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24,sideヴィス(過去編)


僕の母であるミセラティアは、古くよりソルナテラに貢献してきた歴史ある由緒正しきモレイス侯爵家に生まれ、現国王であり当時王太子だった父ロイエストの婚約者に選ばれた。

二人は政略結婚ではあったが、多くの婚約者候補の中からロイエスト自身がミセラティアを選んだこともあり、父上は殊更ミセラティアを大切に扱った。

婚約を解消させんと、二人の仲を引き裂こうと画策した者達も居たようだが、あまりにも仲睦まじい二人の様子に、一人、また一人と諦めていったという。


――ただ一人を除いて。




その令嬢はただの子爵家の末娘だった。

子爵令嬢であれば、そもそも王家の人間と接する機会などそう在りはしない。

年に一度、ソルナテラ王国の貴族が集う、秋の建国記念式典くらいだ。


令嬢は十二歳の時、東に位置する隣国レイスリーク皇国に近い都市から王都へと親に連れられ、初めて式典に参加した。

そして目の当たりにしたのは、己の暮らす都市以上に美しい、(きら)びやかな王都と絢爛豪華な王城だった。

更には子爵令嬢という身分では出会うことのなかった、見目の美しく紳士的な令息達に、同じく見目の美しく華やかな令嬢達に、羨望と嫉妬を覚えた。

令嬢は暮らしていた都市で、両親や兄姉、街中でも可愛らしい美しいと褒めそやされてきた。

だが、それがどうだろうか。

大きな括りで言えば同じ貴族で、同じ年頃の令息令嬢達のはずなのに、彼らはまるで別世界の住人のように輝いているではないか。

初めての式典を楽しみにしていた令嬢の心はみるみる萎れ、自分が彼らの引き立て役のような、惨めでちっぽけな人間のように思えてしまった。


そんな鬱屈した気持ちのまま迎えた式典で、王族への挨拶の時、初めて令嬢はロイエストと言葉を交わした。

照明の光で透けるように輝く、王族の象徴たる金の髪に目を奪われ、そして太陽のように眩い紅い瞳と目が合うと、令嬢の胸は高鳴った。

そうして式典の一日を終えた彼女の胸には、いつかロイエストや上位貴族の令息と結ばれるという野望が出来ていた。



令嬢はロイエストだけでなく様々な令息に胸をときめかせていて、特別誰かを好きになったのではなかった。

ただ、自分よりも地位が高く華やかな男達が、自分に対して紳士的に対応してくれることに舞い上がったのだ。

そして、地位が高く美しい令嬢達を差し置いて、こちらを選んでくれたらと、こちらを軽んじるような視線を向けてきた令嬢達の上に立ってやりたいと、そう願った。


その中でも一等だったのが、王太子ロイエストだった。


既に王太子に選ばれ、いつか国王になるお方。

どうせなら国の一番になりたい。

ロイエストが選んだという、控えめながら儚げな美しさがある、上位貴族のミセラティア侯爵令嬢を押し退け、その横に立ってみたい。

蔑むような視線を送ってきた令嬢達の、その鼻を明かしてやりたい。

他の令嬢達の誰もが願って諦めたことを、その子爵令嬢は諦めなかった。



王族や上位貴族の令息に見初められて、いい思いをして暮らしたいという考え自体は、どの令嬢にもある程度共通することだろう。

しかし、その子爵令嬢の行動力は凄まじく、狡猾かつ非人道的だった。



まず子爵令嬢は、行儀見習いとして王城の使用人になりたいと望んだ。


父であるヒメロス子爵は、隣国レイスリーク皇国の商品を扱う商家の経営を生業としており、その繋がりで一番爵位の高いレスノワエ公爵家へ、娘を行儀見習いとして王城出仕させるため、紹介状を書いてほしいと依頼した。


普通では断られる話だが、どういうわけか公爵家からの紹介状を手に入れた子爵令嬢は、使用人として王城での仕事を熟す日々を得た。

しかし、まだ入りたての下っ端では上位貴族の令息と出会う場所などない。

雑用ばかりを任される子爵令嬢は、同じように誰かに見初められないかと願う使用人達の内の一人でしかなく、特に目立つようなことも不審な点もなかったという。


業務能力は可もなく不可もなく平均的で、しかし給仕だけは他よりも成長していったため、いつしか子爵令嬢は給仕を主に任されるようになっていった。

そうして月日を重ねても、入室や立ち入りの許される場所は限られ、高い身分の方々とお近付きになることは出来なかった。

出会うことのある令息は、中位貴族や下位貴族の次男三男のような文官職の男ばかり。

そんな男達には目もくれず、子爵令嬢は強かに仕事に励む令嬢で居続けた。



そして、転機が訪れる。

建国記念式典は国中の貴族みなが参加する行事だ。

だが、だからといって給仕を欠かすことは出来ないため、四年目にして初めて、子爵令嬢は給仕として出てほしいと声をかけられたのだ。

多くの令嬢は貴族令嬢としての参加を希望するため断るのだが、その子爵令嬢は進んでその役を買って出た。


式典当日、子爵令嬢は貴族令嬢としてではなく給仕として会場に立ち、様々な令息令嬢の元へと水や酒を運んで回った。

賑わい盛り上がる空気の中で、明るく丁寧に給仕としての仕事をしながら歩き回り、そうして子爵令嬢は誰にも悟られぬよう、徐々にロイエストの方へと距離を詰めていった。


ロイエストは様々な貴族の対応していて、推薦状を書いてくれたレスノワエ公爵とも話し始めた。

だが、暫くすると何かに驚くような声が上がり、周囲は何事かと様子を伺い始める。

その中心には衣装を赤く汚したロイエストと、テーブルに手をついて俯く公爵がいた。

どうやら立ちくらみか何かで倒れかけた公爵が、その手に持っていたワインをロイエストにかけてしまったのだ。


「大丈夫ですか?

お二人共、控え室に参りましょう」


子爵令嬢は慌てて駆け寄り、使用人服のポケットからハンカチを取り出し、ワインのかかったロイエストの服に当てて軽く拭く。

具合が悪そうな公爵を近くの騎士が支え、裏に下がろうとする三人を子爵令嬢が追おうとする。

騎士は「使用人であるお前は来なくていい」と言ったが、子爵令嬢は「公爵様には家族みなでお世話になっているから心配なのだ」と言い募った。

王城を任されている騎士は、城で働く使用人達の噂を聞くこともあり、問題のある令息令嬢は把握している。

ロイエストや騎士は、その子爵令嬢が公爵に世話になっているという点で少し引っかかりを覚えたが、ここに公爵が居る手前、直接指摘は出来なかった。

二人は頭を悩ませたが、日頃色恋に見向きもせず真っ当に仕事をしていると聞く令嬢だったために、騎士は同行を許可し、ロイエストと公爵、騎士と子爵令嬢の四人で裏に下がることになったのだ。



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