丘の上の雨宿り
なろうラジオ大賞7応募作品3作目です。
「あら、降ってきたわ」
義母の声に顔をあげると、確かにポツポツと雨が降り始めていた。心なしか段々と雨足が強まっている。
「じゃあ、俺迎えに行ってくるよ」
「そうね。お願い」
雨具を二人分。片方を着て、片方を布袋に入れた。
家からほど近い丘に、妻が出かけている。俺の義兄であり、妻のかつての婚約者の墓がそこにあるからだ。
俺が妻と出会うずっと前に戦死した義兄と俺は面識がない。妻と結婚するときに義兄の実家であるこの家に養子に入ってから、おれも帰省のたびに墓参りはしているが、何日か滞在するときは、妻が一人で行く機会も設けている。
きっと二人きりで話したいこともあると思うから。
だが、この雨の中一人にするのは流石に心配だ。
俺は足早に丘を駆け上がった。
だが、墓の前に妻はいなかった。一本道なのですれ違うはずはない。
辺りを見回すと、丘の頂上を外れたところに人影があった。
「ポリーナ」
「ヴァレリー」
俺に気付いた妻が軽く手を挙げる。俺は妻に駆け寄った。
「迎えにきてくれたの?」
「ああ、まだ雨に濡れると冷えるしな」
ありがとうと微笑む妻は、しかし予想に反してほぼ雨に濡れていなかった。俺が意外そうな顔をしているのが面白かったのか、ふふっと笑った妻は、頭上を見上げた。
丘の頂上付近に背が低めの木が立っているのは知っていたが、その木陰は意外としっかり雨を防いでくれていた。
「この木は小さいけれど、枝が迫り出していて葉もよく茂っているから雨宿りにちょうどいいのよ」
そう言うと妻は木陰の濡れていない地面に腰掛けた。自分の隣をポンと叩くので俺もそこに座る。
妻の指差す方向を見ると、丘の麓からポツポツと建つ家が続き、遠く住宅が密集している地域まで見渡せた。丘から一番近いのは俺たちの実家だ。
「私、ここから見る景色が好きなのよね。でもいつも慌ただしくお参りして、少しアレクセイと話して――、ここしばらくここからの景色を見ていなかったわ」
「――今日は、アレクセイともゆっくり話せた?」
「ええ。時間をとってくれてありがとう。それからお迎えに来てくれてありがとう。一緒に雨宿りができて嬉しい」
にっこり笑う妻の手を、俺はぎゅっと握った。そして振り返って義兄の墓を見た。綺麗な花が手向けられ、雨に輝くそれは、俺たちを見守ってくれているように見えた。ただの願望かもしれないけれど。
俺たちは身を寄せ合って、しばらく春の雨に濡れる景色を眺めていた。
こちらも過去作の後日談です。
黒い魔女の戯れの恋
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