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20.空白

崩れた天井。

燃え尽きた暖炉。

割れた石の長机。

人の形をしたものが9つ。


扉を開けた僕達を待ち受けていたのは赤だった。


「これは、どういうことだ?」


クラルスの動揺した声が嫌に耳に残った。


僕は言葉を失って、口を開くこともできずにいた。

なのに、目はこの光景から離れなかった。


赤は床だけでなく壁まで飛び散っている。

塗りたくられた絵の具のような色彩が長机に広がっていた。


僕達の前にあったのは、死体と血に染まった部屋だった。



「……状況が奇妙すぎる。クロン君は私から離れないように」


「分かった」


「保全という意味では踏み込まないべきだが、手がかりがほぼない今、調査は早い方がいい。踏み込もう」


そう言ってクラルスは血の中に踏み出していった。



乾いていない血を踏みしめて一番近い死体に近づくと、クラルスは検分をし始める。

本当に死んでいるのか、死因はなんだと考えられるか。

そうしてここで何が起きたかを少しずつ可能性を削ぎ落していくことで真実を探る。


これまでの捜査の延長の筈だった。



何かが僕の視界の端に映った気がした。

僕が感じ取れたのはそれだけだった。


金属同士がぶつかり合う音。

僕を庇うクラルスの背中と、その向こうに謎の影。


「──ふむ、これが防がれるか」


「クロン君は下がれ!」


唐突に戦闘が始まって、加速していく。


僕が言われた言葉を飲み込む間にも、数えきれないほどの金属音が鳴り響く。


そこまで来てようやく僕は状況と自分の置かれた立場を理解した。


──ヤバい、僕は今完全に足手まといだ。


クラルスの言ったように部屋の入り口辺りまで走って下がり、そこまでしてようやく戦闘に目を向けられた。


しかし、目で追えない。

何もかもが早すぎて、戦闘に参加するしないとかじゃない。

今どっちが有利かすら理解できない。


武器が交わる音は、どんどん加速していっている。


僕にできることはないのか?


いや、ある。


あの魔法の開発者は僕だ。

僕だって実用できるくらいには時間増幅魔法を使える。


僕は時間を引き伸ばし始めた。



そこまでしてようやく2人の戦闘が把握できるようになった。

クラルスの相手は長身の男で、具体的には見えないが槍のような長柄の武器で戦っている。

顔は……時間を速くしているはずなのにそれでも動きが早すぎてよく見えない。


男の武器は広く空間を切り裂き、クラルスに向かっていくが、クラルスはそれを全て適切にいなしているように見える。

男が何か喋っているみたいだけど、武器のぶつかる音が大きくて僕には全く聞き取れない。


クラルスは守りに主眼を置いているように見える。

男の武器のリーチに負けているのか、敵の攻撃を防ぐことが多く、自分から武器を振るうことをほぼしていない。

たまに攻めるが、それも男に捌かれている。


不利なら、僕が介入して手を打ちたい。

そこまで考えてようやく思い至った。


──この世界ではどうやって魔法を使いながら別の魔法を使うんだ?


その瞬間フラッシュバックしたのは研究院で見た『並列魔法は現状では実現不可?』という文字列。


魔法開発しかしてこなかった僕がちゃんと研究した人の結論を打ち破れる気はしない。


けど、そう置くと手詰まりだ。


並列魔法が使えないとなると、時間増幅を解かないと攻撃できない。

しかし、解くと状況すら把握できなくなる。

これは、手の打ちようがない。

だって僕は同時に2つの魔法を使えない。

だから素の状態で何かしないといけない。

でも、時間増幅がない状態だと今何が起きてるかすら分からない。


今ここで並列魔法の実現を狙うか?

でも、僕が土壇場で実現できるようなものならもう実現されているだろう。


それよりはまだ一か八かの魔法の方がいいか?

いや、クラルスの方が敵より近いしこちらに背を向けているから誤爆するリスクが高すぎる。


それなら──また奇跡を願うか?


あの時の奇跡をまた願うしか、僕には残されていなかった。


ギフトは願いを叶えるもの。


どんな願いなら叶うのか、そもそも二度目はあるのか、僕は何も知らない。


でも、僕が状況を良くするにはそれに縋るしかない。


何を願う?


現実的に必要なのは、戦況を見極める目と強力な魔法を同時に使うこと。

見極める目なら僕は使えなくはないけど、強力な魔法も、両方を同時に使う術も僕にはない。


その両方を願うことは可能だろうか。


いや、可能だと信じるしかない。


今の僕にできるのは、時間増幅魔法を使いながら敵を見据えて、指を構え、有効な時に願うことしかなかった。



──そして、願いは叶わなかった。

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