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67,


その夢には精霊王が出てきた。

遠目に見るその手には、砂時計のようなシルエットのものが乗っていた。

近付きながら目を凝らしてそれを見ると、どうやらそれは染色体を切り取ったような形状で、片方は金色の、片方は青紫色の紐状が交差したものが、手の上に立っていた。

不思議なのは、その交わる部分に細い赤色の紐が巻かれ、リボンのように結ばっていた。

ん?という表情をして問うように精霊王を見るも、尊大そうに笑うだけで答えない。

その紐はするすると二つに裂けていき、キラキラと輝く粒状になると、その片方が吾輩に向かって降り注いだ。

そしてリィンと鈴の音が鳴ると、そこで夢は終わった。


起きた吾輩はあれにどんな意味があったのか考えてみるが、まるで皆目見当も付かず、ガシガシと頭を掻いて風呂に入った。

間違いなくあの夢を見せた理由があったはずなのに、何故精霊王は一言も言わなかったのか。

後味が悪いような、むずむずとする気持ちの悪さを、ザァと湯を被って忘れることにした。




アインシュテルに支えられてヴィスが起きてくると、吾輩はまず先にアインシュテルを捕まえた。

ヴィスの側を離れたがらないアインシュテルに、重要な話があると言って、無理やりキッチンへと連れていく。

そこで「今王城にヴィスを戻しては、あの状態でも無理して後処理に奔走し働くだろう」と言うと、アインシュテルはハッとした表情になり、強く頷いてくれた。

吾輩はアインシュテルと結託し、ヴィスを吾が家で療養させるため、暫く外に出さないことにした。

リビングに戻ってからは、勝手に二人で話を進めた。

言葉を挟もうとするヴィスを綺麗さっぱり無視して、アインシュテルはその旨を報告しに王城へ向かうと言う。

そのまま家を出ていこうとするので、下山して向かうなんて面倒だろうと、転移魔法を展開して直接王城までポイと飛ばしてやった。

呆気に取れているヴィスをもう一度寝室に押し込め、見習い魔女が愛用する魔力回復の薬を水で薄めて飲ませ、もう一度寝かし付けた。


それから、吾輩は何か体にいいものでも作ろうと食料庫を開き半目になり、外に出て乾いた笑いを浮かべた。

表の庭には、昨日の宴の残骸が広がっていた。


日を跨ぐことなく消えると思っていた吾輩は、残しても勿体ないからと、食料をありったけ使って宴をしてしまった。

ヴィスには昨日心配されていたが、まさか自分が生きて戻って来れるなど微塵にも思っていなかったのだ。

結果、食糧問題が待っていた。

当然だが、盛大に散らかした庭の片付けもしなければなるまい。


吾輩は、はぁ〜〜と盛大に溜息を吐くと、胸に手を当てて念じ、動物達に声をかけた。

魔女の魂が減ってしまったからか、前よりも力が扱えず、声の届く範囲が狭まってしまったのは致し方あるまい。

それでも沢山の動物達が駆け付けてくれ、その中にヴィスが仲良くしていた大熊のドルクも混ざっていた。

ヴィスが吾輩を助けてくれたこと、それ故に寝込んでしまったことを伝え、体によい食材を摂りに行きたいと言うと、みな率先して山を掻き分け、道案内をしてくれたり、自ら採ってきてくれたりした。

きっと吾輩が居なくなると肌で感じていたのだろう動物達は、吾輩の頼みを嬉々として手伝ってくれた。


いずれ礼は必ずと動物達に言うと、謝礼も出来ぬこちらに気を悪くする様子もなく、みな各々の住処に戻っていった。

山の恵みを十分貰い、あとは裏庭の畑から野菜を足して、具沢山のシチューを作る。

出来上がったシチューを盛り付けて寝室に向かうと、出会った頃のように、吾輩のベッドでヴィスが眠っている。


「まさか、こんなことになるとは。

あの頃の吾輩が知れば、絶対に信じぬだろうな」


リビングから戻したサイドテーブルにシチューを置いて、ヴィスの肩をゆさゆさと揺らす。

ゆったりと持ち上がる瞼から紫の瞳に光が差し、そして吾輩を捉えると、その目は柔らかく弧を描いた。


「……おはよう、エル」

「おはよう、ヴィス」


たったそれだけのことで、噛み締めるほどの幸せを感じる。

きっとヴィスも同じなのだろう。

吾輩達は手を取り合い、微笑みあった。




暫くしてヴィスの体調が回復すると、吾輩はヴィスと共に家を出た。

アインシュテルが吾輩達を迎えに来て、正面から馬車で王城へと入る。

アインシュテルが持ってきた服に着替えたヴィスは、正に王子そのものだった。

そんなヴィスにエスコートをされながら馬車を降り、王城を歩く。

王城にはヴィスの帰りを聞き付けた令嬢達が駆け付けていて、ヴィスと並ぶ吾輩を忌々しそうに睨んでいた。

それを横目で見たヴィスが、屈んで吾輩の耳元で囁いた。


「エル、あの先頭に居るのが、前話した自称婚約者筆頭の令嬢だよ」


ぼそりとそう言われ、ちらりと目だけで令嬢を見た。

なるほど、金のかかっていそうな派手なドレスを纏った、気の強そうな令嬢だ。

猫のようなつり目も、見事な縦ロールも、見せ方によれば全く印象が変わりそうなものだが、気高さと高慢さを履き違えていそうな雰囲気がひしひしと伝わってくる。

吾輩はふんと鼻で笑った後、パフォーマンスのように指をパチンと弾いて鳴らした。

すると令嬢の縦ロールが、みるみる内にチリチリに縮れたような髪に変わっていく。

「なっ、なによこれっ!?」と慌てふためく令嬢に、吾輩がくくっと笑うと、それを見たヴィスも口元を抑えて堪えていた。


「あの令嬢が先頭に立ち続けていたおかげで、ヴィスは婚約などするかと拒否し続けていたのだろう?

ならばこれくらいの礼はせねばな」


小さな声で言いながらヴィスにウィンクを飛ばすと、我慢ならなかったのか「ふはっ」とだけ笑みを漏らしていた。



ロイエストの元に到着し話を聞くと、イスティランノは王位継承権を自ら放棄したらしく、貴族派達は完全に瓦解していた。

ラブシュカは話していた通り、突然現れた魔女が引き取りに来たそうだ。

その時に王族やモレイス侯爵のような関係者以外から、吾輩が魔女としての力を奮った記憶を消して去っていったらしい。

吾輩はかなりの力ある魔術師程度の認識にすり替えられているようだ。

あの場に居合わせた騎士達は、あの日の記憶を都合のいいものに書き換えられていると聞かされた。

きっと吾輩の暮らしていた集落の長が、手助けしてくれたのだろう。

どうやら手間をかけさせてしまったようだ。


ロイエストは念願のミセラティアを側妃から王妃にするため、念入りに準備を進めているそうだ。

しかしロイエスト自身、長くその玉座に居座る気はないらしい。

ヴィスからの言葉が余程効いたようで、モレイス侯爵と共に、これまでの振舞いを見詰め直すことが増えたようだと、ミセラティアが語ってくれた。


イスティランノは騎士達に監視された離宮で、一人暮らしているという。

時折様子をミセラティアが見に行っているそうだ。

憑き物が落ちたように静からしく、ミセラティアが心配そうにしていた。

あの者は目標に向かってずっと走り続けていたのだろうから、すべきことがなくなって手持ち無沙汰になってしまっているのかもしれない。

自分自身と向き合う時間の中で、何かを見付けてくれればいいと願うばかりだ。


王女であるリーヴィアは、レイスリーク皇国に嫁ぐ準備で大忙しなようだった。

だが、吾輩を殊更歓迎してくれたのは彼女で、吾輩のことをエル姉様と呼んで慕ってくれている。

美味しい茶菓子と香り高い茶を入れてくれ、何度も茶会に誘ってくれた。

あまりにもリーヴィアが吾輩を連れていこうとするので、ヴィスが張り合って吾輩の手を取り、間に挟まれ引っ張り合われることもあった。

子供かと二人共叱り付けてやったわ。



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