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吾輩達は湖の近くに辿り着いた。

静かな湖面は、満月と星の瞬きを映している。

多くの精霊達が湖の周りに浮かび、消えゆく吾輩を見届けていた。


「……失った、世界」

「あの時吾輩が過去を見せた時点で、こうなるのは決まっていたのだ。

呪文でも唱えただろう?

『吾が軛を解き 最期を手向けに 映せ』とな」

「呪文の意味なんて、僕に分かるわけがないだろう!?

それでもあの時、何故か君に魔法を使わせてはいけない気がしたんだ。

だから僕は何度も止めたじゃないか!

どうして……っ、どうしてっ!!」


吾輩の体を強く抱いて、ヴィスは苦しそうに嘆いた。

その様子があまりにも痛々しくて、吾輩はまだ透けていない腕をヴィスの肩に乗せ、ぐっと体を持ち上げると、後悔に苛まれているヴィスの髪にキスを落とした。


「!?

え、エルミルシェ殿!?」

「くくくっ。

顔を赤らめて、お主は本当に愛い奴だな」

「なっ、何を!?」


耳まで真っ赤にしながら慌てるヴィスにもう一度(もた)れかかり、これまでの本音を全て語る。

――もう思い残すことがないように。


「リンデンに連れられてお主を見付けた時、本当に見て見ぬふりをしても良かった。

しかし譫言(うわごと)で漏れ聞こえたお主の声が、過去吾輩を救ってくれた声と同じで、何故こんなところに居るのかと思いながらも、(ようや)くあの時の恩が返せると思った。

今のお主が知らなくとも、吾輩はずっと覚えていた。

だから吾輩は、お主を助けたのだ」


ヴィスに持たせていた杖を吾輩の近くに寄せてもらう。

杖の上部を抱きかかえると、次第に濃厚な琥珀色の魔力が波打ち始めた。


「しかし、今のお主がどんな人間か分からなかった。

吾輩が介入しなかったことで、過去と違う為人になっている可能性だってあった。

だから最初、様子見していた部分があったのだろうな。

単に深入りせぬようにという気持ちと、万が一記憶の中のお主と全く違う為人で、身勝手にも残念に思わぬようにという気持ちがあったのだ」


預けていた頭を起こし目を合わせると、くしゃりと歪んだ瞳に幸せそうな吾輩の顔が映っていた。


「だが、やはりお主はお主のままだった。

心優しく温かい、そんな人だった。

恩を返すつもりだったのに、それ以上に沢山のものを与えてもらった。

いつかに手放し諦めた、人との関わりや温もりを感じた。

とても、とても幸せな日々だったのだ」

「僕だって……僕の方こそ、君から沢山のものを」


ザァッと強く風が吹き抜けて、ヴィスの髪が(さら)われていく。

リィン――と、耳の奥で鈴の音が響いた。

もうあまり時間がないらしい。


「過去を明かさず、あの場を収めることは難しかった。

お主達に話した時のように、言葉を伏せて伝えても良かったが、そうすればどうしても謎や憶測が残ってしまう。

特にヨーミリエンの秘薬の話は、失った世界を語らずして伝えるのは容易ではなかったからな。

あの場に行く時点で、こうなる覚悟は決めていたのだ」


身動ぎしようとして、至る所の感覚が薄れてきていることに気がついた。

そろそろ肩に頭も乗せているのも危ういかもしれない。


「お主から話を聞き、吾輩が知らなかった背景を知り、全てが繋がったあの時……放置すれば壊れゆくだろうこの国と、己の命を天秤にかけた。

お主の生きるこの国が、再びあのような惨劇を繰り返すというのなら、魔女としての矜恃を胸に、願いを叶えて散りゆくことを望んだ」


浮かぶのは、精霊王にも漏らした後悔。


「かつて仕えたイスティランノを救いたかった。

戦争で荒れ果てることのないように、国や民を守りたかった。

そして何よりも、吾輩を救ってくれたお主に恩を返したかった。

理を捻じ曲げ居座り続けた、既に一度朽ちた魂だ。

再び見て見ぬふりをして生き長らえるか、この身を賭けてこの国を救うか……どちらかを選ぶしかないのなら、かつて吾輩も願った、お主の望む、争わぬ世界を叶えたかった」

「そんな……そんな……っ」


ヴィスは頭を横に振り、嫌だと言葉を繰り返した。


「初めは恩だけだった。

いつかの礼が出来たらと、それだけだった。

だがお主と過ごし、あの楽しく穏やかな日々の中で、知らなかった感情を知った。

吾が身よりも、国や民よりもただ一人を大切に想う、人はこれを『愛』と呼ぶのだろう?」

「える……みるしぇ……」

「エルと、そう呼んでくれないか?

かつて吾輩をそう呼んでくれたのは、祖母だけだった。

お主が良ければそう」

「エルッ!エル……行かないで!!」


掴まれている感覚もなくなった吾輩にしがみつくように、ヴィスは大声で叫んだ。

話し終わるより先に愛称を呼ばれ、吾輩はからからと笑ってしまう。


「その杖は墓石代わりにリンデンの墓に立ててやってくれ。

この国に加護があるようにと、願って溜めた魔力だ。

暫くは魔獣や天災の脅威から守ってくれるだろう」


吾輩は魔力で体を浮かし、ヴィスの体から離れた。

「待って」と伸ばされる手を(かわ)し、吾輩はもうほとんど形を成していない両手を広げ、天に声を上げる。


「かつて志半ばで果てた身だ。

それがこんなにも満たされた逝き方があろうとは!

なんと良き天の足り夜か!

これでは星も駆け出しそうだ!」


宙で踊るようにくるくると舞うと、星々が夜空を流れ出した。

湖面にいくつもの輝く線が描かれ、吾輩の魔力に当てられた精霊達も花開くように舞い始める。

吾輩の力のせいか、恐らく精霊達が見えているのであろうヴィスは、その神秘的な光景に目を奪われていた。

立ち尽くすヴィスに、もう触れられぬ手でその身を抱き締めた。


「どうせ偽名だろうと思って、ずっと名を呼ばなかったのだがな。

まさか、ある種愛称のような名を初対面の奴に言ってしまうなど、軽率にも程があるだろう」

「エ…ル……ッ」

「ヴィス……シルヴィストル。

愛しきお主に、これから多くの幸があらんことを」

「エル……エルッッッ!!」


指先から糸が解けるように、吾輩の体は光の粒となって夜風に流され(さら)われていく。

吾輩の杖を抱き締めながら涙を流すヴィスに、最期の微笑みを向けた。

悲しみに泣き叫ぶ愛しい男を置いて、吾輩は形を失い、夜闇に溶けるように消えていった。



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