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46,sideヴィス


どれくらい経っただろうか。

何度も打ち合っている内に、イスティランノが徐々に疲労を見せ始めた。

しかし剣が纏う炎は未だ衰えを見せず、 獰猛な獣のように襲いかかってくる。

僕の額からは汗が流れ、目に入らないよう荒々しく拭っては、容赦ない得物を受け止める。

防戦一方な姿勢に、イスティランノはこちらを煽るように叫んだ。


「魔獣討伐で持て囃された英雄サマの実力は、こんなものか!?」


イスティランノが声を荒らげると、炎も反応するように燃え上がり、顔や腕がジリジリと熱で焼かれているように感じる。

こちらも押し負けないように、僕も剣を握る手に力を込めながら、ボソリと呟いた。


「……楽しそうだね」

「はっ!やっと、やっとお前と戦えるんだ!

楽しくないわけがないだろう!!」


爛々(らんらん)と瞳孔を光らせるイスティランノの言葉に、僕は苛立ちを覚えた。

ギッと睨み付け、炎をも喰わんと魔力を剣に注ぎ込むと、流水は鋭く炎を切り裂き、蒸発させていく。

それを見たイスティランノは、間合いを取るため僕の剣を弾いて後ろへと跳んだ。


「楽しい?

木剣でもない、相手を殺すために剣を向け合うことが?

苦しい思いをして、痛い思いをすることが?

――どうかしているよ」

「おま……っ」


少しだけ剣を下げた僕を見て、イスティランノは怒ったように見えたが、僕の雰囲気が変わったのを見てか、彼は押し黙った。


「もううんざりだ。

貴方から恨まれ戦いを挑まれることも、王族派の旗頭にされて望まない未来を歩かされることも、過去の因縁と妄執を背負わされることも」

「……お前は、何を言っている?」

「僕はずっと、貴方と争う気なんてなかった。

そんなこと、僕は一言だって言ったことも、望んだこともなかったよ。

だって、半分しか繋がっていなかったとしても、貴方は僕の……兄さんなのだから」

「……は?」


僕の言葉にイスティランノは目を見開き、口を半開きにさせて固まっている。

言われた言葉に理解が追い付いていないのか、イスティランノも剣を構えた姿勢が徐々に崩れていく。

そこへ、モレイス侯爵に庇われていた父上が、侯爵を押し退けて声を荒げた。


「クレイヴィスト!

お前は()()を兄だと、そう言ったのか!?

どういうつもりだ!!」

「どういうつもりも何も、事実じゃないですか。父上」


僕が父上に返した声色は、イスティランノにかけた声よりも冷たく、仄暗さを感じさせるものだった。

王族派も貴族派も関係なく、僕の雰囲気に圧倒されているのか誰も言葉を発することが出来ずに、しんと静まり返った。


言葉にするのは怖い。

今から言う僕の言葉は、父上のこれまでの全て否定することになるだろう。

けれど、言えずにずっと逃げ続けた結果、今まで来てしまった。

そうやって誰もが苦しみ、悲しみ、堪えられない痛みと共に生きている。

父上も、母上も――そして、イスティランノも。

僕は、もうこんな想いをするのは嫌だった。

噤み続けた想いを、拳を震わせながら吐き出した。


「――ずっと言いたかった。

けれど、ずっと言えなかった。

だって言える雰囲気でもなければ、僕の気持ちや言葉を、父上や皆が許してくれるとは到底思えなかった。

父上が王妃や公爵を恨む気持ちは分かるよ。

母上が今も苦しみ悲しんでいることを知っているから。

証拠がなくたって、僕も状況的に二人が画策して父上を陥れ、母上との関係を引き裂いたのだろうと思っている。

だから、父上が()()を恨む気持ちは分かるんだ」


僕は『二人』を強調して語り、未だ呆然としているイスティランノへと顔を向けた。


「でも、生まれてきただけの彼に罪はあったの?

教えて下さい、父上。モレイス侯爵。

彼は……イスティランノは何かしたのですか?」

「そんなもの!

お前はこいつ達に、幾度死地に送られたと思っている!?

まだ十になったばかりの幼いお前を魔獣討伐に放り投げ、それから何度お前が怪我を負ったか、覚えていないのか!!」


父上は自分の発言を疑う様子もなく、己の正しさを突き付けるように激昂する。

しかし、僕はその答えに納得出来なかった。

こちらを睨む父上の瞳と目を合わせ、そして横に顔を振った。


「父上、それは後付けですよね?

それは大きくなった彼が僕にしたことであって、生まれたばかりの彼が何かをしたわけではないですよね?」

「は……?」

「周りの大人の貴方達が、そして何より父上……貴方が彼を王子として扱わず、見放した。

そんなことをすれば彼がどう育っていくかなど、考えずとも凡そ予想は付いたはずです。

彼の元に侍るのは、彼を旗頭に立てたい公爵率いる貴族派で、そんな中で育てばどうなるか子供の僕でも分かったのに。

彼が周りから蔑ろにされるようにしたのは、その環境を作り出したのは、貴方達ではありませんか。

その結果、その矛先が僕に向いたのだとしても、恨まれることになったとしても、何ら不思議ではない。

……僕としては非常に不本意ですが。

こうなった要因が貴方達にあると、そうは思わないのですか?」


静かに、しかし心の何処かで(くすぶ)り続けていた炎が、ゆらりと燃え始める。

必死で心の奥底に押し留め続けた想いは、少し開かれた隙間から一気に空気を取り込んで、煙を上げ始めていた。

僕の言葉に、父上もモレイス侯爵も驚いた表情をしている。


「く、クレイヴィスト……?」

「僕のためなどと言わないで下さいね。

僕はそんなもの、ずっと望んでいませんでした。

……僕が弱かったせいで言葉に出来ず、結局こうなるまで逃げることしかしてこなかったは僕の罪です。

ですが、貴方達にも罪がないとは言わせません。

ただ生まれてきた命に貴方達がしたのは、他人の犯した罪の押し付けじゃないですか。

暴くことの出来ない罪への不満を、力のない幼い子供にぶつけていただけ。違いますか?」

「「…………」」


僕の問いに、二人は絶句したまま答えなかった。

そんなことも思い付かないほど、きっと父上やモレイス侯爵は必死だったのだろう。

さっき言ったように、その気持ちが分からないわけではない。

でも、それでも――。


(いわ)れのない罪で後ろ指を差され、馬鹿にされ、蔑ろにされて、それで誰かを恨むなと言う方が無理なことでしょう?

憎しみを向けるべき相手は一体誰だったのか、裁かれるべきは誰なのか。

それを見失い、小さな子供を甚振り溜飲を下げ続けた結果がこの有様でしょう!?

そんなことも分からないのですか!?」


ちらりとイスティランノの方を見ると、彼は静かに父上の方を見ていた。

父上も見開いた目をイスティランノへと向けていた。

二つの視線が、初めて血の繋がりのある者同士として交わった気がした。


「彼がどんな気持ちで生きてきたか、僕には少しだって分かってあげることは出来ません。

けれど、彼を見てきた僕がどんな気持ちで生きてきたかなら、十二分に話せます。

名ばかりの第一王子と言われながら、僕よりも鍛錬や勉学に励んでも誰からも評されず、いつも一人寂しそうにしていた二つほどしか変わらない彼の……兄の背が!

どれだけ小さく、どれほどの屈辱に震えていたか。

それを見ていた僕が、どんな気持ちを抱いていたか!

……僕を恨んで当然じゃないですか。

僕はそれを望んでいなかったのにっ!!」


僕が叫ぶと、母上は肩を震わせて涙を流していて、リーヴィアに寄りかかっていた。

「何もしてあげられなくて、ごめんね」と母上に抱かれた日のことを思い出し、胸を押さえながら全てをぶちまけるように打ち明ける。

この二十年、ずっと言えなかった言葉を。


「僕はずっと、彼を兄と呼びたかった!

彼が聡明で民を思う王子になるのなら、僕は彼が王太子になろうと、国王になろうと構わなかった!

それが本来の慣例でしょう?と、何度も言いそうになった、そう言いたかった……!!

貴方達が二人を恨むのと同様に、彼が僕や貴方達を恨むのは当然のことではありませんか!

僕達という子供を平等に見ず、片方の芽を身勝手に摘んで踏み(にじ)り続け、片方の芽に過剰な水を与え続け心を腐らせたのは貴方だ!父上!!」

「余が……?余は……」


先程の激昂はまるでなく、ふらりとよろけた父上をモレイス侯爵が支える。

少しでも伝わってくれただろうか。

こんな風に言葉を向ける日が、訪れなければいいと思っていた。

日和見な僕は、直接的に争わずに済んでいる日々を平和なんだと思い込むことで、僕の生き方を正しいと思い続けてきた。


「僕にもきっと、もっと出来たことがあったはずなのに、逃げて避けることしかしなかった。

もっと早く、こうしてぶつかるべきだったんだ。

父上にも、イスティランノにも……。

その罪と今、僕はこうして向き合っているんです」


そう言い、再びイスティランノへと体を向けた。

しっかりと剣を構え、彼に戦う意志を見せると、驚きの顔の後、みるみる表情を歪めていった。


「……全くもって今更だな。

お前に兄と呼ばれるなど、虫酸が走る!

物心付いた時からお前を倒し、この国の!世界の!頂点に立ち!

誰にも侮られることない己を手にするために、誰にも負けない己を手にするために生きてきたんだ!!」

「貴方がそう望むのも、痛いくらいに分かるよ。

けれど、貴方の願いのために、臣下や民が不幸になる未来などあってはならない。

僕はもう、僕の罪や運命から逃げない!

僕は今ここで、貴方を倒してみせる!!」


今度は僕から踏み込み、イスティランノへと剣を向ける。

どうかこれが最後になるようにと、僕は駆け出した。



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