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50,エルミルシェ(過去編)


吾輩は、それはそれは優秀な魔女でな。

齢十歳にして、魔女として修めなければならない必科(ひっか)だけでなく、特科(とっか)と呼ばれる更に高度な魔法や技術を身に付け、大魔女と呼ばれるに至った。

しかし、魔女の集落は存外平和でな。

ここに住んでいては、この力を存分に使う先など滅多なことではありはしない。

誰かの助けになれる力を(くすぶ)らせておくのは勿体ないと、吾輩は人間の住む国に降りることを決意したのだ。


師であり長でもあった大魔女からは、ただ気を付けろと言われていたが、吾輩は自分の力を過信し過ぎていた。

そして人間を弱い生き物だと決め付けて、年寄りの心配性が出たのだと思っておった。

実際に戦闘という意味で言えば、誰も吾輩に勝てぬだろうからな。

まだ幼かった吾輩には、長の忠告の意味が何ら分かっていなかったのだ。



集落から出て、少し寂れた村に着いた吾輩は、そこで薬師として生計を立てることになった。

それは小さな子供を抱いた母親が、顔を真っ赤にしながら水汲みをしていたところに遭遇したことから始まる。


何でもその村には(ろく)な医師も薬師も居らず、ただの風邪でもまともな治療法や薬さえもなかった。

ただ体を休め、安静にすることくらいしか出来ないのだと言う。

抱かれた子供は見るからに衰弱していて、その母親も間違いなく熱を出していた。

このまま放っておけば、間違いなく二人は死んでしまうと思ったのだ。

吾輩はその母親の家に押しかけ、母子共々寝かしつけて薬を飲ませた。

すると、ものの一日で回復した二人は、村で寝込んでいるという他の住民のところにも行ってやってほしいと言い出した。

どうやら村中で病が蔓延していたらしい。

そうして治療に回ったせいか、村人達からいたく気に入られ、ここに住んでほしいと願われたのだ。

頼られることに喜びを覚えた吾輩は、その村で暮らすようになり、薬師としてそれなりに楽しい毎日を過ごすことになった。



だが、村での生活は、ものの一年半ほどで終わりを迎えることとなる。

王城から迎えが来たのだ。

吾輩は村人だけでなく、たまたま村を訪れた者や、村の近くで怪我をした者などの治療や処方も行っていたため、吾輩の薬の効果が知らぬ間に噂で広まっていたらしい。

その噂は一年も経てば辺鄙(へんぴ)な村から王都にも知れ渡るほどとなり、それを聞き付けた王城の者達が調査にも来ていたようだ。

吾輩の薬を購入して持ち帰り、王城の王室薬剤師に調べさせた結果、薬の効果が非常に高いと分かったのだろう。

そうして直々に迎えが寄越されたのだ。


村人達は役人に、吾輩を連れて行かないでくれと(すが)っていたが、国からのお達しに村人達の声が勝てるはずもなく、吾輩は村人達を心配に思いながらも、王都へと連れて行かれることになったのだ。



王都に到着するやいなや、吾輩は薬室に連れて行かれ、王室薬剤師の者達と対面させられた。

本来王室薬剤師とは、難関の採用試験に受からなければ入れない役職で、己の職に誇りを持って取り組んでいる者達の集団だった。

そこへ当時たった十一歳の子供が連れて来られ、共に働けと言われたとて、彼らが受け入れられないのは当然だっただろう。

異物を見るような目で見られながら、吾輩は仕事を熟せば認めてもらえるに違いないと、張り切って取り組んだ。


人間の力がどれほどかも知らぬのにな。


吾輩は、やり過ぎてしまったのだ。

量も、品質も、人の作るそれを遥かに凌駕し、吾輩は尊敬を通り越して畏怖の対象となってしまった。

そうしてすぐ呼び出しを喰らう羽目になり、そこに居たのがイスティランノだった。

村で吾輩は「私は魔女だからねー!」と大っぴらに言っていたのだが、村人達はどうも冗談だと思っていたらしい。

だが、調査をしていた部下からその報告を聞いたイスティランノが吾輩に興味を持ったらしく、率直に「お前は魔女なのか?」と問われた。

吾輩はそれに「そうですが?」と何も疑わず返事をしてしまったのだ。

己に何が出来るのか、何が得意でどんな魔法が使えるのか、自信満々に語ってしまったのだよ。

薬室が居心地悪くなってしまったために、今思えば少しでも自分の味方を増やしたかったのだろうな。


それからはトントン拍子に話が進められてな。

王城に来てからたったの二週間で、普通の薬剤師とは別で個室を与えられ、個室には連結した小さな薬室が設けられた。

更にはその時初めてイスティランノが第一王子だと知ったのに、その婚約者として内定されたと聞かされたのだ。

遣いの者から『国のために力を貸してほしい』と、イスティランノがそう望んでいると言われた時、吾輩は心から喜んだ。

この力で、沢山の人が幸せに出来る、と。

本当に、ただただそう思っておったのだ。



吾輩が十二歳になると、イスティランノの婚約者として発表された。

だが、すぐに吾輩が表舞台に立つことはなかった。

その年頃の令息令嬢であれば、既に教養の教育が始まっていて、それなりに礼儀作法を身に付けているというのに、吾輩と来たら礼儀作法のれの字も分からぬ有様だった。

教師にも同じところで何度も叱られ、その度に鞭で打たれていたな。

こればかりは、そもそも教養の授業が吾輩の常識とはかけ離れておったこともあって、中々身に付かなかったのだろうと思っている。

なにせ自由気ままな暮らしをしている、魔女達の集落で過ごしていたのだぞ?

その後だって、王侯貴族とは無縁の寂れた村での生活だ。

礼儀作法と言われても、よく分からなかったのだよ。


礼儀作法以外の、ただの数式問題なんかは教えられずとも簡単だったし、歴史や近隣諸国の特産品や情勢はすぐ覚えられた。

それのせいで、いつの間にかイスティランノの仕事を回されることもあったな。

無論、薬剤師としてのノルマの調合も熟した上でな。

あとはそこに加えて、噂を聞き付けた王妃から薬の調合を頼まれることがあった。

国の王妃が何故こんなものをと、そう思いながら渡していたのをよく覚えているよ。



そうして吾輩は、王城で与えられた部屋からほとんど出ることなく過ごしていた。

教師は決まった時間になればやって来るし、与えられた個室は寝室兼薬室だったし、更に追加の仕事や依頼も持って来れられるしで、外部と接触する機会もなければ情報を見聞きすることもなかった。


だから吾輩は知らなかったのだ。

イスティランノに腹違いの弟が居ることも、その弟だけが父であり国王であるロイエストに溺愛され、イスティランノが名ばかりの王子と呼ばれ育ったことも。

弟を上回りたいと野心を燃やしていることも。

誰からも聞かされず、一度目どころか最近まで何も知らなかった。

吾輩は気付いてやれなかったのだ。



吾輩を手に入れてからのイスティランノの功績は、目覚ましいものだったらしい。

吾輩の作った薬は、立ちどころに病人や怪我人を快癒させる代物ばかりだ。

王室薬剤師達も、吾輩が提供した薬の調合法や薬草を研究し、吾輩の魔法薬学で作る薬ほどではなくとも、効果が跳ね上がったようだ。

貴族達には吾輩の薬を、平民達には薬剤師達が作った薬を、流行り病が流行する時期に合わせ、イスティランノと公爵が主体となって、民達へと配らせたらしい。

それによって救われた命は数知れず、拮抗していた勢力は一気に第一王子側へと傾いていった。

国のための政策として、人命救助の妙薬開発は、ロイエストやモレイス侯爵といった王族派も文句の付けようがなかっただろう。


吾輩はそんなことは一切知らされず、ただ薬の評判だけを聞かされ喜んでいた。

毎日決められた時間に教養の授業を受け、イスティランノの仕事の一部をを肩代わりし、決められた数の薬を作って過ごす。

そんな日々を送っていた。


教養を叩き込まれ、無事礼儀作法を身に付けてからも、吾輩はパーティーに出席させられることはなかった。

ごく稀に、国賓として招かれた他国の貴人の相手をするくらいだった。

建国記念式典でさえ、まだ早いと言われ参加を見送られていて、きっと吾輩がまだ未熟だからだろうと思っていた。

今思えば、きっと王族派に近付けたくなかったのだろうな。


その代わり、時々魔獣討伐に駆り出されることが増えた。

滅多に出ない自室から出た時、使用人達や令嬢達から冷ややかな目で見られ陰口を言われようとも、一部の貴族達から気味悪がるような目で見られようとも、何ら気にならなかった。

吾輩の薬で誰かが救われ、魔獣討伐で人々の危険を排除し、イスティランノと並び立てば人々の役に立てているという自負があった。

己が誰かの助けになれているのだと実感があったのだ。

イスティランノの言葉に従って生きていけば、どれだけ睡眠時間を削ろうとも、疲労が溜まろうとも、吾輩の力で国や人々の笑顔が守られているのだと、心が満たされた。


貴族派がどのような思想を持ち、民への意識がどのようなものか、そして、イスティランノが何を望んでいたのか。

この頃の吾輩は何も知ろうとせず、ただ目の前に積まれた課題や誰かの助けになれていれば、人々を幸せに出来るのだと……そう思っておったのだ。



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