7,sideヴィス
揺籠のように揺れるロッキングチェアに身を委ねながら、朝の肌寒い山の空気を胸いっぱいに吸い込む。
こんな無防備な姿を晒すのは一体いつぶりだろうか。
そんなことを考えてしまい、僕はここに至った経緯を思い返した。
僕は馬車での移動中、刺客に狙われ襲われた。
普段であれば僕も馬に乗っているのだが、その日は報告のために一度城に戻るとあって、それらしい服で馬車に乗り移動していた。
これまで魔獣討伐に紛れて狙われることは多々あったが、討伐のような名目もなく、こうして直接的に大人数から狙われたのは初めてのことだった。
何人もの騎士達が刺客を相手してくれたおかげで、追っ手の数を減らすことは出来たが、それでも全てを振り切れはしなかった。
僕に付いてきてくれた数人の騎士達や護衛と応戦したが、相手は余程念入りにこの襲撃の準備をしていたのだろう。
敵の数があまりにも多すぎた。
一人で複数の相手をしながら、後方からは弓が射られる。
僕を殺すことだけを考え、最早敵味方関係なしの遠慮ない攻撃に、これまでずっと僕を守ってくれていた信頼の置ける護衛が、僕の前に出て「先にお逃げ下さい!」と叫んだ。
仲間を見捨てるような行為を心苦しく思いながら、僕は一瞬の隙に敵の馬を奪い、皆が戦ってくれているのを尻目に馬で山を駆けた。
間違いなく遠ざかっているはずなのに、怒号と衝突の音が耳の奥にこびり付いて離れなかった。
そうして山を登っている内に、奪った馬は疲労が溜まってしまったようで動けなくなってしまった。
険しい山道を走るのは辛かっただろう。
こんな山で置き去りにするのは可哀想ではあったが、馬とは山中で別れ、それからは一人、足跡が見付かりにくいよう草を掻き分け、延々と山を登りながら何処か身を潜める場所がないかと探し歩いた。
僕を守ってくれた騎士達は、きっと無事ではないだろう。
……皆、強い者達だ。
刺客を返り討ちにし、生きてくれているはずだ。
そう願いながらも深く考えれば考えるほど、どうしても悪い方へと思考が傾きかける。
それをなんとか振り払っては、助けられた命を無駄にすまいと只々歩き続けた。
山道には慣れている。
僕は騎士達との手合わせだけでなく、実地訓練にも参加していたし、僕の失脚を目論む者達から、しきりに魔獣討伐を……中でも特に過酷なものばかりを押し付けられていた。
僕が討伐に失敗し、重症あるいは死ぬことを望んでいたのだろう。
しかしその度、僕は生きた。
多くの民を救い、僕を慕ってくれる騎士達と共に戦地を駆けた。
当然だが救えなかった命もある。
負傷のせいで騎士に戻れなくなってしまった仲間も居る。
決して悔いがないとは言えないが、悔いて何かが変わるわけではない。
死んだ者が蘇り、手足を失った者のそれが生えてくるのであれば、いくらでも悔いる。
けれど、そうはいかないのが現実だ。
ならばせめて後悔から学びを得て、更に一人でも多くの民を救うために、失ってしまった者達に報いるために……前だけを見て必死に足掻いてきた。
僕に出来るのはそれくらいだった。
その結果、こうして山中逃避行が出来ているのだから、嫌々ながらに剣術や魔術を学ばされ、強制的に魔獣討伐に送り込まれたのも無駄ではなかったのだろう。
僕個人の感情で言えば、非常に不本意で嬉しくないことだけれど。
とはいえ、身一つで逃げてきてしまったせいで、あるのは腰に下げた剣のみだった。
山に入るための装備や準備など何もない。
大型動物や魔獣に襲われるかもしれない山奥で、食料どころか水さえもない有様だ。
逃げたはいいが、生き残れるかどうかは五分五分だろう。
だというのに、次第に足が縺れ出し、剣や矢の当たった部分がやけに疼いた。
体の異変に気付いて確認してみると、掠った傷口が変色し始めていた。
どうも毒が塗られていたらしい。
それなりに即効性のある毒だったに違いないが、僕がかなり毒に慣れていて耐性があったことと、逃げるのに必死で傷どころではなかったせいで、気付くのに随分遅れてしまった。
慣らされているからといって辛くないわけではない。
せめて少しでも毒を流すため、傷口を洗おうと水場がないかと求め彷徨った。
そうしている間にどんどんと毒が回り、疲労も蓄積していたのだろう。
飛び出してきた鹿に驚いて足を滑らせ、山肌を転がり落ちてしまう失態をしてしまった。
僕の体はボロボロになり、足を引き摺って小川まで辿り着いたはいいものの、その近くで力尽きてしまったのだった。
ふと気が付けば、僕は焼け野原の真ん中に立っていた。
目の前に広がっているのは、瓦礫の山と化した王都の姿。
至る所に人々が倒れ、血を流していた。
「ど、どうして……?
何があったの?どうして、こんな……っ」
周りを見渡しながら、僕は走り始めた。
何処も彼処も崩れ落ちて、見知ったはずの店も住宅もなく、煙を上げて変わり果ててしまっている。
なにが?どうして、こんなことに?
整備されていた道もガタガタに荒れ、不安と焦りを膨れ上がらせながら、僕は王都の中心部を目指して走り続けた。
その途中、群衆が罵声を上げているところに出会した。
「お前のせいだ!」
「まだこの国を呪っているの!?」
人々は何かを責め立て、石を投げ罵っていた。
振り返って確かめようとした時には景色が移り変わっていて、いつの間にか僕は見知った場所に着いていた。
何が責められていたのかと振り返った勢いのまま、体を向けた先には――高笑いしている一人の男が居た。
その男の足元には、知っている顔がいくつも倒れ伏していて、大きな血溜まりが出来ていた。
その凄惨さに僕は息を飲んだ。
この建物も今にも崩れそうなのに、その男は笑うだけで動く気配はなく、狂ったようなその声は、笑っているはずなのに何故か泣いているようだった。
「――――っ!!」
僕は何かを叫んで、その男に手を伸ばしたけれど……足元が崩れる方が先だった。
建物は崩壊し、割れた地面に吸い込まれるように体は浮き、上からは瓦礫が降ってくる。
「うわあああぁぁっ!!!」
そう叫んだのは、夢か現か。
飛び起きて見えた景色は先程と全く違って、木の温かみが感じられるウッディな部屋だった。
視界の中心に何かが映り込んでいるけれど、どうやら僕は知らない場所で寝かされていたらしい。
そこで僕は漸く夢を見ていたことに気が付いた。
心臓はドクドクと荒々しく脈打っていて、僕は大きく息を吸って吐くと少し冷静になった。
落ち着いてみると何故が顔が異様に重く、そこには何かがべったりと貼り付いているようだった。
顔の中心に目を寄せた時、
「……リンデン。
お前は何をしているのだ?」
と呆れたような女の子の声がした。
顔からころりと何かが剥がれ落ち、視界が開けたそこには、とても美しく可愛らしい少女が立っていた。