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63,sideヴィス


眠るエルに語りかける僕を、精霊王は鼻で笑った。


「愚かな!

それにはもう心など…………ッ!?」


それを見た精霊王が言葉を詰まらせた。

僕が握ったところから、金と青紫が絡まり合うように、紐の半分が僕の魔力に変わり始めた。


「お前、何を!?」

「この紐は、きっと最後にエルが杖に込めた魔力で編まれたものだよ。

国を想い、民を想い、そして僕を想ってくれた魔力だ。

ここに十分、彼女の心が詰まっている。

でも、本当に国や民を想うなら、何より僕を想ってくれるなら!

君はっ、生きるべきなんだ!!」


僕はその場に屈み、冷たく硬いエルの手を握った。

僕の知らない過去の僕は、その手を握って謝ることしか出来なかったのかもしれない。

彼女の心は救えても、その体を生かし人生を紡げるようには出来なかったのかもしれない。

けれど、今なら――。


「寿命も魂も、全てはあげられない。

だってエルの代わりに僕が居なくなったら、今度は君が泣くでしょう?

だから残りの命を半分だけ、君に贈らせてくれないかな。

それで君が戻ってきてくれるなら、僕は喜んでこの命を差し出せる」


そう言いながら送り込むように魔力を流し込む。

しかし、エルの魔力か、それともエル自身か、僕の命を奪いたくないと拒み抵抗されているようで、中々浸食は進まない。

僕の額からポタリと汗が滴り落ちる。

それでもじわりじわりと、紐が僕の魔力に染まっていく。

僕の魔力なんかでは、どうしたって魔女であるエルの魔力の足元にも及ばないけれど、それを補うようにこの命を削って注いでいく。


「お、おいっ、止めろ!

そんなことをしても、()の娘が戻ってくるとは限らない!

半分どころか削られすぎて、お前が消えてしまうかもしれないのだぞ!!」

「もしそれでエルが戻ってこなかったなら、僕の想いや力が足りなかったせいだろうね。

――でも、少しでも可能性があるのなら!

彼女と生きる未来を、僕は諦めたくないんだ!!」


そう言葉にすると、余計に力が湧き上がる気がした。

紐を強く握りすぎた手は、擦れたせいか血が滲んでいる。

そこにふっと、小さな光の粒が飛んできて、僕の側で瞬いた。

何も聞こえないはずなのに、僕を励ますような鳴き声が聞こえた気がして、思わず微笑んでしまう。

その胸の温かさを伝えるように、強く、けれど優しく、エルに声をかける。


「エル。ここに導いてくれたのはリンデンだったよ。

僕だけじゃない。

リンデンもここで、君を待っている。

だから帰ってきて!!

本当の幸せは、君が思うよりもずっと先にあるって、エルに見せてあげたいんだっ!!!!!」


僕は残る気力と魔力をぶつけるように放った。

すると、ずるりと体の一部が持っていかれるような確かな感覚に、手元を見た。

エルに繋がる紐はしっかりと染め上がっていて、始めから金と青紫で編まれていたかのような、見事な出来に染まっていた。

僕は大量に血を流した時のように、ぐらりと力なく崩れ落ちていく。

そこに濃藍色がふわりと視界を掠め、すらりとした華奢な腕に抱き留められた。

衝撃に備えてぎゅっと瞑っていた目を開くと、煮詰めた蜂蜜のような琥珀色の双眸が僕を見下ろしていた。

その瞳からぽたりと涙が降ってきて、僕の頬を伝っていく。


「全く……無茶をする」

「……先に僕の言うことを聞かず、無茶をしたのは君だよ?」

「あれは無茶ではない。

吾輩は既に一度死んでいた身だ。

せめてお主や国のためにと過去を語り、理に則って消えただけだ。

それなのに……お主が吾輩のために命を削るなど、しなくて良かったというのに」


くしゃりと歪む顔から、僕の身を案じ、本気で心配してくれていると伝わってきた。

まだ上手く力が入らない手を何とか持ち上げて、エルの手を包むように握る。


「それなら、僕の命を受け取ってくれたのは、どうして?」

「…………っ」

「僕は君と、生きていきたい。

普通よりも短い人生になるかもしれないけれど、少しでも長く、君と一緒に居たいんだ。

それに、分けた命が共に尽きるなら、今度は君を一人で死なせずに、僕も一緒に逝けるでしょう?

君が居ない世界なんて、辛くて苦しくて、寂しいよ。

……でもそれは僕の願いでしかないから。

エル、教えて。

君は――どうしたい?」


僕が優しく問いかけると、エルはぽろぽろと涙を流しながら僕を抱き締めた。

そして、これまで抑えてきた心を解き放つような声で、絞り出すように叫んだ。


「――生きたい、生きたいっ!!

やっと救えた、やっと守れた、やっと叶ったあの場所で!

もっと、もっと!!

ヴィスと、生きていきたいよ!!」


エルの魔力が暗闇だった世界を照らしていく。

そうして気が付けば、最初に居た真っ白で何もない空間に、今度は二人で寄り添って倒れていた。

始めと違うのは、僕達の周りをふわふわと光の粒が舞っていた。

きょろきょろと左右を見渡すと、再び背後から鈴の音と衣擦れの音がして振り返る。

そこには呆れた表情を隠しもしない精霊王が立っていた。


「己の魔力や命を躊躇(ためら)いなく差し出す男と、一度は己を殺した世界を望み手を伸ばす女とは。

実に滑稽な組み合わせだな」


精霊王の言葉に、エルが髪を掻き上げながら体を起こす。

精霊王に対して、僕も相当失礼な言葉遣いだった気がするけれど、エルは僕以上に粗雑な態度で精霊王に話しかけた。


「くくっ、お前は吾輩が存外傲慢で貪欲なことを知っておるだろう」

「存外どころか傲慢と貪欲の化身のようなものだろうが。

そうでなければ、たかが十歳の娘が大魔女なんぞになれるものか。

更に我と言葉を交わすなど、末恐ろしいにも程がある」


僕は二人の会話を聞きながら、なんとか起き上がろうとしたけれど、まだ力が入らずに頭がクラクラした。

それに気付いたエルが僕を引き寄せ、何故かもう一度僕を横たえた。

――エルの太ももの上に。

所謂膝枕をされていた。


「え、エル……ッ!?」

「……おい、戻って来れて嬉しいのかもしれないが、我の前でいちゃつくのは止めないか?」

「なんだ、妬いておるのか?」

「……………………はぁ、お前な……」


エルは精霊王にまで全く動じず、ニヤニヤしながら冗談を言って、溜息を吐かれていた。

僕はエルの膝の上でおろおろすることしか出来ずに居ると、更にエルは僕の髪を撫でるように()いてきた。

僕は恥ずかしさのあまり、エルのお腹の辺りを見ているしかなかった。


「こやつは暫く調子が悪いはずだ。

突然底をつくほど魔力を失い、その上命まで削ったのだ。

しかも見よ!

あの頃の体だというのに、失った目や指も戻っておるし、問題なく歩くことも出来る。

ただ魂を呼び戻すだけではなく、依代の体さえ治すとは……余程思いが強くないと、中々こんなところまで戻らぬよ」


確かに起きてきたエルは少し大人びていて、彼女が過去に亡くなった時の体のようだった。

けれど、さっきまでなかったはずの指は確かにあるし、変わらないあの綺麗な瞳とも目が合った。

嬉しそうにグーパーと手を握っては開いて、精霊王に見せている。


「当分力が入らなかったり、眠かったり、思うように体がいうことを効かぬこともあるだろう。

こんな姿でも許してやってくれ。

吾輩を何度も救い上げてくれた、大切な者なのだ」

「ふん。

我らが救いたかったのはお前だけだったのだがな」

「そうか?

精霊達はヴィスのことも気に入っておると思うが?」


「ほれ」と言いながら、エルは光の粒を一つ掴むと、何故か僕の方に差し出してきた。

ゆっくりと手を伸ばし両手でその光を包むと、ほわりと体が温まるような気がした。


「ヴィスは吾輩に負けず劣らず、他人思いで吾が身を犠牲にしがちな、損な生き方と(こじ)れた性格をしておると思うぞ。

少々頑固な部分も似ておるかもしれぬな」

「お前が二人に増えると言いたいのか?

そんなもの相手にしていられるか。

……もういい。さっさと去ね」


精霊王はしっしっと犬でも追い払うような仕草をした。

エルは立ち上がると、深く長く頭を下げる。

顔を上げ、晴れやかな顔で精霊王と対峙した後、僕もエルに支えられながら立ち上がった。

僕もお礼を言わなければと、そう思っている間に僕達は湖の側に戻っていた。

どうやら強制的に、あの空間から追い出されたらしい。


僕達の足元にはエルの杖が転がっていて、その上部に満ちていた魔力は、綺麗に空になっていた。



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