだないし。どうしよう。1人で置き去りにしちゃったのに。
絶対怒ってるよね? あたしだったら怒るもん。連絡した方が……でも返事なかったら…
『ブスだなんて……今のストレス貯めてる方が、そうなりそうじゃない』
鈴木くんのセリフが、頭の中をぐるぐるする中、部屋の中をウロウロ。
どうしよう、どうしよう。謝ったら許してくれるかな? 謝らなきゃ…でも……
…怒ってるよね? 絶対怒ってる。連絡もないし…これで終わりとか、ないよね?
もし終わりだったら……もう、会えないの? そんなのやだ〜っ‼︎
あのカフェにはもういないよね? だってもう夜だし…家にいるかな?
……連絡していいかな? 出なかったら? 出なかったら…無理‼︎ ダメだよそんなの!
着替えて鍵引っ掴んで駆け出そう。部屋の鍵とベスパの鍵!
ヘルメットも掴んで、とにかく駐輪場にダッシュよ!
なんて言って謝る? どうやったら許してくれるかな? とにかくちゃんとごめんって言おう!
お風呂上がりでバイク乗るのは、身体冷えちゃうけどいい! ヘルメット被って出発よ‼︎
湿った髪にヘルメットなんて、ぺちゃんこになっちゃうけど、今は無視!
夜の街を突っ切って、ひたすらベスパで走ってたら、オレンジのあったかい光が目に飛び込んできた。
ドーナツショップだ。セールやってる! お詫びのお土産買って行こう‼︎
鈴木くんドーナツ大好きだし、ダイエットは失敗だけど、もういいっ!
今は仲直りが先決なの!
ドーナツショップに駆け込んだら、あたしに3つ、鈴木くんのために3つのドーナツ買い込んで、ピンクのベスパに乗って夜の国道をぶっ飛ばす。
ヘップバーンのベスパは何色か知らないけど、あたしの中でのヘップバーンカラーがこのベビーピンクなのよね。
ごめん、鈴木くんって謝ろう。勇気ちょうだい、ドーナツとヘップバーンベスパ!
国道から逸れて角曲がってスピード緩めたら、鈴木くんの住むマンションの駐輪場に停車して、彼の部屋の窓見上げる。
良かった…部屋の電気、ついてる。
逸る気持ちに駆け出したくなるのを抑えながら、急ぎ足で階段を登っていく。
たった2階登るだけの時間が、なんだかすごく長く感じて、勇気が萎みそうになるけど、ドーナツの箱握りしめて部屋の前へ。
怒ってるかな? 怒ってたらどうしよう?
怖いな… でも謝らなくちゃ。勇気…勇気出して! ドーナツ買ってきたんだから!
深呼吸ひとつして部屋のチャイムに指を伸ばす。
どうか、鈴木くんが許してくれますように! 祈るみたいにボタンを押した。
ピンポーン―――…
チャイム鳴らしてから気がついた。あたし、今いつもより、すごくブスだろうなー。
「………鈴木くん、ごめんね? ドーナツいっしょに食べよ?」
まっすぐ目を見るのが怖くて、あたしがおずおず、顔の前にドーナツの箱差し出したら、鈴木くんはいつもの眉下げる笑い方して言ってくれた。
「いつも言ってるでしょ? 君は甘い物食べてる顔が、素敵だって」




