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35,


リンデンだけ食えるものがないと可哀想なので、ヴィスには吾輩の食べ物と共に、屋台と屋台の間にある飲食スペースで待っていてもらい、途中で見かけた店で焼きリンゴを一つ買うことにした。

さっきの店でもらった串で解せば、リンデンも食べれるはずだ。

余れば吾輩とヴィスで食べればよかろう。



戻るとテーブルにリンデンが鎮座しており、鳴きもせずこちらをじとりと見据(みす)えていた。

少し頬も尻尾も膨れているように見えるのは気のせいだろうか。

……いや、ちゃんと買ってきたではないか。

ヴィスも同じ目で見られたのか、少し肩身狭そうに縮こまって座っている。

吾輩達はリス相手に何故叱られておるのだろうな?


飲食スペースには所々に木が植えられていて、丁度いい木陰を作ってくれていた。

隙間から差し込む木漏れ日が心地良く、見上げれば美しく青々と茂った葉と見事な青空が広がっている。


――こんな穏やかな日々も、明日で最後なのだな。


ヴィスは焼きリンゴを串で解してやっていて、リンデンはそわそわとそれを待っている。

ヴィスは本当に面倒見が良く、最近では吾輩よりもヴィスを頼っておらんか?と思うほど仲が良くなっていた。

きっとこやつが居なくなれば、リンデンも山の動物達も寂しがるだろう。


(それでも、こやつが自分から前を向けるようになったと言うのなら、吾輩がその助けに少しでもなれたと言うなら、それ以上に喜ばしいことはないではないか。

明日は笑顔で見送ろう。

……そうだ、せっかくなら――……)


「エルミルシェ殿、いくら猫舌でも流石にもう大丈夫だと思うよ?」


吾輩がぼんやりと考え事をしていると、ヴィスはタコヤキが冷めるのを待っていると思ったようだ。

ヴィスは吾輩を見てクスクス笑っている。

わざとらしく頬を膨らませながら、一つ串を使って器用に割ると、まだ薄らと湯気が立った。

ヴィスを見ると頷きが返ってきたので、吾輩はえいと口にタコヤキを放り込む。

吾輩にとってはまだ十分熱いが、食べられないこともない。

いや、こういった食べ物ははふはふとしながら食べる物なのだろうから、吾輩が食べられる絶妙な温度とも言える。

むぐむぐと噛むと、タコヤキを売っていた男が言ったように、外の生地は香ばしくカリカリだというのに、中の生地からはトロトロで出汁の旨味がしっかりと感じられ、蛸はプリプリで噛みごたえがあった。

塗られたソースの味も、何と相性の良いことか。


「美味しいね、エルミルシェ殿」

「あぁ、そうだな」


柔らかな笑顔に吊られ、吾輩も笑みを返す。

吾輩はこの時間をも噛み締めるように、ゆっくりと時間をかけて完食したのだった。



食事を済ませ、ふらりと足を向けたのは工芸品や装飾品の店が並ぶ地区だった。

ノスアツは中心である王都から見て南方に位置する街で、バルメクノ山脈で採掘される鉱物資源の宝石や貴金属を使った品が特産品だ。

見事な輝きを放つ宝石やアクセサリー、緻密(ちみつ)な細工のされた家具や置物などがそれぞれの店先に飾られている。

各々の店で抱えている職人達が日々技術を磨き、その腕を駆使し思考を凝らし作っているのだろう。

吾輩達が訪れたのは貴族や富豪達の立ち入る区画ではなく、食べ物の屋台が並んでいた通りの一本隣の道で、比較的庶民でも買いやすい価格帯の店や露店が並んでいた。


「意外だね。

エルミルシェ殿はこういったものに興味がないだろうと思っていたのだけれど」

「む?

どれも美しいではないか。

欲しいかと聞かれれば必要だとは思わぬが、この街の特産品だからな。

お主の言っていたように、あてもなく彷徨(うろつ)くのであれば見て楽しめる物がよかろう」


そうしてふと目に付いたのは、目元だけを隠せる洒落たデザインの仮面を付けた人間だ。

おや?と思い、ヴィスに問いかける。


「確かノスアツでは、夏の祭りでこのような仮面を付けて歩くのだったか?」

「そうだね。

カルネヴァマスカと呼ばれるお祭りがあって、確か時期はもう少し先じゃなかったかな?」

「あらぁ、お客さん達!

カルネヴァに来たのぉ?」


吾輩とヴィスは声をかけられ、派手な服を着た女の店員に手招きされる。

どうやら先程の人間が付けていたような仮面を売っているらしい。

吾輩達は顔を見合せ、まぁいいかと近付いていく。


「カルネヴァ?とやらに来たわけではないのだがな」

「そうなのぉ?

けれど貴方達、この街に住んでる人じゃないでしょお。

今この街は既にカルネヴァのお祭り中なのよぉ?」

「む?そうなのか?」

「厳密には前祭って言ってねぇ。

お祭りの期間よりも前の準備段階の雰囲気を前祭と言っていて、この街に住んでいる人達と、お祭りのために早めに訪れたお客さんと楽しむ期間なの。

ほら、あそこ」


女が指さした先には、確かにこの店のような仮面を着けた者達が数人歩いていた。

それを見付けたいくつかの屋台の店員達が、我先にと満面の笑みと大きな声で客引きを始める。


「お祭りの期間はみんな仮面を付けるけれど、今の期間だけは街の人達は仮面を付けずに、お祭りのために他所から来た人達にだけに付けてもらうの。

街の人間はそんな人達を見付けては、あぁして歓迎したり客引きしたりするのよぉ。

だからぁ、貴方達二人も仮面買っていかな〜い?

いろんなお店で安く買えたり、オマケしてもらえたりしちゃうわよぉ?」


そう勧められ、吾輩達は飾られた仮面をしげしげと眺める。

その中に犬の垂れ耳が付いた仮面と、猫のぴんと立った耳が付いた仮面が並んでいた。

他にも動物がモチーフとなった仮面がいくつかあるようだ。

ヴィスはその犬耳の仮面を手に取った。


「これで僕もリンデン達の仲間になれるかな?」

「くくっ、こんなギラギラした顔の動物がおるか。

しかしまぁ、気持ちという意味では仲間になれるかもしれんな」

「じゃあ僕はこれにしようかな」

「ならば、吾輩は横に並んでいる猫だろうか」

「あ〜ん、ありがと!

二人とも買ってくれるなら、少し安くしちゃうわぁ」


吾輩とヴィスはそのまま仮面を付けるように勧められ、いそいそと顔に付け始めた。

ヴィスは思ったよりも自分で器用に付けていて、垂れ耳の犬顔になったヴィスは少し幼くなったように見えた。


「ぎゅっ!?」


そんな時、ヴィスの胸から変な音がして視線をやると、リンデンがヴィスを胸ポケットから見上げたまま硬直していた。

ヴィスの側に居たはずなのに、得体の知れないギラギラした顔があったせいで驚いたのだろうか。


「リンデン、大丈夫だ。

こやつはヴィスだぞ」

「ぎゅえっ」


リンデンはこちらを見てまたもや変な声を出した。

そうだな、吾輩も仮面を付けておるのだから、更に驚かせてしまったか。

……わざとだがな、くくくっ。

装飾だらけの仮面姿の吾輩達に囲まれ、リンデンはヴィスの胸ポケットの中でぽてりと倒れた。

そんな……死んだふりをせねばならんほど怖かったのだろうか。

流石に可哀想になった吾輩とヴィスは、苦笑しながら宥めるようにリンデンに声をかけ続けた。



それから吾輩達は仮面を付けたまま、ノスアツの街を歩き回った。

仮面を売ってくれたあの女の店員が言うように、吾輩達はこれまで以上に声をかけられた。

アクセサリーや土産を勧められたり、試食だ試飲だと様々な食べ物や飲み物を摘ませてもらった。

家具を扱う店で、薬の素材を収めておくのにぴったりな、引き出しいっぱいの薬棚を見付けてしまって吾輩が暫く動けなくなったり、幼児向けの玩具の短剣や杖を扱っている店で、吾輩に可愛らしい杖を取っかえ引っ変え持たせてヴィスが満足そうにしたりと、実にくだらないながらも楽しい時間を過ごした。


広場では若い画家の男が似顔絵を描いていて、ヴィスがどうしてもと言うので二人と一匹を描いてもらった。

ヴィスは仮面を首から下げ、吾輩は手に持って画家の男の前に並んで座る。

リンデンは吾輩とヴィスの間に来たが、選ばれたのはヴィスの方でした、と。

ヴィスの肩にちょこんと座っていた。

……全くもって解せぬことだ。


完成した絵をヴィスに見せてもらうと、思ったよりもよい出来で、同じのを描けるかと聞けば男は嬉しそうにもう一枚描いてくれた。

画家の男の実家が絵の額などを扱っていると言うので、せっかくだからとこの絵を入れる額を買いに向かった。

全て木製のフレームだが、シンプルなものから洒落た形のものまで様々だった。

店主の男に、お主の息子だろう青年に描いてもらったと言えば、とても嬉しそうに絵のサイズに合う額縁を見繕い始めた。

大きく装飾の多いものは持ち帰るのも難しいと言えば、薄くシンプルながら温かみのある色合いの額縁を持ってきてくれた。

折り曲げてしまう前にと吾輩達はすぐ額に絵を入れ、持ち帰れるよう手提げの袋に入れてもらい、店を後にしたのだった。



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