26,sideヴィス(過去編)
ロイエストとミセラティアの婚約解消は、瞬く間に広まっていった。
それと時を同じくして、新星の如く現れたレスノワエ公爵令嬢ラブシュカとロイエストの婚約が発表され、ミセラティアとの結婚式を予定していたその日に、そのまま二人が式を挙げることも広まっていく。
社交界の話題はこれで持ち切りだった。
噂好きの貴族達によって、ミセラティアに何かあったのではと憶測で話がなされ、婚約解消であるが故に、ロイエストではなくミセラティアに問題があったのではと言われるようになってしまう。
ミセラティアは悲しみに暮れながら、ほとぼりが冷めるまで社交の場に出られないようになってしまった。
ミセラティアとの繋がりを失ったロイエストの胸には、ぽっかりと穴が空いてしまった。
だが、自分がラブシュカを辱めたという事実は間違いなく、王太子としての日々が変わることはない。
どれだけ苦しくとも、ミセラティアが望んだ立派な国王にだけはならなくてはいけない。
ロイエストはミセラティアへの想いを募らせながらも、自分の罪を背負い、国を揺るがさぬためにラブシュカとの関係を築いていかなければと、自分自身に言い聞かせることで己を奮い立たせていた。
しかし、ミセラティアと比べれば比べるほど、ラブシュカという為人はおぞましく、到底許せるものではなかった。
ミセラティアは王太子妃になり、いずれ国母となるために、王太子妃教育にも励んでくれていた。
奉仕活動にも力を入れ、孤児院への訪問を定期的に行っていた。
また、各国との仲をより良くするために、他国の言葉や特産品などを学び、来賓を迎える時にもロイエストと共に対応してくれていた。
だが、ラブシュカはそもそもの学が低かった。
公爵令嬢とは名ばかりの元子爵令嬢なのだ。
学も教養も上位貴族には遠く及ばず、王太子妃に、後の王妃に求められるレベルなど教えられる状況ではなかった。
それでも、努力の姿勢が見えたならまだよかったのだ。
ラブシュカは勉強への姿勢も悪く、すぐに嫌だと投げ出してしまう。
王城で働いていた時の態度は悪くなかったと聞くが、どう見ても行儀見習いの時から態度が一変していた。
教師やロイエストが指摘しても、ラブシュカは「こんなもの分からないわよ!」「今の私は公爵令嬢であり、王太子妃になるのよ!こんな風に虐めるなんて!」と言って、指摘した側を批難して逃げ出し、最終的に公爵に泣き付くのだ。
公爵はラブシュカを甘やかして擁護し、そもそもロイエストがお手付きにしたから、突然こうした状況になっているのではないかと詰ってきた。
それを出されては強く反論が出来ず、ロイエストは教師に何とか頼むと請い、教師もまたそれに応えてラブシュカに優しく接するも、ラブシュカはすぐに飽きてしまって「私、こんな生活したかったんじゃないのにぃ」などと言って教科書を閉じてしまうのだ。
奉仕活動なんて汚いところには行きたくないし下々がすればいいと言い、他国以前に自国のことも覚える気がまるでない。
ラブシュカが興味を示し行動するのは、ドレスや宝石、化粧品などを購入して自らを着飾ることと、王太子妃になり身近に接する機会が増えた、上位貴族の令息達に甘い声をかけること。
国の名を背負う意味を一切理解しておらず、理解する気もないラブシュカの様子に、そしてその比較となる相手がミセラティアという完璧な令嬢だっただけに、ロイエストの心はみるみるうちに冷えていった。
あまりにも酷い状況に、本当にラブシュカを正妃として据えていいのかと、国王もロイエストも頭を悩ませていたというのに、あの一回、あの日のことで、なんとラブシュカは子を身篭ってしまったのだ。
本来であれば国中から望まれるはずの懐妊だというのに、公爵が率いる貴族派は大いに喜び、王家や侯爵といった王族派は苦渋を味わっていた。
ラブシュカが子を産めば、貴族派筆頭である公爵の発言権が今以上に増してしまう。
ただでさえ公爵家には、養子にしたラブシュカを傷物にしたという借りがあるような状況なのだ。
しかしこのままラブシュカが王太子妃や王妃となれば、公務が一切行えない、碌でもない妃が誕生してしまう。
そうなれば周辺諸国との関係も悪化し、この国は孤立してしまうかもしれない。
国王とロイエストはラブシュカと公爵を呼び出し、話し合いの場を設けることにした。
そこでは案の定、ラブシュカも公爵も王妃の座は手放さないと言う。
しかし、ラブシュカの教育状況を公爵に知らせると、公爵の顔色は次第に悪くなり、最後には黙り込んでしまった。
公爵も、ラブシュカの教養の低さがここまでだとは思わなかったのだろう。
このままラブシュカが王太子妃となれば、公爵の名にも傷が付くことは必至だった。
遂に公爵からももっと学ぶようにと言われてしまったラブシュカは、三人に向かって言い放ったのだ。
「なによ!
私はこんな勉強ばっかりの毎日なんて、望んでいなかったのに。
そうだわ!
ロイエスト様の元婚約者の……あの人に仕事をしてもらえばいいじゃない!
私はこれから子供を産まなきゃいけないし、辛くて勉強や仕事なんて出来ないんだから」
その言葉に三人は目を剥いた。
こいつは何を言っているんだと。
しかし、そこからの対応が早かったのはロイエストだった。
「君は正妃になり、子を産めればそれでいい。
勉強も仕事も出来ないしやりたくないから、代わりにミセラティアにやってもらいたい。
間違いないか?」
「ロイエスト殿下、お待ちください!
少しこちらで話し合いを」
「ええ、そうね!それがいいわ!」
「……!お前っ」
公爵にも御しきれなかったラブシュカの発言は、あまりにも身勝手なものだった。
だが、それはロイエストにとって好都合だった。
記録人が居ないとしても、国王と王太子を前に発言した言葉を、そう簡単に撤回出来るものではない。
警護のため配置していた騎士達も聞いていた。
言質は取ったとロイエストは国王に願い出る。
「陛下。
王太子妃がこう望んでおりますし、私としても補佐として、モレイス侯爵家のミセラティア嬢を望みます」
「よかろう。
ラブシュカとの予定通り結婚式を春に行い、来年の春には王太子妃の望み通り、ミセラティアを側妃として迎え入れ、式を挙げよ。
それまでの間は、王太子妃補助として城に招くがよい」
「ありがとうございます!」
ロイエストは膝をつき、国王に頭を下げた。
公爵は頭を抱え項垂れているが、その光景に理解が追い付いていないのか、ラブシュカは首を傾げていた。




