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44,


朝、静かに吾輩が茶を飲んでいると、想定以上にゆっくり寝ていたことに驚いたヴィスと、寝るつもりがなかったのに熟睡していたことに唖然としているアインシュテルが、ぼうっとした顔で吾輩を見詰めていた。


「なんだ?」

「エルミルシェ殿、その格好は?」

「なにって、吾輩も城に行くと言ったではないか。

吾輩の一張羅だぞ?何かおかしいか?」


そう言いながら、袖をひらりとさせてみせる。

吾輩はこれまで被っていた地味なものとは違う、見事な刺繍と飾りの付いたローブを(まと)っていた。

聞きたいことはそういうことではないのだろうと分かっているが、特に触れずにヴィスの言葉を流す。

二人は暫く黙って固まっていたが、ややあってヴィスが動き出し、アインシュテルと共に洗面所へと向かっていった。

その内シャワーの音が聞こえてきたので、風呂に入ったらしい。


キッチンで朝餉の支度をしていると、ヴィスが先に出てきた。

まだシャワーの音がしているので、先にヴィスが入り、今はアインシュテルが風呂に入っているのだろう。

まだ濡れた髪を拭きながら、吾輩の作った朝食を見たヴィスは、目尻を下げて嬉しそうにしていた。

風呂から出てきたアインシュテルの前にもそれを置くと、一瞬眉を寄せたが、ヴィスの顔を見てなるほどと頷いていた。

どうやらアインシュテルは甘党ではないらしい。

クリームやジャムを乗せていた仕切り皿を下げ、別で用意したチーズ、トマト、コーンクリームといった三種類のソースを乗せた仕切り皿を置く。

アインシュテルは少し申し訳なさそうに表情を緩め、それを見たヴィスが何故かそわそわと羨ましそうにしていた。

お主にはそれがあるだろうに……と思いながら、あまりのソースを小皿に取ってきてやると目を輝かせていた。

みな決戦の前だというのに、静かながら和やかな食卓だった。


食事を終えると、アインシュテルが片付けを申し出てくれたので任せ、ヴィスと二人で茶を飲む。


「エルミルシェ殿、その……城に来るのは大丈夫なの?」

「何がだ?」

「エルミルシェ殿は以前、約束で語れないことがあるって言っていたけれど、きっとそれに関わってくるんじゃないかと思って」


ヴィスはこちらを心配そうに見ていた。

……(さと)い奴め。

何も気付かずに居てくれれば良かったものを。


「そうだな、間違いなく約束に触れるだろうな」

「ねぇ、エルミルシェ殿。

前に言っていた、変な覚悟をしていないよね?

僕がエルミルシェ殿を巻き込んでしまったから、無理をさせているんじゃ……」

「それなんだがな。

今回の件、吾輩は決して巻き込まれているわけではないのだ。

吾輩もまた、お主と同じなのだよ」


そう意地の悪そうな表情で笑いかける。

ヴィスは「同じ?」と言い、首を傾げている。


「吾輩は全てから逃げ、知らぬ存ぜぬを貫いた。

その時に、吾輩はこれまでを明かさずに、ひっそり生きていくと決めたのだ。

だが、お主と出会い、悩みながらも向き合うことを決めたお主を見て、吾輩も感化されたのだ。

吾輩に今出来ることを、吾輩が後悔せずに済む未来を、どうすれば手に入れられるだろうと考えた結果、お主と共に行き、話すことを選んだ。

これは吾輩が自ら決め、望んだこと。

お主が憂うことはないのだよ」


ニカッと歯を出すように笑うと、ヴィスは仕方なさそうに笑みを返してきた。


「無理はしていないんだね?」

「当然だ。

吾輩は吾輩の心のままに望んで動いておるよ」

「それならいいんだ。

けれど、決して無茶はしないでね?」


そう釘を刺すように言うと、ヴィスはアインシュテルの方へと向かっていった。

……本当に(さと)い奴である。


「無茶ではないさ。

お主のように、定めを負う覚悟を決めただけだ」


ポツリと零した言葉に二人は気付かず、洗い終えた食器を片付けている。

鈴の音だけが、耳元で寂しく鳴り響いていた。



「城に向かうにも、どうやって向かおうか?」

「本来はノスアツの街に迎えの馬車が来る予定だったのですが、奴らの手の者が見張っているでしょう。

迂闊に戻るわけにもいきませんし……」


食器洗いから戻ってきた二人は、城に向かうにも今後の動き方が決まらず悩んでいるようだった。

なので、吾輩はしれっと言ってやった。


「そんなもの、玉座に直接行けばよいではないか」


吾輩の言葉に、ヴィスは「え?」と言い、アインシュテルは呆れた表情を向けてくる。


「エルミルシェ様。

本日の様相を見る限り、貴女も魔術師なのでしょう。

この国では見たことのないローブなので、貴女が何処の国の所属なのかは分かりませんが、きっとその美しいローブを身に付けるに値する実力をお持ちなのでしょう」


そう言って、アインシュテルは吾輩のローブを見下ろした。

魔術師はローブで国や所属を語る。

そして彼らは刺繍の糸の色や模様、装飾品の豪華さで位を分けている。

吾輩のローブを見てそう考えるのは、何ら不思議なことではない。


「そして、今のお言葉通りなのであれば、貴女は転移魔術が使えるのですね?

そのお年で転移が使えるとすれば、本当に大したものです。

宮廷魔術師でも、そんな高度な魔術を使えるのは両手にも届きませんからね」


アインシュテルは吾輩を褒める。

しかし言葉とは裏腹に、その目は鋭かった。

吾輩を道理も知らぬ子供とでも思っているのだろう。


「ですが、街に転移するのと王城内に転移するのとでは、訳が違います。

王城には宮廷魔術師達が結界を張っているので、魔術を使った侵入はほぼ不可能です。

それを無理に破れば、魔術師達や警備兵に知らせがいく仕組みになっています。

そんなことをすれば、クレイヴィスト様が正規の方法ではなく城に入る必要があったとして、反逆者と見倣(みな)されてしまう。

クレイヴィスト様の立場を悪くする訳にはいきません」


アインシュテルの言い分は最もである。

何人もの宮廷魔術師が王城に張っている結界を、いち魔術師が破ろうとしたとしても簡単に出来るものではなく、仮に出来たとしても侵入されたと察知される。

ヴィスの立場が危うくなるなら、尚更許せなくて当然だろう。


だが――吾輩はギラギラと獲物を狩る獣のように、その琥珀の瞳を鋭く細め、口をニタリと吊り上げた。


「吾輩が、お前と同じ魔術師だと?

――なめるなよ」


ぶわりと、アインシュテルを煽るように魔力を放出しながら、吾輩は二人の間を通り抜ける。

奥の書斎まで悠然と歩き、立てかけていた杖を手に取り、二人の元へと戻る頃には、アインシュテルはその場に膝をついていた。


「エルミルシェ様……!貴女は、一体……っ!?」


その言葉が続くことはなく、アインシュテルは口をはくはくとさせ、顔色を悪くしたままこちらを凝視している。

威厳を損なわないよう目を細めながら、視線を動かしヴィスを見遣ると、何故かキョロキョロと杖を眺めていた。


……こやつ、何故こうもいつも通りなのだ?


「とても綺麗な杖だね」

「……お主、もっと言うことがあるのではないのか?

吾輩は」


言葉を続けかけた吾輩の口元に、ヴィスが一本の指を向けていた。

「しぃ〜〜」と言われ、唖然とする。

恐れられるかもしれないと覚悟していただけに、拍子抜けにも程がある。


「エルミルシェ殿が何者かなんて、些細なことだよ。

それに、君が先に言ってくれたんじゃないか。

『お主が何者であろうとも見捨てはしない』って。

僕が国にとっては王族であり第二王子でも、エルミルシェ殿にとって僕はヴィスというただの男だ。

そして、君がこの国なのか他国なのか、何処に所属してどんな職や立場であったとしても、僕にとって君は命の恩人であり、薬の先生であり、そしてかけがえのない女の子だよ」


ヴィスの顔色はいつもと変わりなく、柔らかく微笑んでいる。

嘘偽りなく、本心でこれを言ってくれていると思えた。

吾輩は歪みそうになる目と表情の筋肉に力を総動員し、怪訝そうな顔を(つくろ)って、ふいと視線を逸らし杖を見上げる。


「……まぁいい。

これは、祖母が吾輩のために作ってくれたそうだ。

魔杯(まはい)の守杖』という」

魔杯(まはい)……?

もしかして、上の部分はティーポットの形なの?」


吾輩より大きくとも、ヴィスにとっては身長より低い杖だ。

上から見下ろし易く、上部がよく見えるのだろう。


目敏(めざと)いな!吾輩の茶は祖母の教えだ。

祖母の茶が好きだったからな、それもあってこんな杖にしたのだろう。

魔力を込めると、こうして」

「わっ!

中で揺れているのはエルミルシェ殿の魔力?

とても綺麗……黄金のお茶みたいだね」


ヴィスは驚き、そして目を輝かせながら興味深そうにしげしげと眺めている。

アインシュテルもヴィスの後ろから、覗くように体を傾けている。


「面白いだろう。

魔力が可視化され、どれくらいの力を使っているか分かるのだよ。

ずっと眠らせておったのだがな、今日この日には必要だろうと思って出してきたのだ」


吾輩はそう言って杖を撫でた。

待ち構えているだろう顔触れを浮かべ、落ち着かせるように一度瞼を閉じる。

そして一呼吸して、二人の顔をしっかりと見た。


「吾輩に、魔術師が術で編んだ結界など通用せぬ。

支度は出来ておるな?

……そろそろあちらも準備出来ておる頃だろう。

さぁ、行くぞ」

「あちらって?エルミルッ」


ヴィスの言葉を最後まで聞かず、吾輩は杖を振るう。

直後、吾輩の足元を中心に陣が輝き出した。



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