表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/68

62,sideヴィス


()の娘は殺された。

人のために力を尽くし、懸命に生きた娘を、お前達人間は殺したのだ」


過去を眺める僕の横に、精霊王は立っていた。

視線を動かし精霊王へと目を向けると、屍の上で涙する僕を睨むその表情は、苛立ちを隠そうとはしていなかった。

精霊王が放つ、ひりつくような激情を肌で感じる。


()の娘は、自分が浅はかで未熟だったからと言ったが、果たしてそうだろうか?

娘が悪かった?何が?何処が?

()の娘が悔いる必要などあったか?」


精霊王の言葉に、僕は首を横に振った。

エルは自身の心の中で、こうすればあぁすればという後悔があったのだろう。

けれど、エル以上に人間の方が浅はかなのに貪汚(たんお)で、未熟な上に横暴だった。

彼女は優しさと真面目さに付け込まれたに過ぎない。

あのまま人間を恨んだって理不尽でも何でもなく、正常な感情だったはずだ。

もしも民達が第三者目線でエルの生き様を見られたなら、彼女を悪だと言う者は明らかに目減りしただろう。


()の娘は生まれた時から精霊達に愛されるほど、強い力を持ちながらも慈愛に満ちた、清い魂を持っていた。

今の世に珍しいほど、とても澄んだ娘だった。

我らは()の娘の成長をずっと見てきた。

人の国の思惑で連れ去られ心をすり減らしていく時も、その心が黒く染まり闇に堕ちそうな時でさえ、我らは娘の側に在り続けた。

お前達人間は、勝手な都合で娘を殺したのだ!

この愚かで不憫な魂を失わせてなるものかと、娘の魂を繋ぎ留めた。

色恋に溺れることのない見目のまま、永遠に変わらぬ張りぼての体を与えてこの地に縛り、約束と称して国や人間に関わらせまいとした。

我らの側で何の痛みもなく生きればいいと、みなそう望んで()の娘をあの山に匿った」


ふっと過去の視界が掻き消えると、今度は真っ暗な中に立たされていた。

辺りを見回すと、ぼんやりとした光の灯る場所が見えた。

ふと自分の手を見下ろすと、金色の紐が手首に巻かれ淡く光っていて、その光る先に向かって伸びていた。

そこへ向かって足を進める。

その途中、エルと過ごした日々が走馬灯のように流れては消えていった。

温かな過去に縋り付かないよう、僕は振り返らず前の光だけを見詰めて足早で歩く。

そうして辿り着いた先には、沢山の花――リンデンとラベンダーに包まれた、一つの体が横たわっていた。


「ここに、居たんだね」


顔の上に布がかけられた、エルの亡骸を見下ろした。

僕の手首の紐は、どうやら彼女の手首に巻かれた紐と繋がっていたらしい。

手首を見た時、エルの手も視界に映った。

映像から聞こえた通り、過去の彼女の指は全て失われていて、それがとても痛々しく僕は顔を歪めた。


()の娘は、自分を殺した男を救いたかったと望んだ。

この国や民を守りたかったと願った。

そして、お前に恩を返したかったと祈った。

娘が繋いだ想いだけは、我らでも切れなかった。

それでも何年も、この山で穏やかに暮らしていたのだ。

――お前がこの山に入ってくるまでは」


その言葉尻から、僕に対する憎々しさが伝わってきた。

僕が山に入ってしまったせいで、エルとの繋がりが出来てしまった。

そして再びエルを人の世に巻き込んだのだと、そう訴えているようだった。


「返してとお前はそう言ったが、お前達人間は何度、()の娘を傷付けた?

唯一共に暮らし大切にしていた動物さえ、目の前で殺されるような惨たらしい世界だ。

()の娘に頼らずして維持出来ぬ国など、滅んでしまえばよいではないか!

切り捨てたのはお前達の方だと言うのに、今更()の娘を求めるのか!

まだお前達は、()の娘を傷付けるのかっ!!」

「僕はエルを傷付けるつもりなんてないよ」


最後の言葉だけは即座に否定し、僕は振り返った。

怒りでオーラを膨れ上がらせる精霊王を前に、僕は挑むように立ち上がる。


「精霊王よ。

貴方の言う通り、人間の国はとても穢れているのだろうね。

エルが守らなければ成り立たない国なら、滅んでしまえばいいと僕も思う。

愚かで浅ましい心の持ち主が多く、誰も彼もが我が身大事に生きている。

同族同士で蹴落とし合い、裏切ることも多い。

僕も身に染みて生きてきた。

望む望まないに関わらず、僕はその象徴とも言えるところで生まれ育った自覚があるから」

「ならば!

()の娘をもう眠らせてやろうとは思わないのか!

満足したと魂まで散らした娘を、何故留めようとする。

あんなところで生きて、これ以上苦しめることになるとは思わないのか!!」


精霊王は吠えるように叫ぶ。

膨れ上がったオーラは、巨大な波が目前に押し寄せてくるような、圧倒的な迫力だった。

それでも僕とエルを繋ぐ金の紐が、僕に力をくれている気がした。


「では仮に、貴方との約束がなかったとしたら、エルはあのまま終わることをどう思っただろう。

自分が救った僕と兄上がどうなるのか、守った国や民の行く末がどのような道を歩むのか。

彼女はそれを知らず逝くような、そんな子じゃない」

「そ、それは……っ」

「それにエルならきっと、苦しむと分かっている未来でも、きっと全力で立ち向かっていくだろう。

僕や周りが必死で止めたとしてもね。

好奇心と責任感、そして何より人の世を、誰かの人生をより良くしたいと渇望し、その結果、自ら血を流し、心を引き裂かれたとしても!

彼女は何かを、誰かを想って、最後まで生きようとしたはずだ!!」


僕は負けじと言い返した。

たじろぐ精霊王を前に、畳み掛けるように僕は言い募る。


「僕はたったひと月しか、エルと居られなかった。

それでも分かる。

貴方なら、もっと分かるんじゃないか?

エルが言ったように選択肢が二つしかなかった時、彼女がどちらを選ぶのか、きっと貴方は知っていた。

それなら、選択肢が二つではなく、もしも彼女が生きられる未来があったなら、彼女が何を選んだのか」

「だったら何だと言うのだ!

もう()の娘は魂すらすり減らし、消えてしまった!

そんな娘をどう戻せと言う?

お前に何が出来る!?」


もう手遅れだと言うように、精霊王は僕を鼻で嘲笑う。

僕は後ろで静かに眠る、エルの亡骸に視線を落とした。

そして少しだけ金色の紐を引く。


「ねぇ、エル。

帰ってきてよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ