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68,


ヴィスと共に王城で過ごすようになって約二ヶ月の間、式典に間に合うようにと、みっちり教育を受けた。

だが、過去にイスティランノの婚約者として学んだ経験があったため、気を付けなければならなかったのは言葉遣いくらいだった。

令嬢らしい話し方も出来ると言葉遣いを改めたら、臣下達は感動していたのに、ヴィスとアインシュテルは鳥肌を立てていた。


全くもって解せぬわ。


ヴィスには「エルが頑張ってくれているのは分かるけれど、どうしても馴染めないんだよ。エルはエルのままでいて」と顔を覆って懇願されてしまったのでな。

身内だけの時は、変わらずこの話し方で変わらず話しておるよ。


そしてリンデンはというと、どうやら精霊王に魂を拾われ、精霊にしてもらったのだそうだ。

元々吾輩の出していた茶や食事から微量の魔力を得ていたらしく、力の弱い小さな精霊として生まれ変わっていた。

しかし精霊として生まれたばかりのリンデンがヴィスに声を届けたというのは、相当力を使い無茶をしたのだろう。

ヴィスがまだ寝込んでいる時に、明滅を繰り返しながら僅かな力で漂っているリンデンに気付いて、焦ったり怒ったり泣いたりしながら魔力を注いだのは苦い思い出かもしれん。

リンデンにあんな姿を晒してしまうとは……。

今では元気に吾輩やヴィスの側を飛び回っている。

それでも吾輩は毎日欠かさず、少しずつリンデンに魔力を渡すようにしている。

魔力が満ちてくれば、きっといつか鳴き声も聞かせてくれるだろうし、子リスの姿にだって変えられるはずだ。

どれくらいかかるかは分からぬが、吾輩もヴィスも、またリンデンと触れ合える日が待ち遠しくて仕方がない。




そんな風に慌ただしく過ごし、吾輩が処刑された時を越え――…秋の建国記念式典でヴィスは王太子に、そして吾輩――いえ、私はその婚約者に選ばれた。

式典ではミセラティアも王妃として、ロイエストと並んで座った。

ラブシュカの策略とレスノワエ公爵率いる貴族派の陰謀は見事打ち砕かれ、何十年もの間、勢力が二分し不穏だったソルナテラ王国に再び平穏が戻ってきたのだった。


式典では気恥しくもあったが、ヴィスの瞳の色と同じ美しい紫のドレスに、髪色と同じ金の糸で刺繍を施された、見事なドレスを纏った。

魔女らしい黒のワンピースしか着てこなかった私が着飾った姿を見て、ヴィスは驚きのあまり硬直していて笑ってしまった。


式典で私は品定めされるように、多くの貴族達の目に晒された。

特に、この間髪をチリチリにしてやった令嬢然り、ヴィスを狙っていたのだろう令嬢達からの恨めしい視線は凄まじかった。

私が魔女の力を秘めていることは極一部の人間しか知らず、ミセラティアが王妃として戻って来られた背景など何も聞かされていない彼らからすれば、何処の馬の骨とも知れない貧相な娘がヴィスに選ばれてしまったと思っているのだろう。

貴族派に属していた連中に比べれば穏やかなものだが、王太子と並ぶに値しないと、不躾な言動をする者も多かった。


けれどヴィスの表情を見て、誰もが息を飲んだ。

私自身も前にヴィスの言っていた言葉を理解した。

彼は本当にこれまで令嬢や色恋に興味がなく、みな平等に、言い換えれば誰だろうと気にすることなく生きてきたのだろう。

誰に話しかけられても穏やかだが、特に私を侮るような態度を見せる相手とは、深く関わることなく上手く(かわ)して、笑顔だが淡々とした態度と会話しかしていなかった。

そんなヴィスが、私にだけ甘く蕩けるような顔を見せるのだ。

私をエスコートしながら会場を歩き、時には私のために飲み物を頼み、時には自ら給仕のように料理をよそって、私と並んで食べる。

昔、ロイエストとミセラティアの仲睦まじさを見て諦めた親世代は、ヴィスと私を見て同じように思ったようだ。

諦めの付かない令嬢達を、その親達が必死で(なだ)めていた。

せっかく貴族派が力を弱らせ平穏が戻ってきたのに、自分の娘が再び火種になることは避けたかったのだろう。






それから吾輩は出し惜しみなく薬を作り、民達のために尽力した。

王太子とその婚約者だというのに、吾輩はヴィスと共に大狼で駆け、魔獣討伐に出ることもあった。

臣下達が「どうか騎士達にお任せください!」と嘆き止めてくるが、馬の足で大狼の速度に適うはずもない。

吾輩達はその制止に耳を貸さず、遊びにでも出かけるように民達のために国を駆け回った。


土地を癒し、豊作を願い、平穏を祈る。


ふわりと柔らかな風が吹き、温かな日差しが吾輩を照らす。

見守っている民の誰にも見えていないだろうが、吾輩に命を分けたことで精霊に愛されたヴィスには、この景色が見えていることだろう。

稲穂が揺れるこの風と共に、多くの精霊が瞬き輝く、金色に輝く美しい世界を。

そして、吾輩達の周りを幸せそうに舞う、リンデンの光を。

くるりと振り返りヴィスを見ると、感動しているのか少し瞳が潤んでいるようだった。


「さぁ、帰ろう。

また爺共に小言を言われてしまう」

「ふふっ、そうだね」


小さな声で囁き合いながら、民達と別れ城へと戻る。



帰城すると心配した爺達と共に、笑顔なのに青筋を浮かべたアインシュテルが腕組みしてスタンバイしていた。

吾輩達はそれを見るやいなや、脱兎の如く逃げた。

「あらあら、まぁまぁ」「またアインシュテル様から逃げていらっしゃるのかしら」と使用人達にクスクス笑われ、王室教師には「城内で走るのではありません!」と叱られる。

ちらりと振り返ると、鬼の形相でアインシュテルが迫ってきていた。

力では決して負けぬはずなのに、恐ろしくて仕方がない。

なのに、どちらが先に笑い出したかも分からないが、気付けば吾輩達は子供のように、走って逃げながら笑っていた。

そんな賑やかで楽しく明るい日々が……(ようや)く訪れたのだった。



「エルミルシェ様、おはようございます」

「ごきげんよう、エルミルシェ様」

「見てお母さん!エルミルシェ様だよ!」

「まぁまぁエルミルシェ様、視察に来て下さったのですか?」

「おぉ、エルミルシェ様。

こんなところまで、また直々に薬を届けに来て下さったのですかな?」


吾輩の名を呼び笑顔で迎えてくれる、沢山の温かな声。

かつて人間のために力を活かそうと望み、志半ばで踏み(にじ)られ、吾輩は命を落としたはずだった。

しかし、魂さえも失いかけた吾輩をここに繋ぎ止めてくれたのは、他でもない過去の恩人であり、今は誰よりも愛してやまないこの男のおかげだ。


「エル、今日は何をしようか?」


そうしていつだって吾輩の手を取ってくれる、ヴィスと今日も並び歩く。

国を、民を、そして何よりも――ヴィスを想う。

この命が共に尽きる、その時まで。







これにて、

【 吾輩、嫌々ながら死にかけの青年を拾ってみた 】

は本編完結となります……!

ここまで本作をお付き合い下さった方がいらっしゃいましたら、

何よりも心からの感謝を。

本当にありがとうございます……とても嬉しいです!


完結記念に、

ヴィスの立ち絵もつい先程完成しましたのでこちらを……!(出来たて滑り込みセーフw)


挿絵(By みてみん)


後日談としてSSをいくつか載せられればいいなと考えておりますが、

いつになるかなどは未定です。

またエルミルシェとヴィスが面白おかしく過ごす日々が描ければと思っておりますので、

その際は是非ご覧いただけますと幸いです!


いいね、ブクマ、感想やレビュー、評価など

とても励みになります……!

是非とも応援宜しくお願い致します( .ˬ.)"


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