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狐の嫁入り―千年の執念を飲み干して、私は神を飼い慣らす―  作者: もふおのしっぽ


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第2話:逃げ場のない愛と呪い

遠くで鳴り響く鈴の音は、もはや現世うつしよへの追悼ではない。



それは、私たちの異界での祝言を告げる、逃れようのない調べへと変わっていた。



(私は……もう、この世の者ではないんだ。あの世でもない。降り注ぐ光と雨が混ざり合う、あのお天気雨のような境界の世界……)




 奥座敷一面に敷き詰められた真っ白な蕎麦の花。その香りは、むせ返るほどに甘く、同時にどこか腐りかけた果実のような、毒を含んだ芳香となって私の肺腑を突き刺す。



「……怖いのかい?」



吐息が耳をかすめ、背後から伸びてきた逞しい腕が、私の細い肩を情欲とともに抱きしめた。振り返れば、そこにはあの日、蕎麦畑の陰から私をじっと見つめていた「彼」が立っている。



かつての少年の面影は、そこにはない。



切れ長の瞳には月光のような冷徹さと、それを凌駕する狂おしいほどの執着が宿っていた。



「震えなくていい。泥に埋まった君の体は、あそこで一度死んだ。今の君は、私の熱がなければ、この清浄すぎる空気の中で指先から霧となって消えてしまう。……危うい、陽炎のような存在なんだ」



彼の長い指が、私の白無垢の襟元に触れる。



「あの……それは、どういうこと……?」



指先は驚くほど氷のように冷たいのに、触れられた肌は焼けるような熱を帯びる。矛盾した感触に、思考が溶けていく。



「ああ……花耶。ずっと、ずっと触れたかった……。この時を、どれほど待ちわびたか」



彼が重い絹の衣を滑らせるたび、衣擦れの音が静まり返った部屋に、やけに生々しく、残酷に響く。



「あっ……熱い、です。私の、名前……」



「それは、君の魂が私を求めている証拠だよ。花耶……君のことは、産声から今まで、全て知っている」



彼は三日月のように目を細めると、私のうなじに深く顔を埋めた。獣が獲物のうなじを検分するように。



「はっ……あぁ……っ」



人ならざる者の長く、湿った舌が、吸い殻のように白い私の肌を這い、赤い痕を刻んでいく。それは救済という名の、消えることのない「所有の烙印」だった。



蕎麦の花の絨毯に押し倒されると、衝撃で花弁が雪のように舞い上がった。白無垢を脱ぎ捨てた私の肢体は、常世の淡い光に照らされて、透き通るほどに白い。



「綺麗だ……。この世の何よりも」



けれど、彼がその大きな掌で私の内腿を割り、深く、容赦なくその冷たい舌が深く触れた瞬間、世界は極彩色に一変した。



「ああ……っ! 私……どうしたら……!」



「花耶……集中して。怖がることはない。ただ、私を受け入れればいいんだ」



どれほどの時間が過ぎたのか。最初の恐怖や不快感は霧散し、今はただ、その長い舌が奥に触れるたび、自ら腰を浮かせていた。



私の喘ぎと、まるで静かな水辺で獣が喉を潤すような音が、部屋の静寂を侵食していく。



舌を抜いた彼は、私の脚をさらに大きく開かせ、そこへ「気」を注ぎ込む儀式へと移る。



身体の深淵、魂の核が、彼の激しい拍動と同調していく。繋がった部分から、冷たいはずの彼の体温が火のように流れ込み、私の未熟な霊体を焼き尽くそうとする。



破瓜の痛みは不思議と無かった。



彼は、私の耳元で低く、愉悦に満ちた声を漏らした。



「十八年だ。君が熟し、その命を私のために投げ出すこの日を、私は稚児の頃から数え続けていたんだよ。あの土石流も、降り続く雨も……すべては、君をこの『白』に染め上げるための物に過ぎない」



その告白は、愛よりも重く、深い呪いだった。



(そうか……彼はずっと、私を。……私も、ずっと君の隣に行きたかった。あの白無垢の花嫁になりたかったんだ)



そう願ってしまった瞬間から、この運命は決まっていたのだ。これは抗うべき悲劇ではなく、私が受け入れなければならない唯一の現実。



私は、自分を死の淵へと追いやったかもしれないその巨大な怪異を、拒むどころか強く抱きしめていた。彼がいなければ、この幽世かくりよで私の形を保つことはできない。



激しく打ち付けられる執着を感じながら、脳裏におばあちゃんの言葉がリフレインする。



『この村の女の子は、連れて行かれてしまう……』



(みんなは……泥に飲まれたみんなは、今どこにいるのかな……)



指先が痺れ、視界が蕎麦の花の白に埋め尽くされていく。



絶頂の最中、私は見た。



鏡のように滑らかな彼の瞳の中に、人間であることをやめ、彼と同じ三日月の光を宿し始めた、自分自身の顔を。



私は震える腕で、愛しい「呪い」をそっと抱きしめ返した。



「さあ、飲み干して。私のすべてを。そうすれば、君は永遠に私の隣を歩く、唯一の花嫁だ」



外では、永遠に止まない天気雨が、祝福の拍手のように、あるいは逃げ道を塞ぐ鎖の音のように、屋根を叩き続けていた。

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