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66,


ずるずると足を引き()るヴィスを支えながら、二人で山を下り、家を目指す。

懸命に歩いているようだが、やはり相当な疲労感があるらしく、ヴィスの足取りは重かった。


「ごめんね、格好が付かなくて」


情けないと言わんばかりに、眉を下げて吾輩の顔を覗き込むようにヴィスが謝罪してきた。


格好が付かない?

誰が?

命までも削り、この世から掻き消えたはずの吾輩を、こうして連れ戻してくれたというのにか?

どうしてそんな風に思うと考えるのか。


呆れた吾輩がスンとした表情になったため、ヴィスは慌て出した。

「本当に、格好悪いよね」とお門違いな言葉を言って、しゅんと項垂れている。

少しむっとした吾輩はその首元を掴み、ぐっと引き寄せて軽くキスをした。


「〜〜〜〜〜〜えっ!?」

「くははっ!!」


今にも破裂しそうなほど顔を赤く染めたヴィスを見て、声を上げて笑ってしまう。


「ちょっと!?足に力が入らない時にっ!

転げなかっただけ褒めてほしいんだけど!?」

「お主が馬鹿なことを言うからではないか。

格好が付かないとは何だ。

――お主は過去も今もずっと、ずっと格好いいよ」


しみじみと思いを乗せてそう言うと、目を見開いたヴィスは今度こそへなへなと座り込んでしまった。

頭を抱えて呻いている。


「……エル。

戻ってきてからちょっと、積極的すぎない?」

「そうか?そうかもしれぬなぁ。

なにせ、いつかは離れることになると思っていた男と、こうして共に居られることになったのだ。

少し浮かれているのかもしれぬ」


座り込むヴィスを置いて、たたっと軽やかに駆け下り、くるりと振り返る。

キラキラと煌めく星と、柔らかく輝く月に照らされた景色の中に、ヴィスが居る。

それだけでとても幸せだった。


「ヴィス!

吾輩はずっと、お主を愛していたのだな!」

「……なにそれ。なんで僕に聞くような言い方なの?」

「これ以上未練を残さぬよう、色々な気持ちに蓋をしておったからな。

いつからこの気持ちがあったのか、吾輩にも分からぬのだ」


そうして二人でくすくすと笑い合う。

未だ動けそうにないヴィスの横に並ぶように座る。

すると、ヴィスが吾輩の肩に頭を乗せてきた。


「僕は君が幼い子だと思っていたから、恋愛感情を抱くなんて変だって、これは恋愛感情ではないだろうって、ずっと自問自答を繰り返していたのだけれど?」


ヴィスの拗ねたような声色に、くくくっと笑ってしまう。


「なにせ話せぬ約束があったからな」

「……そうだね。

話せば消えちゃうなんて知っていたら、何が何でも言わせなかっただろうしね。

僕が悶々と悩むくらいで君が守れるなら、その方がずっと良かったよ」

「だが、結果としてはこれで良かったのだろう。

まさかあやつが吾輩の体を保管しておるとは思っていなかったからな。

こうして肉体ごと戻って来られたし、止まっていた時も進み始めるはずだ」


夜空に向けて手を伸ばす。

何年も過ごす内に見慣れた幼い体より、少し大きくなった手のひら。

理から外れ、魂だけだった吾輩が、ヴィスから命を分け与えられ、体と魂を繋いでもらったおかげで、こうしてここに居られるのだ。


「吾輩はお主と同じように成長し、老いていける。

これを奇跡と言わずして何と言おうか」


吾輩はよいせと立ち上がり、服に付いた土を払う。

吾輩が手を伸ばせば、ヴィスは迷いなくその手を掴んで立ち上がった。

少し休んだとはいえ、まだ足取りは危なっかしいだろうからと、吾輩は手を繋いだまま再び山を下りる。


吾輩は繋いでいる反対の手で胸を抑え、トクトクと心臓の鼓動を感じた。

まさか自分が再び正しい生を与えられることになるとは、夢にも思わなかった。

少し硬い声で「エル」と呼ばれ、ふと顔を上げた。


「前にも言ったように、僕は恋愛感情が分からずに生きてきた。

エルのことを恋愛対象として見るのは変だって思っていたから、今でもこの感情が正しいものなのか僕には判断が出来ないし、なにせ経験がなさすぎる。

僕の気持ちがエルと同じものなのかとか、熱量がどうとか、比較するものも知識もない。

けれど」


そこで言葉を切ったヴィスは立ち止まると、吾輩の頬に手を添えてきた。

月に照らされたヴィスの髪は、精霊が舞っている時のように輝いて波打っている。

目を奪われるほど美しい光景と真っ直ぐな視線に、吾輩は再び時が止まった気さえした。


「僕はエルしか要らない。

それだけは断言出来る。

エルが居ない世界なんて、寂しくて堪えられない。

この気持ちがどんな形の愛なのか、まだ僕にはよく分からない。

でも、この気持ちにどんな名前が付いたって、どんな形になったって、僕が共に生きていきたいのは、君だけだよ」


ヴィスらしい言葉に、じわりと涙が浮かんだ。

少し屈んだヴィスの額が、吾輩の額にこつりと当たる。


「好きだよ、エル。

僕の元に帰ってきてくれて、本当にありがとう」


真綿で包むような柔らかな声で、ヴィスはそう零した。


頬に手を添えてきたのだから、その後キスでもされるかと少し期待をしていたのに、ヴィスは「〜〜〜まだちょっと、心の準備が!」と言って、結局抱き締めてしか来なかった。

そんなこやつがいじらしくて愛おしくて、暫くの間月の下で、もう離れぬようにと抱き締め合っていた。

それを見守るように、木の上で小さな光の粒が優しく輝いていた。




その後、家に戻った途端、物凄い勢いでアインシュテルが駆け寄ってきた。

精霊王と話していた間はそう時間経過していないはずだが、行き帰りでの長話や道草で、間違いなくそれなりの時間が経っていたに違いない。

その上フラフラのヴィスを見たアインシュテルが、血相を変えたのは言うまでもない。


少し成長して戻ってきた吾輩を気にしながらも、アインシュテルは何も聞かずヴィスのために動いてくれた。

吾輩はこんな状況のヴィスをソファでは寝かせられないと言い、ヴィスを吾輩のベッドで、アインシュテルを寝室の床で眠るように言うと、アインシュテルはヴィスを支えながら寝室へと向かっていった。

自分が思っていた以上に吾輩も疲れていたらしく、ソファに横になってすぐ、すとんと眠りに落ちた。



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