2.再び貴方に会いました。
アルと星の日の約束をして1週間後、その日も自警団はいつものように魔物狩りに勤しんでいた。
「おい、逃げたぞ!そっちだ!」
「追え!手負いだが、油断するな!」
団員のふるった剣で、すでに魔物は重症を負っている。もう仕留めるのはたやすいと思われるが、油断は禁物だ。
ふう、と一息ついて、汗をぬぐい、私も後を追う。口の中で小さく詠唱し、付近にいる団員に疲労回復をかける。
それにしても暑い。魔物は大抵夜に現れるが、ここ最近は昼間も出没している。森の中とはいえ、照り付ける太陽は容赦がなく、その上、自警団は顔を隠すためにフードをしてスカーフで口元を覆っている。
アルが、この前自警団の前に現れたとき、私に気づかなかったのはこのためで、今絶賛取り締まりキャンペーンを受けている私たちはこのスカーフを何としても外すわけにはいかない。しかし暑いものは暑いのだ。
その思いを込めて炎を放つと、すさまじい威力で魔物の背中を直撃した。
「やった!あったりー!」
思わずガッツポーズをした瞬間。
「何やってんだリゼット!!!」
「ひいぃ!」
セルジュの怒鳴り声に、周りの団員も一斉に身を縮ませる。
「森で炎を使うなと、あれほど言っただろうが!お前は馬鹿か!」
だって暑かったんだもん!熱を放出したかったんだもん!
すごい形相でこちらに向かってくるセルジュは恐ろしく、そこらへんの魔物なんかよりよっぽど化け物だ。思わずくるりと踵を返した。
「ごめんなさいいぃぃぃ!」
と、駆け出したのもつかの間、はっと足を止めた。
「おい!お前何やって…」
さっとセルジュの言葉を遮るように後ろに手をやる。
木の陰から現れたのは騎士団の制服を身にまとった人たちだった。
「ちっ、またか」
団員が悪態をつく。
私はアルに正体がばれないかひやひやしながら、さっきまでとは違う汗をながしていた。
ひときわ美しい馬が現れる。
騎乗するは王太子アル。
「やばいな……」
隣にいたユースが呟く。
赤毛の彼は私とそう歳は変わらないが剣の使いに長けていて、今日の魔物狩りでも大活躍だった。
「ユース...どうしよう....魔物、倒しちゃったから……」
「あぁ。もしかしたら、俺らが魔物を仕留めるのを陰で手を出さず見ていたのかもな」
彼の端正な顔も厳しく歪む。
この国では、一般市民の魔物討伐は禁じられている。
もちろん正当防衛は認められるが、この人数で武装して魔物を倒したところを見られては、それも通用しない。
つまり私達は、現行犯だった。
王国騎士団が最近、自警団の魔物狩りに合わせて取り締まりを行うのは、現行犯を捕まえるためだ。
おそらく前回は魔物がまだ逃げていたから、騎士団もこちらに構っている余裕がなかった。おそらくあれは偶然の邂逅だったのだろう。騎士団としても自警団を捕まえる準備はしていなかったようだった。
しかし前回、自警団の活動場所を特定した王国騎士団は今日、改めて取り締まりのためにやってきた。
「くっそ、団員の距離が離れてるから、転移魔法で逃げるにしても全員は無理だ」
ユースが唇を噛み締める。でも、
「いや、それなら全然問題ないですよ?」
「え?いやだって、待ち伏せしてた奴ら、かなり向こうに行ってるぞ。もしかしたら、騎士団が現れたことすら気づいてない」
「任せてください。一度転移魔法をかけた人の居場所くらい、わかります」
目をぱちくりとさせたユースは、「まじで?」
とつぶやいた。
「ほんとに俺の周り化け物ばっかだな、団長にしろおまえにしろ……」
「ちょっと待ってください!団長と一緒にされるのは心外です!あれは正真正銘化け物ですけど、私そんなに可愛くないものじゃないですから!」
ギャーギャー騒いでいると隣の団長がこちらを一瞥した。
「ひっ…」
それを見たユースが手ぶりをして周りの団員に指示をする。つまり、私を取り囲めということだ。
私が類を見ない魔法使いだということは、騎士団にバレない方がいい。そのため私が詠唱するときは、団員の背に隠れるようにしている。
ユースの後ろで、騎士団の目がこちらに向いてないことを確認しようとすると、王太子と目が合った。
いつもの黒縁メガネをとって、髪の色も目の色もはっきりしたアルは、別人のようだ。
いつものアルも、派手じゃないけれど整った顔立ちで、しかも微かな気品があったから、あれでなかなかモテていた。常連客との会話で、アルはお忍び貴族じゃないか、なんて言われていたけれど、別人だ。
今のアルには気弱のきの字もない。王族としての神々しいまでのオーラというかなんというか、この前頬を赤らめながらが「一緒に、星の日の祭り、行きたいんだけど……」とか言ってた彼は何処にいますか!?と聞きたい。
刺さるような彼の視線に冷汗をかく。恐ろしいほどの殺気全開だ。
「おい、早く隠れろ」
ユースが囁く。彼が羽織るマントにかげにさっと隠れるその瞬間、アルの殺気がすごくなったような気がする。
そして私は転移魔法をぶっ放した。
無事に戻ったいつもの酒場で、自警団の皆で管を巻くのが日課だ。
「今回は焦ったなぁ」
セルジュはそう言って、ふうっとため息をついた。
「とにかく、今回逃げられたのはリゼットのおかげだ。感謝する」
「リゼットちゃん、ありがと!」「あんたのおかげだよ!」と、仲間からの賛辞を受け取る。えへえへ、やだなほめても何もでませんよ、と笑みを浮かべつつ、セルジュに向き直る。
「ありがとうございます。ただ、ちょっと疲れたので、先に休ませて頂いてもいいですか?」
「そりゃそうだな。こんだけの人数の、しかも遠隔での転移魔法を使ったあとだ。ただ、ちょっと疲れたで済むあたり、やっぱお前は化け物だな」
どっと沸き起こる笑い声。いや、化け物はあんただよリーダー、なんて思いつつも、酒屋をあとにした私は帰路につく。
「日も暮れたし送るよ」
ユースが声をかけてくれたが、1人で考えたい気分だった。
「ありがとう!でも大丈夫です。何かあったら魔法ぶっ放すので!」
しかし...と食い下がろうとした彼だったが、ふと何か思いあたるような仕草で何とも言えぬ顔をして、わかったと引き下がった。
すでに日は沈み、世界は闇に包まれている。そして空にはお月様。
まんまるのお月様を見上げながら歩く。不思議なことに、この国は日本とまるで違うけれど、お月様とお日様が一つずつというところは同じ。
やっぱり、月はひとつの方がいいな。
つらつらと思考を巡らせながら、夜の風を感じて歩く。
「今日のアルも、怖かったなあ」
よく知っていたはずのアルが得体の知れない誰かになった恐怖。敵対することの苦痛に思うくらい、アルのことを大切に想っていた。そしてこのことを自警団仲間に伝えていない罪悪感。
「アルは敵。アルは悪いやつ」
つぶやいて、言い聞かせる。
王太子が城下に身分をごまかしてやってきて、そんでたまたま自警団の私と出会ったりするわけない。対して美しい容姿でもない私に贈り物したり、祭りに誘ったりするわけないんだ。
それは偶然が生み出した出会いなんかじゃない。運命に惹かれた二人じゃない。
王太子の目的は火を見るより明らかだ。
「信じちゃいけない」
ふっと朧月夜が揺れた。夜空は雲一つなく、濡れているのは私の瞳だけ。アルの顔ばかり思い出す。
気弱な笑みも、優しい贈り物も、楽しい会話も、私を見つめる青い瞳も、信じたかったものは全部、私を陥れるためだけの。
分かっていてなお燻る想いなんて、いつからこんな馬鹿な女になったんだろう。
ここは日本じゃない。
平和な国なんかじゃない。
人を信じちゃいけない。そんなことはわかっていた。
この半年ずっと、覚悟して生きてきたんだ。
浮いた涙をぐいっとこする。
明日は星の日。