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55,sideヴィス


部屋に集められたのは、父上、母上、リーヴィア、モレイス侯爵の王族派四人と、王妃、イスティランノ、レスノワエ公爵の貴族派三人。

あとは僕とアインシュテルだった。


イスティランノは未だ気を失っていたため、奥のソファに寝かせておいた。

王妃は痛い痛いと呻き続けていて、仕方がないと言いながらエルミルシェ殿は王妃限定で結界を張っていた。

王妃にはこちらの声が聞こえるように、逆にこちらには王妃の声が聞こえないように遮断しているそうだ。

結界なんて強力な魔獣との戦闘時に、上位の宮廷魔術師が防御として張ってくれるものだと思っていた。

結界そのものの条件を変化させ、こんな活用も出来るのかと目を瞬いた。

あまりにも簡単そうにしていたけれど、隣を見てみるとアインシュテルが眉間を揉んでいたので、全く容易ではないのだろう。

レスノワエ公爵は王妃やイスティランノ同様、エルミルシェ殿の鎖で縛られているが、抵抗する素振りは見えず、終始項垂れていた。


「さて。

まずは先に見せた映像もあるから、吾輩の過去から紐解いた方が分かり易かろう。

吾輩が集落を出る辺りからがいいだろうか……」


そう前置きをしてから、エルミルシェ殿は語ってくれた。

彼女がどうして王妃が使った秘薬を、そしてその薬の提供者を知っていたのか。

以前言っていた、彼女の言えない過去が何だったのか。

全てを聞き終えて、僕は彼女の送った壮絶な日々に、民を想い懸命に生きた少女の最期を知り、何の言葉も出てこなかった。


――時を(さかのぼ)ったなど、確かに言えるはずもない。

しかも、謂われのない罪を背負わされ、処刑されただなんて。


話し終えると、静かにエルミルシェ殿は立ち上がった。

裾の擦れる音さえもやけに耳に残るほど、そこに居る誰もが僕と同じく一言も発することが出来ずに居た。

自分達が積み上げてきたものの結果、一度国が滅びかけていると聞いて、実際にそれがどんな惨状だったか、見せられた映像と声が結び付いて、言葉になるはずもなかった。

エルミルシェ殿は静かに歩き始め、ぴたりと王妃の前で立ち止まると、見たこともないような凍てつく瞳で王妃を見下ろしていた。


王妃(こいつ)に尋問をしたいなら好きにすればいいが、最終的には吾輩の集落の長が引き取ると言っていた。

異論はあるか?」


エルミルシェ殿は鋭い目つきのまま、今度は父上へと問いかけた。

父上は何の躊躇(ためら)いもなく、横に首を振った。


「それの身はそなたが好きにするといい」

「……いや、吾輩がどうこうするのではないのだが。

吾輩達魔女にも決まりがある。

先にも言ったように、魔女は存外平和な生き物でな。

良きことに力を使いたいと思う者は多いが、悪しきことに力を振るおうとする者は意外と居ないのだ。

そもそもそういう思想の者は、魔女の力を剥奪されるのが基本だからな」


エルミルシェ殿は俯いて「あ〜〜」と声を漏らしながら、がしがしと頭を掻いた。

そして次に顔を上げたその表情は、普段のエルミルシェ殿に近い雰囲気で、少し困ったように眉を下げていた。


「吾輩は、お前達を許してはおらぬ。

お前達の怒る理由も、嘆く理由も、理解は出来るのだぞ?

しかし、それを向ける矛先を誤り、罪なき子ら二人をあのようにした責は、間違いなくお前達にある。

その先に起きた瓦礫に埋もれた国の姿も、群衆の暴動や嘆きの声も、お前達が招いた結果だということを忘れてくれるな。

……だが、その全てのきっかけを作った王妃に、そのような力を与えてしまったのは、成り損ないとはいえ吾が同胞だ。

それについては心から謝罪しよう。

すまなかった」


エルミルシェ殿が頭を下げたのを見て、父上や母上、モレイス侯爵は目を丸くした。

リーヴィアは涙を零しながら首を横に振り、声にならずとも違うと言っているようだった。

僕は堪え切れず駆け寄って膝をつくと、その手を掴んで顔を上げさせた。


「そんなの、エルミルシェ殿が謝ることじゃない!

そのヨーミリエンという魔女見習いは、エルミルシェ殿と元々関わりがあったわけでも、ましてや同じ集落に住んでいたわけでもないんでしょう?

君がそんなことまで謝らなくたっていい。

君はこれ以上、何も背負わなくたっていいんだ」


僕はそう言いながら両手でその小さな手を握り、祈るように額を付ける。

「まったく、お主は……」と少し笑みを含んだ声が降ってきたので体を離すと、エルミルシェ殿は仕方なさそうに笑っていた。

その笑顔さえ僕の胸を締め付けて、痛くて苦しかった。


(僕は――ただこうして手を握るしか出来ないなんて……)


「言ったように、魔女は力を振るうにあたって魔法倫理学というものを学ばされる。

とはいえ、魔女とは本来自由な生き物だからな。

善悪の概念もそれぞれだろうし、基本は干渉せぬのが常なのだ。

例えば、魔女の作る惚れ薬など人の心を変える作用があり、それを当たり前のように吾らは作る。

人間の考える善悪や倫理感とズレて当然だろうし、その薬を使用した結果、恋人の居る相手を奪うことになって揉め事が起きたとしても、薬の効果が切れた時に相手から嫌われたとしても、魔女からすれば知ったことではないのだ。

吾輩であれば、そういった薬を売るとなれば購入者に必要な説明はしておる。

副産物で生まれる不幸を背負う覚悟を持って、魔女の薬は扱われて(しか)るべきなのだ。

そこの女は、覚悟も何もありはしなかっただろうがな」


エルミルシェ殿からそう言葉を向けられても、王妃は痛いと嘆くばかりで、反省の色など一切なさそうだ。

彼女はそれを見て肩を(すく)めていた。


「ヨーミリエンがそういった説明を故意に怠っていたというのは確認出来ている。

それもあって、ヨーミリエンは表舞台から消えて六年ほど経つが、大魔女によって世界から隔離され、死んだ方が楽だと思うほどの地獄を味わっているはずだ。

本人に更生の兆しが見えぬなら、間違いなく魂の方が先に摩耗してくたばるだろうさ。

まぁ、治ったともくたばったとも聞かぬから、未だ死なない程度にいたぶっているのかもしれんがな」


エルミルシェ殿が悪そうな顔でくくくと笑う。

誰もがゴクリと喉を鳴らし息を飲んだ。


「そしてこの女も、魔女の力を己の欲のために利用し、更にはそれで他人や己の子すらも傷付けて、罪悪感さえ抱かぬクズだ。

魔女の惚れ薬を定期的に使われた相手は、自分自身で感情を抱くことが困難になる。

過去の世界では、吾輩が定期的に薬を渡していたせいで、多くの男達を廃人にしてしまったのかもしれない。

恐らくレスノワエ公爵が何処からか調達してきて、そして処分までしていたのだろうな。

だが、今回はそんなことにはなっていないはずだ。

惚れ薬はかなり高価なものだから、ヨーミリエンからそこまで大量に買うことは出来なかっただろう。

それでも魔女の薬の力に溺れ、それを求めるが故に戦争まで引き起こそうと言うのは、流石に看過出来るものではない。

それに、過去に子爵が買ったのだろう薬や呪具を、あのように使う者を吾輩は許してはおけぬ。

王妃(こいつ)には、魔女を侮ればどうなるかという見せしめになってもらう」


こちらの声が聞こえていた王妃は、己の身に更なる恐怖が降りかかると知り、エルミルシェ殿の結界を力一杯叩きながら何かを叫んでいた。

しかし、こちらには声どころか結界を叩く音すらも聞こえてこず、彼女は王妃を無視して言葉を続けた。


「どうされるのか吾輩は聞かされておらぬし、知ったことではないがね。

ただ一言、楽に死なせてくれるなとは言ってある。

みな王妃への恨み辛みは多々あるだろうが、そこは吾ら魔女に譲ってもらいたい。

人間の行う処罰や拷問よりも遥かに惨い、生き地獄を味わわせると約束しよう」


父上とモレイス侯爵は青ざめた顔で頷いた。

王妃は結界の中で、髪を振り乱しながら喚いている。

それを見て、僕はほんの一欠片も可哀想だとは思わなかった。

寧ろ過去と現在を合わせて、傷付けてきた全員分の恨みを味わえばいいとさえ思ってしまう。

そこへ、母上がおずおずと手を上げた。




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