64,side???
夢を見ていた。
俺は真っ白で何もない空間にぽつんと立っていた。
訝しげに左右を見渡すと、背後から鈴の音と衣擦れの音がして振り返った。
そこには長く美しい水縹色の髪を緩く結っている、男とも女とも言えない見目の存在がこちらに向かってきていた。
それは明らかに人ではない神々しさがあり、息を飲んで立ち尽くしている俺を素通りしてから立ち止まると、威圧的な低い声で「付いてこい」と言った。
ここで立ち呆けていても仕方がないと、俺は小さく舌打ちをし、男なのだろうその背を追った。
「お前だけ知らずに生きていくなど癪だからな。
我が直々にお前に見せてやる」
前を行く男がそう言うと、視界が様変わりしていた。
見慣れた王城で、今より少し若い俺が歩いていた。
俺が向かった部屋には、今日見た魔女よりも幾分大人な、血色の悪い痩せぎすの、しかしとても凛とした美しい女が居た。
「これは失われた過去だ。
彼の娘が死に、滅んだこの国をなかったことにした、かつての姿だ」
男の言葉にぎょっと顔を向けた。
男はこちらを見ることなく、ただ静かに女を見詰めている。
過去の世界では、あの魔女はどうやら俺の婚約者だったらしい。
第一王子の婚約者とは思えない肌艶の悪さだが、俺にはそれがよく分かった。
寝食を削り、自分の価値を高めるために時間を費やしている者の様なのだと。
あいつに負けないように、人一倍努力すべきだと勉学や剣術に明け暮れていた頃の俺のようだった。
だがその努力の先が、全て自分自身のためであった俺と、誰かの力になった上で認められるためであった女とでは、笑いたくなるほど志の崇高さが違った。
過去の俺も今のように、その姿を気持ち悪いと思ったことだろう。
――他人に力を貸してやって何になる?
都合が良ければ媚び諂い、悪くなれば捨てられる。
弱者なままでは誰も手を差し伸べてはくれず、見下し踏み付けられる世界なのに。
国や民のためと言い身を削る女を、不毛で愚かしいと思っていたに違いない。
それなのに季節が過ぎる度、俺の表情が次第に柔らかくなっていった。
きっと誰にも気付かれてはいなかっただろうが、本人の俺がそう思うのだから間違いない。
今の俺と同じく、他人を屈服させるような物言いしか知らない俺が、あの女に冷たい言葉を浴びせながら、悟られないように顔を伏せて、何故か自分が傷付いたような表情をしていた。
――あれは本当に俺なのか?
あんなものは俺じゃない……!
そう思いながらも、どうしてか目の前の二人に目を奪われた。
そうして俺は、ずっと望んでいた王太子の座を手に入れていた。
これでやっと、あいつよりも俺の方が優れていると、父上も認めてくださると思ったことだろう。
――それなのに。
見ている俺には、狂っていく俺の気持ちが痛いほど理解出来た。
やっとの思いで辿り着いた先に、俺の望む結果は待っていなかったのだから。
側に寄り添ってくれる女のことなど目にも入らず、どうすれば侮られずに済むのか、どうすれば認められるのか。
俺の心はそれしかなかった。
そして戦争を決めた俺に忠言し、綺麗事で止めようとしてきたのは、婚約者であるあの女だった。
何故?
誰も逆らえないくらいの力を見せ付け、認めざるを得ない結果を出さなければ、俺は自分の父にさえ見てもらえないのに。
俺はこんなにも苦しいのに。
どうしてお前が分かってくれないんだ……っ!!
何度も何度も止めに来る女に、煩わしささえ抱き始めていた。
これまで静かにことの成り行きを見ていた男が、俺に声をかけてきた。
「今お前は、何故分かってくれないのかと思っているだろう」
胸の内を言い当てられ、俺の眉はぴくりと跳ねた。
しかし、別に知られて困ることもないかと肯定し頷いた。
そして今度は俺から男に問いかけた。
「あの状況で、それ以外にどう思えと?」
「はっ!
本当に自分しか見えていない小僧だな」
「なに!?」
馬鹿にされ、怒りが膨れ上がる。
しかし、今までのように魔力が高まることはなく、不完全燃焼しているかのように、体の中だけでチリチリと燃えているようだった。
「彼の娘に、お前は何を望んだ?
共闘か?
心優しい彼の娘が、お前のためだけに他者を皆殺しにするような暴挙など行うはずがないだろう。
それなら理解か?
日の目を見ない第一王子として蔑ろにされ育ち、王である己の父に認められんがため励んできた上での現状に、理解を示してほしかったのか?」
「俺の婚約者だと言うのなら!
俺が見縊られ蔑ろにされているというのに、何故苛立たない!?
俺の感情が間違っていると言うのか?
あのように扱われて、怒りを覚え野心を燃やすのはおかしいか!?」
俺が掴みかかろうとすると、それよりも早く男が俺の首を鷲掴みにした。
ぐっと喉が押し潰され、呼吸が苦しくなる。
それでも男を睨み続けた。
そんな男から落とされた言葉は、やけに静かに響いた。
「彼の娘はお前の何を知っていたと言うんだ?」
「…………は?」
理解が追い付かず、間の抜けた返事を返す。
男は俺を床に投げ捨てた。
ゴホゴホと咳き込む俺を無視して、男はまた女の方を見ていた。
まだあの女は俺に縋るように、戦争を止めてほしいと言い募っていた。
「彼の娘は魔女の集落で暮らし、人の世事には疎かった。
お前や貴族派連中が彼女を囲い、外部との接触を絶って、不必要な情報は与えないようにしていた。
それ故彼の娘は、お前に第二王子という異母弟が居ることさえ、ずっと知らなかったんだぞ」
「は?」
「死ぬ時まで知らなかった。
いや、死んでもなお知らず、あの男と出会い、あの男が何者かを聞いて初めて知ったくらいだ。
あの男からお前の境遇を聞かされて漸く、何故この時お前が戦争や結果に執着していたのかを知ったのだからな」
俺は驚きで女を注視した。
確かに女の言動から感じられるのは、純粋な心配だけだった。
他国を無為に傷付けること、そして自国が傷付くこと。
権力争いや私怨など一切含まず、ただ平等にこれからの未来を案じる少女は過去の俺に縋り、必死で説得をし続けていた。




