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4,


あれから、ヴィスは大熊に礼を述べていた。

言葉は通じなくとも、大熊は理解し「ぐぅっ」と一鳴きしたあと、ゆっくりとヴィスに近寄った。

ヴィスの顔が少し引き()っていたが、なぁに彼らは優しい生き物だ。

吾輩にしたのと同じように、手に頭を擦り付けていた。

わざわざ来てもらったのと、礼として呼び出していたので、今度は猪肉を渡してやった。

その走り去っていく背中をヴィスがぼうっと眺めていたので、現実を理解する時間を与えてやろうと暫く放っておくことにした。


家に戻り薬を煎じていると、暫くしてから「どういうことか説明してくれる?」とヴィスに問い詰められ、吾輩は面倒ながらも話をすることにした。

先程食事をしたテーブルで、向かい合うように座る。


「吾輩には特別な力があるのだよ」

「うん、そうだろうね?詳しくは……」

「説明出来ん。

厄介事に巻き込まれたくないのだよ」

「……だからこんな山奥に住んでいるの?」

「色々と理由はあるが、それも理由のうちの一つではあるな」


吾輩はリンデンの花茶を(すす)った。

む、まだ少し熱かったか。

ふぅーと何度か息を吹きかける。


「僕が……それを知って、エルミルシェ殿を利用するとは思わなかったのかい?」

「仮にそうなれば、ここから去るだけのことだ。

それに……リンデンがしきりに鳴いたのだ。

助けてほしいとな」


吾輩は肩に乗るリンデンへと顔を向ける。

「きゅ?」と見つめ返してくるリンデンの眉間を指でつつくと、いやっとそっぽを向かれてしまった。


「それだけで?」

「……まぁ、それだけが理由ではないが。

彼ら山の動物達は、悪意や害意に(さと)い生き物なのだよ。

リンデンも、お主を運んでくれた大熊も、お主を拒絶しなかったということは、そういうことなのだろうと思っている。

面倒事も厄介事も嫌で人里を避け、人との交わりを絶っている吾輩が、よもや命を狙われているような青年を拾うことになろうとはな。

生きていると何が起こるか分からぬものだ」


そっと湯呑みに手を伸ばすと、さっきより幾分温くなったように思えたので、もう一度口を付けてみる。

……うむ、これくらいなら飲めんこともないな。

茶をちびちび飲んでいると、ヴィスは頭を下げた。


「迷惑をかけてしまって、本当にすまない。

ここに居ては、もしかしたらエルミルシェ殿を巻き込んでしまうかもしれない。

湯浴みもさせてもらって、食事もいただいたんだ。

僕はそろそろお暇させて」

「怪我人や病人を追い出す薬師など居てたまるか。

体が治るまで下山することは許さんぞ」

「しかし……」

「くどい。

そもそも、その足で何処へ行こうと言うのかね?」


ヴィスはぐっと言葉を詰まらせる。

普通の人間ですら近寄らぬ標高高いこの山を、気力だけで下りられるはずもない。


「この山を下山するには、それなりの食料や水、野宿が出来るような服装や道具が揃っていなければ無理だろう。

だが、吾輩は貸さぬよ。

今のお主が無事に下山出来るとは、到底思えぬのでな」

「けれど、僕は……」


俯いた顔は悲痛な表情を浮かべている。

吾輩を巻き込んでしまうと危惧しているのだろうか。

椅子の上で立ち上がると、行儀悪くテーブルに膝をついてヴィスの頭を撫でた。


「吾輩がお主を助けると決めたのだ。

生きてもらわねば、助けた甲斐がないではないか。

お主にどんな事情があるかは知らんが、このバルメクノ山脈は広い。

生きてここまで逃げて来れただけでも、相当凄いことなのだぞ。

こんな山奥で生き長らえていると思うまいよ。

それに追手を寄越したところで、こんな所まで簡単には来れんだろう」

「そう……だろうか」

「そうだとも。言っただろう?

早く体を良くすることだけを考えていればよいのだ、とね」


ヴィスはゆっくりと顔を持ち上げた。

命を狙われここまで来たのだ。

辛くないはずあるまい。

迷子のような表情を見てよしよしと撫でていると、気持ちよさそうに目を瞑り始めた。

――こやつ、いくら吾輩の見た目が幼女とはいえ、もう少し警戒心を持たぬか?


「おい、ここで寝てくれるなよ。

吾輩はお主を運ぶことは出来ぬのだぞ」

「……あぁ、すまない。どうにも抗い難くて。

誰かに撫でられるというのは、こんなにも落ち着くものなんだね」

「お主が先に吾輩を撫でたのではないか。

ほら、花茶の効果が高いうちに、一度眠っておくといい」


とろんと眠そうに目を伏せるヴィスは、この上なく色香を放っていた。

美男子とは()くも人の目に毒を与えるものかと、憎らしい表情になってしまう。

そんな吾輩に気付くことなく手を伸ばしてくるので、溜息を吐きながら杖代わりになってやり、ベッドへと向かう。


吾が家唯一のベッドは、吾輩が悠々と寝ころべるくらいの大きさで作ってある故、ヴィスが寝転ぶとほとんど余裕がなくなってしまった。

少し寝返りをうったり、上下にズレると頭や足をぶつけてしまうかもしれない。

……ヴィスが寝転んでも余裕のあるソファでも作るか?

人の気も知らず、スゥスゥと穏やかに寝息を立てるヴィスを見下ろし、ふぅと息を吐いて布団をかけてやる。


ふと吾輩は思い立って作業机へと行き、小さな布袋に乾燥させたラベンダーを詰める。

寝室へと戻ると、ベッドの端に布袋の紐をかけ、ぶら下げた。

簡易的に作ったサシェだが、リラックス効果のあるラベンダーの香りで深く眠れることだろう。


「……良い夢を」


ヴィスの額を一撫でし、静かに寝室の扉を閉じた。


「いかん、軽率にラベンダーを使ってしまったな。

また補充しておかねば」

「きゅっ」

「リンデン。

薬草を摘みに行くが、お前も来るかい?」

「きゅきゅ!きゅっきゅきゅー!」

「なるほど。

お前はあやつの体に良い木の実を探しに行きたいのか。

優しいなぁ、お前は」


リンデンのほっぺを、親指と人差し指で挟むようにウリウリとしてやると、シャッと威嚇されてしまった。

くくくっと笑うと、勢いよく肩に上ってきたリンデンに、仕返しのようにしっぽで首を(くすぐ)られる。


「くふっ、やめないか。

ほら、山へ行く時の約束は?」

「きゅきゅっ、きゅきゅっきゅ!」

「うむ、よく覚えているな。

注意深く、音と風を聞くこと。いい子だ。

この山には少ないとはいえ、魔獣が出ないわけではない。

動物なら吾輩が話してやれるが、魔獣はそうもいかん。

戦いになれば吾輩はいいが、リンデン、お前はいち早く逃げるのだぞ?」

「きゅ、きゅきゅ〜……」


リンデンは悲しそうな声を上げる。

役に立たず、逃げなければならないことが悔しいのだろうか。


「吾輩のことは心配せずともよい。

そこらの魔獣なんぞに遅れはとらぬし、お前が怪我をしてしまうことの方が余程辛い。

あぁ全く……これだから生き物と共存すると、愛着が沸いてしまって敵わん」


ふっと鼻で笑い、リンデンの額をぐりぐりと突く。

なにするの!とでも言うように「きゅうぅ〜〜!」と鳴くので、吾輩は声を上げて笑ってしまった。



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― 新着の感想 ―
ヴィスの体を気遣って、 木の実を取りにいってあげるリンデン優しいですね。(*ฅ́˘ฅ̀*)♡
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