15.夜
今日は土曜日。
課題が終わって講義のない土日にやることなんて決まっている。
──一日中ゲームだ。
◆
「おー、初めての夜だー」
明け方は街の明かりが落ちているらしく、満天の星空だ。
ゲームの外はまだ午前10時──つまりゲーム内の時間は午前4時だ。
クラルスに現状を報告するために緑楼に行こうかと思ったけど、流石にこの夜中に空いてるわけがないな。
日が昇ってから訪ねることにしよう。
「正直、日が昇るまでやることないな」
まだ魔力も回復してないから研究もできないし。
人のいない街でも眺めてようか。
──オンラインゲームの世界で完全な静寂は珍しい。
何故なら、どの時間帯でもプレイヤーというものは存在するからだ。
夜型の廃人はどこにでもいて、夜中をまるで昼のように彩ってくれる。
だから僕は過去錯覚を起こして朝まで遊んで後悔したことがある。
僕のような人は珍しくないだろう。
というか、一緒になって遊んで後悔した二人が僕と一緒にこの世界に来てるね。
だから、こういう誰もいない街を見ると、まるで現実みたいな感じがしてくる。
このゲームはフィードバックに違和感が全くないから特にそう思う。
冷たい夜風、月光の明るさ、時が止まってしまったような街。
まあそれでもゲームなんだけどね、と一笑に付すのは容易いけれど、今日の僕はちょっとセンチメンタルでそういう気分ではなかった。
「クラルスの魔法、ちゃんと完成するかなあ……」
身体強化と身体制御については順調だから良いとして、物質強化も方向性は見えてるから一旦は良いとして。
昨日一日研究しても、反射神経増幅について理論の方向性すら組めてないのが結構不安だった。
僕の魔法の完成が遅れるということは、それだけエレミアが危険になる可能性が増えるということ。
あと七日──一日経ったから六日か。その期間誤魔化すとクラルスは言っていたけど、その誤魔化しが本当に通用するかは定かじゃない。
もし今日バレたら。
そして、今日襲撃されたら。
襲撃してきた相手がクラルスの今の実力以上だったら。
クラルスはエレミアを守れないかもしれない。
その時、クラルスはそれでも僕のせいではないと言うだろう。
でも、僕は悔やむ。
そして、この世界にいる限り自分の傷として残すだろう。
過去にやってきたゲームでもそういうことはあった。
リアリティが高いということは、喪失を生みやすいということ。
『魔法使いの庭』で僕は、最初に仲間になった使い魔を不注意から永遠に失った。
ゲームの進行度が足りていたからすぐに同じ種族を仲間にすることはできたけど、個体は別、学習もリセットされていて、同じではなかった。
そのときの喪失感を知っているから、僕はこの世界では目に入ったものを見捨てたくない。
この世界の僕にとっては、それがエレミアであり、クラルスでもある。
僕を助けたあの白い剣が、敗北する未来をなくしたい。
僕が本当にその助けになれるなら。
──それが僕がクラルスの依頼を受けた一番大きな理由だ。
◆
朝日が昇って来た。
……まあ、あれだけ『騎士』なんだし、日が昇った時間には起きてるだろう。
緑楼に行ってみよう。
ちょっと気持ちの整理はできたかな。
◆
昨日道行く人に聞いた緑楼にいくと、当然のように起きていて当然のように廊下に直立不動でいるクラルスと出会った。
「おはよう。クロン君も朝早いんだね」
「まあ、今日と明日はかな。基本は昼以降だね」
「それで、こんな時間に来たということは、進捗のことでいいかな?」
「確かに、意識して来たわけじゃないけど報告に丁度いいね」
「教えてもらおう、現状どんな感じだい?」
身体強化と身体制御に関しては目途がついていること。
物質強化については理論自体は成立しそうだけどまだ分からないこと。
そして、反射神経増幅に関しては、現状理論らしい理論も組めていないこと。
現状の進捗を誤魔化すことなく伝えた。
「おお、まさか一日でそんなに進むとは」
「そう?理論が立ちそうにない問題があるのはちょっとよくないなと思っていたんだけど」
「何を言う。私の依頼は実質的には、七日以内に私の戦闘をパッと見たときに不足を感じない姿にしてくれ、というものだ。そういう点で、身体強化と身体制御がそこまで進んでいるのは素晴らしいことだ。この勢いなら今日クロン君から教わっている可能性すらあるように聞こえたぞ」
「まあ身体強化と身体制御に関してはそうかな。でも残り二つは良いの?」
「それに関しては良い悪いで言えるものでもないだろう。ある方がいいが、ないならばないなりにできることはある」
でも、僕はできるなら全て完成させたい。
「──ふっ、私が負けることを心配しているのか?」
「そりゃあ、弱体化してるって言われたら心配しないわけないでしょ」
「まあ、私のことを知らない君からしたらそうか。──私はね、君の言う身体強化と身体制御しか使えない状態で、当時この国で一番の騎士に打ち勝ち、《騎士》の称号を得たんだよ。残りの二つは《騎士》になってから習得したものだ」
初耳だ。
「だから、私はその二つがあればこの国で負ける相手はいない──約束するよ」
この人は、本当に僕に背負わせてくれない。
それで負けたとき、原因はすべて自分にあるから気にしなくていいって?
──そう思える奴だけだと思うなよ。
僕の腹の奥に火が灯ったような気がした。




