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晩餐会へ招待したいと言うリーヴィアの誘いを断り、吾輩は家へ帰ると言った。

ヴィスもどうやら参加してほしそうにしていたが、元々早く帰りたいと言っていた上に、あまり城によい思い出がないことも汲んでくれたらしく、黙って受け入れてくれた。

そんなヴィスに今度は吾輩が問いかける。


「吾輩は帰るが、お主はどうする?

お主にとっては久々の家族団欒ではないのか?」

「エルミルシェ殿が帰るなら僕も帰る」


何の迷いもなく返された言葉に、周りが「えっ」という空気になった。

周囲の反応にヴィスはきょとんとしていたが、みなの方が至極真っ当な反応だと吾輩は苦笑を漏らす。


「帰る、と宣言してくれるのは構わぬがな?

もうあそこで暮らすわけにはいかんのだぞ?」

「分かってるもん」


なんだこやつは。

家族に本音をぶちまけて、子供返りでもしおったか?

疑うような目で見ると、口を尖らせてボソボソと「……今日だけだよ」と言ってきた。

全く、仕方ないな。

それに今日は元々こやつを連れ帰る気でおったから、丁度よいと言えばよいのだが。


「流石にお主一人は許されんだろう?

アインシュテルが付いてくるのか?」

「いや僕だけ「勿論同行致します」


ヴァスの前にずいと出てきたアインシュテルは、胸に手を当てて軽く頭を下げてきた。

今度はヴィスが「えっ」という表情をしたが、アインシュテルから突き刺すような目で見られ、肩を落としながら渋々了承していた。

アインシュテルは上手く主の手網を握っているようだ。

生真面目な雰囲気が強いので、ちと窮屈で怖そうな節はあるが……ヴィスよ、頑張れ。



吾輩は「ではな」と言い、来た時と同じく魔法陣を展開し、転移しようとする。

陣が輝き出した時、先頭に立っていた国王から「大魔女殿」と声をかけられた。

ふわりと体が浮き始め転移するその一瞬、国王と王妃、リーヴィア王女、モレイス侯爵が、吾輩達に向かって頭を下げたりカーテシーをしていた。

そして国王の声で「ありがとう」と聞こえたと思った頃には、もう吾輩の家についていた。


「くくっ、あの王も中々素直になれん男なのだろうな」

「そうみたいだね」

「『も』と言ったのが聞こえておらんかったのか?

お主も一人で抱え込みがちで、本心を胸の内に溜めて言葉に出来ぬ(たち)だろう。

恐らく、もう一人の王子もな。

親子揃ってそっくりではないか」

「えっ?あ……。

僕達、正反対の性格をしていると思っていたけれど、案外二人とも父上似だったのかな」


アインシュテルは何も口には出さなかったが、どうやら吾輩と同じように思ったらしく、三人で顔を見合せてくすりと笑い合った。



帰宅して早々、吾輩は何事もなかったかのように夕食を作り始めた。

せっかくだから豪華にするぞと言い、食料棚に置いていたありったけの材料を出してきた。

ヴィスやアインシュテルにも手伝わせ、動物達の分まで準備する。

「こんなに作って、明日の食事は大丈夫なの?」とヴィスは心配していたが、吾輩は「今日は良き日なのだから、これくらい振舞わねば」と笑って返してやった。

料理が出来上がると、大きなヴィナルを表の庭に敷いて、その上に料理を並べていく。

動物達にはヴィナルの上に直接肉や魚を乗せておけば、そこから適当に食べてくれるだろう。

地べたに直接置いても問題なかろうが、量が量だけにこうした方がこちらも運びやすかったので、間隔を空けて置いていく。


多くの動物達が集まり、吾輩達が座るヴィナルを取り囲んでそわそわとしていた。

何度も世話になっているドルクや大狼達も来ている。

みな犬でもないのに待てが出来る、なんとも賢い子達である。


「今日は良き日だ。

お主らと共に過ごし、ここで生きることを選んだおかげで、かつて叶わなかった願いを叶えることが出来た。

ひとえに吾輩をここまで支えてくれた、みなのおかげだ。

礼を言う、ありがとう」


吾輩は深く頭を下げ、そして顔を上げる時に祝杯のコップを手に取った。


「今宵は宴だ!

どうか心置きなく、好きなだけ食べてほしい!」


コップを掲げると、動物達は各々鳴き声を上げてからガツガツと食事を始めた。

ヴィスやアインシュテルにはコップを当てて乾杯し、こちらも料理を食べ始める。


「んーー!美味しい!」

「本当に。

エルミルシェ様の料理は絶品ですね。

王都で暮らしていた時でも、このような料理には出会えませんでしたよ」


二人は躊躇(ためら)いなくパクパクと口に料理を運んでいく。

それがなんだか可笑しくて笑ってしまう。


「第二王子とその従者兼護衛の令息に、こうして何の迷いもなく食事に手を付けてもらえるというのは、とても光栄なことなのだろうな」


満足気にそう言うと、ヴィスとアインシュテルは顔を見合せた後、二人ともこちらを向いた。

アインシュテルは苦笑しているだけだが、ヴィスは少し不服そうな表情で「何を言っているの?」と言ってきた。

怒るような要素があったか?と眉を(ひそ)めると、


「魔女なんておとぎ話でしか聞いたことがないような人に、こんな美味しい手料理を振舞ってもらえている方が、余程光栄だと思うけれど?」

「全くですね。

エルミルシェ様を"人"と呼んでよいのかも存じませんが」


そう言われて、吾輩は確かにと手を打った。

人間からすれば魔女は架空の存在で、実在しないと思われているらしいのだから、希少価値は高いのだろう。


「案外魔女は何処にでも居るのだがね。

占いが長けている者、歌で祝福を与える者、鉱物へのまじないや加工が得意な者……街に溶け込み、人間と共に暮らしている魔女は意外と居るのだ。

あと、吾輩達も数えは人でよいぞ。

生物分類としては、ヒト科ケルセ属ミスルトレイガ種と呼ばれるのが吾々魔女だ。

人間の文献には一切載っていないものだから、知られていなくて当然だが」

「すみません!

エルミルシェ様、もう一度仰っていただいても宜しいですか?」


吾輩の言葉を聞いて、すかさずアインシュテルが少し目を大きくして問いかけてきた。

あまり表情は変わらないながらも、瞳の奥が輝いているように見える。

やはり魔術師だけあって、魔法や魔術に纏わる話が好きなのだろう。

知らない知識がまた一つ増える喜びは、吾輩もよく知るところだ。


「くくっ、二度は言わぬよ。

それに、今言ったものを己の知識に蓄えたところで、一切信憑性のない情報にしかならんからな。

何となくそんな種族が居るんだなくらいに思えばいいさ」


吾輩がそう返すも、アインシュテルは悔しげに額を抑えていた。


「くっ……、私としたことが。

きちんと一言一句逃さず聞いておくべきでした……っ」

「アインがこんなに悔しそうにしているところ、初めて見たかも。

何でも器用に熟すから、挫折や後悔している姿なんて見たことないし」

「そんな無様な姿を主人には見せられませんよ。

でもそうですね。

今、人生で三本の指に入るくらいの無念さは感じていますよ」


そんな風に吾輩達は語り合った。

吾輩は魔女の集落で過ごし、祖母から魔法を学んでいた頃のことを話した。

好奇心旺盛だった吾輩は、覚えたての魔法を試しては、よく爆発させたり天災級の天候に変化させたりと、しょっちゅう長や魔女達に叱られていた。

失敗談の初級編を聞かせただけで二人からドン引きされたので、中級編上級編は誰にも聞かせられないなと墓まで持っていくことを心に誓った。

二人からは幼い子供時代のことを聞いていたのだが、途中からヴィスが妹自慢、アインシュテルが婚約者の幼馴染自慢を始め、競い出してしまった。

競えるほど誰かを愛している彼らを見ていると、羨ましさと眩しさに目が眩むほどだった。

そうして面白可笑しく過ごしていると、


「ピィー」


と鳴く、一羽の鳥が木に留まった。

それはあの日、アインシュテルが山を訪れた時に危険を知らせてくれた、守り役の鷹だった。

鳴き声を聞いて、吾輩も動物も顔を上げる。

まだ食べていた動物達も、お腹が満たされて寝転がっていたり遊んでいたりしていた動物達も、そろそろと動き始めた。


「あれ?あの鷹って……」

「もうそんな時間か。

あれはこの森の守り役を担う鷹でな。

そろそろ解散しろと告げに来たのだろう」


吾輩は二人をそこに残し一度家へ戻ると、用意していた袋を手に提げ、鷹の留まる木の側まで行く。

袋にはカエルがみっちりと詰まっていた。


「世話になったな。

前の分と合わせて置いておく。

仲間達と食べるといい」

「ピピィー!」


鷹は嬉しそうに高らかに鳴いた後、律儀にぺこりと頭を下げてきた。

それを見た動物達も吾輩に頭を下げたり、擦り寄ってきたりしてくる。

吾輩はそれを受け止め、よしよしと撫でて回る。


「ありがとう。

普段こんな時間まで起きておらぬ者達も居るだろう。

来てくれて嬉しかった。

気を付けて帰ってくれ」


一匹一匹と触れ合いながら、全ての動物達を見送り終えると、途端に静かになった。

ここに残るのは、後は二人だけ。

吾輩はくるりと体を翻し、何やら見守ってくれていた二人へと声をかける。


「流石に肌寒くなってきただろう。

温かい茶を入れよう」



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