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40,


もう答えないその体に、吾輩は声をかける。


「今日、言うことを聞かず無理やり街に付いてきたことも、あやつからのリボンを付けなかったことも、最後の最後まであやつのポケットに居続けたことも……全部、初めから知っておったのだろう?

あやつが街で襲われることを。

それを……聞かされておったのだろう?」


吾輩は至って静かに声を発しているつもりだったが、やはりどうしても気持ちは抑えられなかったらしい。

やるせなさを孕んだ言葉は、山の空気をビリビリと震わせた。


リィン――…。


リンデンの代わりのつもりか、ただ静かに響いた鈴の音に、吾輩は強く噛んだ歯がギリリと音を立てた。


「何故吾輩に言ってくれなかった……!

先に聞いておれば、いくらでも対処したではないか。

それに吾輩が力を使えばいくらでも……あやつも!お前も!守れたではないか!!」


リィン……リィン――……。


「約束を守るために、己の保身のために……それでリンデンを失っては、何の意味もない!

吾輩はお前さえも守れない、そんな生き様など……望んでいないというのに……っ」


穴の中で眠るリンデンの近く、今にも額を地面に擦り付けそうな格好で、吾輩は堪えきれずに恨み言を漏らす。

きっとヴィスも胸の内では、どうして僕を庇ったのかだとか、もっと自分が早くあの男を倒せていればだとか、多くの感情が渦巻いていたはずだ。

それでもあやつは、感謝だけを告げて別れていた。

吾輩には、そんなことは出来そうもなかった。

押し殺していた感情が、とめどなく溢れ出して止まらなかった。


「どうして!どうしてその身を犠牲にしたのだ!

こんなに悲しい思いをさせるなら、どうして吾輩の側に居続けたのだ!!

寿命でくたばるなら分かる。

吾輩よりも先に、お前が亡くなるのは自然の摂理だからな。

だが、どうしてこんなっ!

どうして言ってくれなかった……!

何故頼ってくれなかったのだ!リンデンッ!!」


そこにはきっと、この鈴の音の主の思惑があったのだろう。

吾輩に言えば、この先どうなるか――きっとそれを想定して、鈴の主も、それを聞いたリンデンも、吾輩に何も告げなかったのだ。


――言えば、吾輩が不利になる未来が来る。


きっとそういうことなのだ。

頭では分かっている。

鈴の主もリンデンも、吾輩のことを思ってくれていると。

だからこそ吾輩に何も告げることなく、この時を迎えることになったのだと。

それでも、そうだったとしても……!


「頭で分かっていたとしても、受け入れられるかはまた別だろう!?

吾輩はお前を、唯一の家族のように思っていたのだぞっ!!」


ぽろりと。

穴を覗き込むように見ていた吾輩の瞳から、一粒涙が零れ落ちた。

それはリンデンの毛を濡らし、その身に染みていく。

吾輩の心と同じように、鳴っていた空から冷雨が降り出し、吾輩の体を濡らしていった。


「何が『ありがとう』だ!

あんな覚悟を決めたような目をして、一方的に別れを言いおって!

それで吾輩が喜ぶと思ったか!?

あやつのように、感謝だけを述べて済ましてやると思ったか……っ!!」


『きゅきゅう』

吾輩の顔を見ながら男に跳びかかっていく、リンデンの最期の言葉は……「ありがとう」だった。

何がどうして、ありがとうと言いながら男に立ち向かっていくのか。

敵ではなく、こちらを見詰めているのは何故なのか。

その嫌な予感は現実となり、リンデンは帰らぬ身となってしまった。


「どうして……っ。

置いていくな……吾輩を置いていくなよ、リンデンっ!

…………すまない……すまなかったっ!

助けて……守って、やれなかった……!!」


もう少し早く、吾輩が動けていれば。

あの時、走って切り付けるのではなく、男にナイフを投げていれば、もしかしたら……。

全てはたらればで、何もかもが遅かった。


もう傷付きたくないからと、かつての吾輩が望んだ未来とは全く違う、無為な日々を生きてきた。

多くの書籍で人間を学べど答えは見付からず、ぼんやりと過去を思い耽っては、この先がどうなるのかだけを静観して過ごしていた。

何も知らないふりをして誰とも関わらなければ、傷付くことも後悔することもないだろうと、あの日からずっとじくじくと痛む胸に蓋をして見ないようにしてきた。


なのに吾輩の人生は――心を引き裂くような痛みと後悔ばかりだ。


握り締めた手を緩め、ヴィスのようにリンデンの体を撫でる。

吾輩はよく作業机で寝落ちてしまい、突っ伏す吾輩の側でよくリンデンは眠っていた。

撫でると薄らと目を開けて、嬉しそうに「きゅ」と鳴いて二度寝をする。

今はもう……どれだけ撫でようとも、その可愛い声を聞くことも、そのつぶらな瞳を見ることも叶わない。


「……お休み、リンデン」


まだ吐き出し足らぬ想いを胸に押し込んで、その体に土を被せていく。

ヴィスとは違い、吾輩はリンデンに対し感謝も別れも、まだ何も告げられなかった。

その姿がどんどんと土に埋もれていく。

最後には埋めた場所が分からなくならないよう、少し多めに周りの土を盛り付けて、近くに落ちていた太めの木の枝を差した。


落ち着いたら綺麗な石を用意してやろう――そう思いながら、座り込んでぼんやりとリンデンの墓を眺めていると、降り注いでいた雨が突然ぴたりと止まった。

(もた)げるように顔を上げると、ヴィスが傘を差して立っていた。

傘の場所などよく知っていたなと思ったが、よくよく考えれば出会った頃、足を痛めているヴィスに杖代わりで傘を渡してやったことがあった。


(そういえば、こやつと出会わせてくれたのはリンデン、お前だったな……)


こやつと出会ってたったひと月だというのに、もう遠い昔のことのようだ。

嫌々ながらリンデンに導かれ、ヴィスを拾った。

助けてやったヴィスは、いつしか吾輩とリンデンにとって、当たり前にそこに居る一員となっていた。

明日別れることになったとしても、いつかまた二人と一匹で出会える日が来ると、そう信じていた。


なのに……だというのに。


吾輩を見下ろすヴィスはくしゃりと顔を歪め、傘を差しながら吾輩を抱き締めてきた。


「ごめんね、ごめんね。エルミルシェ殿。

僕が街で取り乱してから、君はずっと冷静で居てくれていたんだよね。

君の方がずっと、ずっと苦しいはずなのに」

「そんな、ことは……」


否定しようとしたが声は震え、喉に何かがつっかえたように上手く言葉が出なかった。

引き()るようにしゃくり上げる吾輩の体を、ヴィスが更に力強く掻き抱いた。

傘がバサリと地面に転がっていく。


悔しいのだろう。

悲しいのだろう。

こやつも、リンデンが守れなくて。

リンデンを失ってしまって。

背中に回された手は、痛いくらいに吾輩の肩を掴んで離さず、ヴィスからもこの苦衷からも逃れることは出来なかった。

時折食いしばるように漏れ聞こえる嗚咽が、強情な吾輩の心を崩していく。


「……ぁあっ、ああぁっ」


吾輩も気付けばヴィスと同じように、目の前の体にしがみつき、目から大粒の涙を流していた。

ヴィスの肩越しから見上げた空は、雨が降っているというのに何故か美しい星空を浮かべていて、それがやけに物悲しくて切なくて、吾輩は土でドロドロになった手を空へと伸ばしながら泣き叫んだ。


「リンデン!リンデン……ッ!

あぁっ、うあああああああああぁぁぁぁっ!!」


どれだけ泣いても、どれだけ後悔しても、失った命は戻って来ない。

それでも二人で支え合いながら、リンデンを思ってただただ泣いた。

これ以上泣いて、リンデンを心配させぬように。

今この時だけはと、心のままに泣き続けた。

次第に強まる雨音が吾輩達の慟哭を掻き消して、深い悲しみを物語るように、激しく二人の体を打ち付けていた。






リンデン……リンデン……(涙)




本当に、ハピエン厨だって公言しているというのに

どうしてこんな展開を思い付いてしまったんだろうね(遠い目)

自分でこの展開にすると決めたくせに、

書いてて泣くわ、チェックのたびに泣くわ

未だにエルちゃんの泣き叫ぶところで、同じように泣きます……(私めは超脆弱涙腺ですので)


でも書いてるのハピエン厨だから……そこだけは揺るぎないので……っ!

最後まで見ていっていただけると嬉しいです!!


いいね、ブクマ、感想やレビュー、評価など

とても励みになります……!

是非とも応援宜しくお願い致します( .ˬ.)"

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