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47,


ヴィスの心からの叫びを聞いて、吾輩は目頭が熱くなるのを必死で抑えていた。

二人があんなにも己の全てをかけて戦っているというのに、横目で見たラブシュカは興味なさそうに毛先を弄っていた。


(自分の息子のことだろうに。

やはりあの女は子供さえも利用しているだけだったか)


杖を持つ手にぎゅっと力が入る。

この馬鹿な女に人生を狂わされた者達がこれほど居るというのに、当の本人は何の罪も感じていないのだろう。

さてどうしてやろうかと思案していると、ヴィスとイスティランノの魔力が膨れ上がった。

どうやらこの戦いの決着を付けるようだ。


先に踏み込んで走り出したのはヴィスの方だった。

争うのが嫌だと言っていたあやつから、兄と思いたかった相手に剣を向け挑んでいく。

イスティランノはヴィスの言葉に多少動揺しているのか、愉快そうに剣を振るっていた時とは打って変わって、苦虫を噛み潰したような表情を見せている。

長年募らせた想いを胸に、二人は剣でぶつかり合いながら語らっているのかもしれない。


大きく後方へと跳んだイスティランノは、ここにきて最大出力の魔力を剣に込め始めた。

刀身からは轟々(ごうごう)と炎が伸びている。

間合いとしてはかなりの距離があるはずだが、イスティランノが思い切り薙ぎ払うように剣を振るうと、剣圧と共に炎の波がヴィスへと向かっていく。

更に切り返すように二撃目を放つと、その炎に紛れてイスティランノがヴィス目がけて走り出した。

ヴィスは逆に魔力を絞り、刀身に纏っていた流水は細く鋭くなっていく。

向かってくる炎の斬撃に対し、ヴィスはその真ん中を突くように剣を突き出した。

細い流水は凄まじい勢いで、イスティランノの炎と斬撃を左右に割った。

イスティランノの攻撃はゴォッと音を立てて結界にぶつかり爆ぜる。

円形の結界に沿って火の海と化した中心では、一直線に向かってきた攻撃を横に避けたイスティランノが、再びヴィスへと迫っていた。


「終わりだあああああぁぁぁ!!」


明々と昇る炎の剣を振りかぶるイスティランノを見て、ヴィスは後方へと跳んだ。

そして今度は膨大な魔力で作った流水の刃を、その炎にぶつけるように迎え撃った。

高出力の炎と流水がぶつかった瞬間、二人の間で爆発が起きた。

後ろに跳んでいたヴィスは、吹き飛ばされながらも回避出来ていたが、その爆発を諸に食らったイスティランノは、後方に飛ばされ受け身も取れず、地に伏していた。


「ふむ、水蒸気爆発か。なるほど、考えたな」


高熱の水蒸気に曝され、あの爆発を食らえばひとたまりもないだろう。

イスティランノは何とか立ち上がろうとしているが、見るからに満身創痍という状態だった。

魔力にも余裕はないはずだ。

もう勝負は付いたと言えるだろう。

ヴィスは周囲を燃やしていた炎を水で鎮火してくれたため、吾輩は二人を囲っていた結界を解いた。


「お主、大丈夫か?」

「僕は平気だよ。

かすり傷や火傷は多少あるだろうけれど。

エルミルシェ殿が嫌でなければ、僕より先に彼の治療をしてあげてくれないかな?」


そう困った表情で視線を向けたのは、今まで戦っていたイスティランノだ。

ヴィスの言葉を聞いて、イスティランノは剣を床に突き立て、剣に重心を預けながら吠えた。


「どうしてお前が、恨むべき敵だと言われ続けたお前が……っ!

お前からの施しなど不要だ!!」

「肌がそんな爛れた状態では痛いでしょう?

それに僕はこれまで一度も、貴方を恨んだことなどありませんでしたよ、兄上」

「!!」


再び兄上と呼ばれた瞬間、イスティランノの顔はぐしゃりと歪んだ。

その表情は、ヴィスが迷子のような顔を見せた時とどこか似ていて、母が違えども二人は確かに兄弟であるのだと感じさせた。

頼めるかと伺うようなヴィスに、吾輩はガシガシと頭を搔いた。


「吾輩はお主の味方なのであって、あちらを治してやる義理はないのだがな。

せめてお主の治療が先ではないか?普通は」

「だって、僕よりも見るからに兄上の方が酷いでしょう?

重傷者の対処は早いに越したことはないよ」


躊躇(ためら)いもなくそう言われ、呆れを通り越して笑いさえ出てきそうになった。

重傷者への対処は早いに越したことはない……確かにそうだ。

だが、それはあくまで味方であればこそであり、本来敵陣営でするイスティランノを気にかけてやる必要はないはずだ。

ヴィスは本当にイスティランノを恨んでおらず、彼だけが悪いのではないと思っているからこそ、この発言が出来るのだろう。

吾輩は少し大袈裟に溜息を吐いた。


「あの者の治療を終えたら、次はお主だからな」

「うん、ありがとう!」

「そんな笑顔で感謝されてもな……。

ただし、治療の前に拘束させてもらうぞ?

治療した途端、襲ってくる可能性も捨てきれぬし、これからの話に茶々を入れられても堪らぬしな」

「それは仕方ないよね」


そんなやり取りをし、イスティランノを治療しようと一歩踏み出した時、興味なさげにしていたラブシュカが冷めた目でイスティランノを見下ろしていた。


「第二王子にも勝てないなんて、結局口先だけじゃない。

アンタが勝ってくれなきゃ、レイスリークが手に入らないじゃないのよ」


ラブシュカはそう言いながら首にかけていたロケットペンダントを開き、中から小さな紙を取り出すと、それを躊躇(ためら)いなく破り捨てた。

その途端、イスティランノが悶え苦しむような声を上げ、地面を転がり始めた。

その体からは黒いオーラが立ち上っている。


「これは!?」


ヴィスは状況が分からず困惑しているが、吾輩には王妃が何をしたのか理解した。

吾輩は魔力を隠すことなく曝し、激昂した。


「お前は……っ!

実の子に何をしたか、分かっておるのか!?」

「さぁ?知らないわよ。

いざという時には魔力の多い人に薬を飲ませて、この紙を千切ればいいって聞いていたから、そうしただけよ!」

「馬鹿かっ!!

無知でそれを扱おうなど、何と愚かなことをっ!!」


ラブシュカに向かって吐き捨てた後、イスティランノを見ると、意識を失ったまま魔力が暴走しているのか、彼の両手から高火力の炎が溢れていた。

「ガアアアァァ!!!」と叫びながら首を掻き毟ろうとしているが、なにせ手から炎が出ているせいで掻けないのだろう。

体中からの水分が奪われ、叫んでいる喉も焼けるように痛いはずだ。

イスティランノはのたうち回るように両手を振り回し、暴れ始めた。


「あの紙には、指定の薬を飲んだ者の魔力を高めながらも、魔力を安定させ暴走を止めるまじないがかけられていたのだろう。

その紙を敢えて破る……即ち、魔力暴走を強制的に引き起こさせているのだ。

事前にイスティランノは、薬を含んだ水か何かを飲まされているに違いない。

あのままでは、魔力があの者の体を食い潰してしまう」


特に炎の出力が大きい指先や手は、徐々に黒くなり炭化が始まり出していた。

全てを燃やし尽くし、その先に待つのは死だ。

ヴィスはきっとそんなことは望まないだろう。


「そ、そんなっ!どうしたらいいの!?」

「任せるがよい。

ここから先は吾輩の領分だ。

お主、炎への対応を頼んでよいか?

吾輩に少しだけ時間をくれ」

「分かった!」


ヴィスはそう言うと、顔の前に剣を立てて握り、そこからしとしとと降る雨のように水の粒を降らせ始めた。

イスティランノの炎を鎮めるように、ヴィスは流水を上手く操っている。

高出力の水量をぶつけてしまえばまた爆発してしまうかもしれないため、かける水を慎重に調整しているようだ。


逃げ出そうとするラブシュカを見て、吾輩は杖から金色の鎖を放って縛り上げた。

ラブシュカは「キャッ」と悲鳴を上げて倒れ込み、キッとこちらを睨み上げている。


「ふんっ!

ただの魔術師に何が出来るって言うの?

こうなったら、全員焼け死んじゃえばいいのよ!!」


ヤケになって喚くラブシュカに向かって、吾輩はその緊迫した雰囲気に合わない悠然とした笑みを向けた。


「そうだな、では自己紹介をしてやろう」


杖を(かざ)し、上部に魔力を溜める。

煌々(こうこう)と杖に溜まっていく魔力の輝き、そして体から溢れ出る濃厚な魔力を見て、その場に居た者達が一様に息を飲んだ。


「吾が師より賜りし名は『涯才(がいさい)の大魔女』エルミルシェ。

(よわい)十で、魔法の真髄を極めし者である!

その力、とくと見るがいい!!」




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