貴方に送る
赤。黒。赤。赤。燃える。崩れる。燃える。苦しむ。崩れる。叫ぶ。
古き思い出。動く姿は覚えなく、絵と音のみが思い出される。
◇
「ご主人様、お茶をお持ち致しました」
「あら、そこに置いてくれるかしら」
ご主人様のために入れたお茶を机の上に配置する。美しい紅の髪に紅の唇、燃えるような瞳を持ついと気貴き彼女は私のご主人様たるエスカ様。きりりとした目鼻立ちの麗しき御姿にそれに見合うような美しい御心の持ち主でもある。
「さ、座って。私のお友達」
言われた通りに向かいの席に座る。私の首には枷がはまり、彼女の側には愚か者を打つための鞭がある。詰まるところは奴隷と主人の間柄であって、そこの身分の差は絶対で覆る余地はない。従って私のお友達なんて呼ばれ方をする謂れはない。だがエスカ様の御言葉に否と返す訳はなく、謹んで友達呼びを受ける。
「それでどうしたのかしら。私のお友達は私の世話係ではないでしょう。用件があるのなら行ってご覧なさい」
勢いで来てしまったは良いがどうするかは悩んでいた機会が向こうからやって来た。促されるままにそれを机の上にあげる。
「それは」
黒い箱に赤いリボンを巻いた物。それは昨日の晩から今朝に掛けてで用意したチョコレートだ。何と言った物やら。
「捧げ物。御主人様にはいつも御世話になっていますから」
「私は奴隷に施される程落ちぶれてはいませんが」
エスカ様の機嫌が急転直下に悪くなってしまった。なんで、どうして。
困惑する私を他所に苛々した素振りのままに追い出されてしまっていた。どうして怒ってしまったのか、なんてさっぱり分からないけど。それ以外にやろうと思っていたことはない以上ドラゴネア=ドラクリアの奴隷としては洞穴に潜るしかない。
◇
洞穴は別名迷宮とも呼ばれる世界の真ん中に空いた大きな洞だ。人によっては大陸の中心だと言うが、まぁ私には世界と大陸の区別は付けられない。とにかく洞穴はとても大きな洞であり、そして様々な物が眠る。陽の光の差さぬ中多様な生物が潜み、ロハス、アスレス、ヴェルダス他多くの宝石もまた眠る。資源的には大いに豊か、楽園の如き物だが実際にそれを取りに来る者は珍しい。その主な原因は洞穴が人の来るようなところではないことだ。
その原因は一つには人間一軍集めて初めて戦闘になる生物——ドラゴンを始めとした人智を超えた化け物の跳梁跋扈する魔境であることであり、もう一つには陽が刺さないと言うことだ。灯なしには何もできない中を、殺意も何も無しに人を容易く殺せる怪物たちが彷徨いている以上そこは人間が生きていけるような環境ではない。そのリスクの高さに対してはリターンは大きいとは言えず、故に洞穴に潜るのは私の如き奴隷か、さもなくば冒険者——むしろ自殺志願者の呼び名で知られる——くらいの物だ。
「エスクリア様の機嫌を損ねたっていう白夜叉姫様じゃないですか。何やってんすかこんなところで」
洞穴の第一階層に入ってすぐのところで、見覚えのない男に絡まれた。エスクリア様って呼び方をするってことは私と同じエスカ様——エスクリア=ドラゴネア=ドラクリア——の奴隷なんだろうが。相変わらず何もできない愚図共はそう言うことばかりは耳聡い。
「見ての通りの迷宮探索だよ、能無し。私は生憎とお前ほど安い人間じゃないんでね。せこせこ稼がなきゃ買い戻すのは夢のまた夢ってね」
「ほー、余裕ですなあ、白夜叉姫。……ここを貴方の死地にしてあげますよ」
言うが早いか、その手に持っていた剣で切り掛かってくる。ドラゴネア=ドラクリアの一般奴隷に二つ名付きの奴隷を殺す様な権限はないと言うか、例え殺せたとして弁済はかなり高く付くと思うけど。
初手の振り下ろしを軽く躱してから、相手の松明を持った左腕を抜き打ち気味に切り落とす。当然松明は地に落ちるので速攻で消して視界を奪ってやると途端に動きが止まった。左腕が叩き落とされている事にするら意識が追いついていない様子。別に積極的にこいつを殺す理由はないが、洞穴で灯を失った時点で遅かれ早かれ死ぬことを考えると別に殺さない理由もない。だったらさっさと殺るに限る。その方が追い剥ぎできる分幾らかプラス。ネームタグも持っていく必要はないね、ダンジョン内での純粋な行方不明で大丈夫か。死体も放置で問題なし。洞穴には悪魔が出る以上さっさと無くなるんだから。むしろ囮として使ってあげる方が良い。
「そらよっ!」
そうこうするうちに死体を嗅ぎつけ早速やってきた低級悪魔共を背中側から切りつける。反応する前に羽と腕を落としてとどめを刺す。勿論悪魔は単騎でなんかやってきたりしない。分類上は働き蟻の類であるからして、群れでやってくるのが基本である。二体、三体と増えていくので、それを片っ端から切り落としていく。大物が出てきたら面倒だから逃げるつもりだったがその必要はないらしい。二十だか三十だかを切ったあたりで悪魔は興味を失ったか危険地帯認識をしたか、悪魔の出現が止まった。ちゃんと死体は別方向から来ていた悪魔が食べてくれたから、心置きなく換金用の解体ができる。十五年ばかり前には悪魔の心臓にあたる鉱石、ネグラスの価値はは二束三文で悪魔は換金効率最悪だったらしいがまあそこら辺は知らない。王族が求め、それ故に秘められた恋の象徴になっちまった以上はそれなりの高値で売れるのだ。
「先輩」
「……ああ、メイか。奇遇だな」
「今日は潜らないって言ってませんでしたか」
「それがまあ……エスカ様に振られちまってな」
思い出すと気分が沈んでくる。結構大切にしてるしされてると思ってたんだけどね。うん、やだなそれは。
「……結局、先輩とエスカ様ってどう言う関係なんですか。よく軽口を言い合ってるのは見ますけど」
どう言う関係、どう言う関係ね。正直表現しにくくて困る。メイはその辺しつこいからな。可愛い後輩の質問だから答えてあげたいのは山々なんだけども。どう言えば良いのかね。
「ま、友達で良いのかな。強いて言うなら、だけども。もしくは牢獄仲間」
「よく分かりませんがまぁ分かりました。それで、何て言ってプレゼントを渡したんですか」
「捧げ物」
「友達じゃないんですか、先輩」
成程。そう言う意味か。それは確かに苛立つか。友達に遜られたらそらキレるわな。だから奴隷から施しは受けない何て言い回しになるのか。素直じゃねえ奴。
「ありがとね、ちょっと帰るわ」
「先輩先輩、今度鎖骨見せて下さいよ」
「はいはい、下も見せてやるよ」
走って帰る。洞穴は人の居場所じゃないとは言うが、私にとっちゃ庭のようなものだ。目を閉じてても走れる。さっさと駆け抜けて地上、ドラゴネア=ドラクリアの屋敷へと向かう。
「よっす、エスカ」
朝とは変えて、地下牢仲間時代の言い回しに戻す。私の態度に気を良くしたのか、満面の笑みになる。本当に面倒な奴。
「今日は親しい人に贈り物をする日らしいからな。エスカにもなんかあげようと思ってね」
朝は受け取らなかった小箱を今度はあっさり受け取る。腹立つなコイツ。しばき倒してやろか。でもマゾだから対して意味ねえな。
「あら、じゃあ頂くわね。ところで、バレンタインなのに番放置で良いのかしら」
「良いんだよ。帰ったら私をラッピングするから」
「そう。仲良くしなさいね、私のお友達」
「そりゃ当然」
御主人様ことエスカ様が食い終わったのを見届けるとメイの家に行く。にしたって、何で今朝はあんなに弱気になってたんかね、私。
先輩:視点人物。生まれた時から暗い牢獄の中に居るせいで目が変な発達をし、光の全く差さない闇でも昼日中のように見える。白髪赤目のアルビノ少女が夜叉の様に戦うので白夜叉姫の二つ名がある。実は名無しなのでメイも先輩としか呼べない。義母になってくれた王姉殿下にはそろそろ名前を決めて欲しい。
エスカ:エスクリアを縮めてエスカ。先輩と同じ牢獄で捉えられていたお嬢様。色々あって閉じ込められた状況から一発逆転、家を取り戻した。先輩に言葉を教えた人物でもあり、先輩の口が悪いのはコイツのせい。ドラゴネアとドラクリアは両方とも別々の家名なので省略不可。
メイ:先輩の可愛い後輩、もとい彼女。不吉な黒髪黒目の持ち主であり、エスカのお気に入りらしいと言う情報や先輩と仲が良いと言う情報と合わさって黒夜叉姫の二つ名が最近ついた。鎖骨フェチ、濡れた先輩の鎖骨に死ぬほど興奮する。実は王の落胤なので王女様と言う事になるが先輩や王姉殿下含めごく少数の知っている人は全員見なかったフリをしている。
この後ラッピングされた先輩にテンションを上げて美味しく頂いた