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25,sideヴィス(過去編)


令嬢は公爵に水をお持ちすると言って一旦離れ、すぐ控え室に戻ってきて公爵とロイエストに水を出した。

令嬢は毒味を自身で行うため、グラスに入れられた水を毒味用の小さなカップに注いで、一杯ずつそれぞれ飲み干す。

公爵は喉が渇いていたのか、グラスの半分くらいを一気に飲み、それを見たロイエストもグラスに口を付けた。

その瞬間、公爵がゆったりとした動作で立ち上がり、騎士の男へと近付いた。

気分が悪く手洗いにでも行きたいのかと騎士が首を傾げたところ、公爵から何かを含ませたハンカチを口許に押し当てられたのだ。

初めは抵抗を見せた騎士だったが、強力な薬の効果はすぐ表れ、あっという間に倒れ伏してしまう。

ロイエストはというと、その状況にすぐ反応し、誰かを呼ぶため声を出そうとした。

だが、何故か声が出ない。

喉を押さえ、大きく口を開けても音にならないのだ。

ロイエストは誰かを呼びつけることを諦め、外に出て助けを求めようとするも、騎士がすぐに昏倒してしまったために、自由だった公爵に捕まれてしまう。

そうしている間に今度は体の熱量が上がり、思考がぼやけていくように感じて――。



ロイエストが長らく帰ってこないことを訝しんだ婚約者のミセラティアは、他の騎士にロイエストを探してくるよう頼んだ。

騎士は控え室に行き、扉の前で警護する二人の騎士に、王太子殿下は居るかと問いかけた。

誰も出てきていないため、二人の騎士は頷いた。

しかし、扉をノックするも返事がなく、厚い扉の先から物音は聞こえてこない。

三人の騎士は顔を見合せながら困り果てた。

本来であれば勝手に扉を開いてはならないが、ミセラティアの命という建前があったため、訪れた騎士が扉を薄く開いた。


「失礼致します。

ロイエスト殿下はいらっしゃいますか?」


室内には誰も居らず、人の声は一切聞こえない。

だが、テーブルに置かれたグラスは、確かに誰かが飲んた後のようだった。

何かがおかしいと、更に奥に踏み込んだ騎士が見たのは、奥の部屋でミセラティアという婚約者が居ながら別の令嬢と交わっている、虚ろな表情のロイエストだった。



それが僕の義母であり、その時に身篭った第一王子である異母兄を産むことになった、後の正妃、ラブシュカ・ヒメロス子爵令嬢だった。



ラブシュカはロイエストに選ばれ、愛してもらったのだと言う。

しかしロイエストにはまるで覚えがなく、飲みかけの水に媚薬の類いが盛られているはずだと、王室薬剤師にも宮廷魔術師にも調べさせた。

しかし、無味無臭のその水から、薬や魔術は検出されなかった。

間違いなく何かの策略に嵌められたはずだというのに、その証拠が出てこなかったのだ。

騎士もまた公爵に眠らされたと主張するが、それも調べさせたというのに、ハンカチはただのハンカチでしかなく、薬剤や魔術の反応は出なかった。


ロイエストは王太子だというのに、婚約者が居ながら他の令嬢を傷物にし、辱めたという瑕疵(かし)を負ってしまった。


更には、ラブシュカはただの子爵令嬢だったはずが、いつの間にか公爵家の養子となり、レスノワエ公爵令嬢となっていたのだ。

レスノワエ公爵家は王家の政策に反対し対立している貴族派で、王家は長らく王族の血を公爵家に入れぬよう、縁を結ばぬように上手く付き合いながら(かわ)してきた相手だった。

だが、今回のことでロイエストや王家は、養子とはいえ公爵家の娘を傷付けたとして、責任を追求されることになってしまった。

今はまだ公開されずに居るが、それも王家の対応次第でロイエストの所業は公にされてしまうだろう。


ロイエストには兄が一人居る。

しかしその兄は持病のせいで国王として立てる状況ではなく、王太子を兄に譲るということも難しい。

ロイエストを王太子で居続けさせるためには……。

当時の国王は公爵の意である、ミセラティアからラブシュカに王太子妃をすげ替える選択を飲んだのだった。



ロイエストが十七歳、ミセラティアが十九歳。

その年の冬にロイエストが十八歳を迎えて成人し、来年の春には結婚式を挙げる予定だった二人は、一人の令嬢の執念深い野望によって引き裂かれてしまったのだった。




王命により、ロイエストは愛し慈しんできたミセラティアと引き離されることになってしまった。

モレイス侯爵家へと赴き、侯爵とミセラティアに婚約を解消してほしいと伝えることとなる。

侯爵は怒りを(あらわ)にし、ミセラティアは静かに涙を流していたが、それを伝えているロイエストもまた唇を噛み締め堪えていた。

これまで仲睦まじい二人を見てきた侯爵も、共に側で過ごしてきたミセラティアも、王太子としての責任感が強く、何よりミセラティアを大切にしてきたロイエストが他の令嬢に手を出すなど信じ難かった。


「証拠はない。何も出なかった。

だが私は……っ!

あの時、確かに声が出なくなり、体の自由が効かなくなって意識が遠のいていった。

そこからは何も、何も覚えていないんだ。

私は、ミセラティア以外愛してなどいないのに!

本当に、本当にすまない……っ!!」


膝の上で拳を震わせ、ロイエストは苦しそうに項垂れる。

その姿を見て侯爵は、怒りの矛先を向けるべきはロイエストや王命を下した国王ではなく、その令嬢とレスノワエ公爵なのだとロイエストを哀れんだ。

ロイエストとミセラティアは涙を流しながら寄り添い、しかし暫くして何も言わずお互いに体を離すと、ロイエストは背を向けて部屋を後にした。

どれだけ想い合おうとも、もう共に居られないのだと……二人はそれぞれの手を離した。

既に事は起きてしまい、もう為す術のないことに侯爵は打ちひしがれた。



本来であれば不貞をしたとして、ロイエストが有責での婚約破棄となるはずだ。

だが、もしロイエストの立場が悪くなった時、ロイエストの兄を王太子にさせることは難しく、ロイエストが王太子として相応しくないのではと貴族達に思われてしまっては、王家がこれまでに築き上げてきた地盤が揺らぐかもしれない。

これ以上公爵家や貴族派に、揚げ足を取られる要因を増やすわけにはいかなかった。


ミセラティアはロイエストの立場が悪くなることを望まず、立派な国王になってほしいと、婚約破棄ではなく解消を飲んだのだった。


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