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1.貴方は王太子様でした。

お店のドアの開く音がした。


「いらっしゃいませ!」


そう声をかけながら目を向けると、気弱そうな青年が顔を覗かせ、はにかむ。

思わず高揚しかけるも、昨晩を思い出し、憂鬱な気分になる。


「こんにちは、リズ」


私のことを愛称で呼ぶ彼は、このお店の常連客のアル、だった。

昨日までは。






私の名前は理世(りせ)

普通の女子大生をやっていたが、半年前マンホールに落ちたら異世界にきていた。

こちらの世界にきて早々に獣に襲われかけ、あわやジ・エンド間近だった私を助けてくれたのが、通りかかった自警団リーダーのセルジュだった。

彼は短髪にいかつい顔、ゆうに190を超えるがっしりとした体躯を持つ彼はもう40代に差し掛かろうかというが、両腕を縛られていても熊を殺すらしい。

要は人型をとった化け物だと私は思っている。


助けてくれた時も化け物だと思った私は泣き喚いたのだが、化け物は言葉を喋った。


「おいお嬢ちゃん、なんでこんな危なっかしーとこにいるんだ。な、ほらもう泣くな。お嬢ちゃん、名前はなんだ?」


泣いている主な原因は三つで、散々逃げ回って傷ついた体と、よくわからない場所にいる恐怖と、暗闇に浮かび上がるセルジュの形相であったのだが、とにかく涙がとまらなかった私は、ひくひくとしゃっくりをあげながら、鼻声で名乗ったのだった。


「うぅっ……、りっ、りせ....…って…いい、…ます……」

「ああん!?聞こえねえ」

「う…だがらぁ、りせって……」

「リゼット?リゼットだな!よし分かった、リゼット!もう大丈夫だ」

「…ち、ちが…」


訂正の言葉は届かず、担ぎ上げられて街に戻り、いろんな事情を話し終えるころには自警団の皆にリゼットの名前が知れ渡ってしまい、結局そのままになったのだった。

セルジュには、どちらにせよ、「りせ」という音の響きは珍しいから、「リゼット」で過ごす方がよいだろうと言われ、私もそう思っていたのでそのままだ。


名前だけでなく、この世界は日本とは全然違った。

科学技術はあまり発達しておらず、街並みも中世ヨーロッパのような石造りの建物が並ぶ。科学の代わりに用いられるのは魔法で、この国の人は程度に違いはあれど、ほぼ全員が魔力を持ち、魔法を使える。

一般の人は自分の得意魔法というものがあって、例えば炎の魔法が得意な人は炎系統の魔法しか使えず、水魔法が得意な人は水系統の魔法しか使えない。

魔法のエキスパートである王国直属の魔術師でも、せいぜい似た系列の2,3種類使える程度だ。


しかし私は、あらゆる種類の魔法が使えた。

イメージしながら呪文を詠唱するだけで、なんの苦労も努力もなく炎も水も風も思うがままに、いくらでも操ることができた。

それを知ったセルジュは、助けた恩を『自警団』の団員として働くことで返せと言い出した。

右も左も分からない私が、セルジュの言うままに連れて行かれた先はセルジュの友人のミレーヌという女性が経営する焼き菓子店だった。

ミレーヌは儚げな美しい見かけでうふふと頬に手を当てながらいろんなものをのらりくらりとかわす、内の読めない人だ。女手一つで、この焼き菓子屋の経営するやり手でもあり、カフェも兼ねたこの場所は荒くれ者の自警団も御用達の街のオアシスとなっている。

ミレーヌの焼き菓子屋の2階に住まわせてもらうことになった私は、面倒を見てくれる彼女へのお礼として、彼女の作る菓子に魔法で治癒効果を付け足したところ、これが大ヒットした。

そんな訳で昼間はお店を手伝いつつ、夜は自警団として、なかなか忙しい日々を送っていた。


その焼き菓子屋さんの常連の1人が、今目の前で優しい笑みを見せるアルだった。


色の抑えたかすれた金髪に、深く暗い青色の瞳をもつ、黒縁の眼鏡をかけた少し気弱そうに笑う青年は、数日に1度はきてくれる常連さんだった。

最初はたわいない世間話をしていただけだったが、いつの間にかその何気ない会話を楽しみにしている自分がいた。

控えめな彼は少しネガティブ思考だけど、優しくて真面目で誠実な人。

彼に会えたなら、こちらの世界に来られたのもよかったんじゃないかなんて、初めて思えた。




しかし私は昨日、彼の正体が、この国の王太子様であることを知った。





はぁ、と思わずため息がこぼれる。



「どうしたの?リズ、体調悪い?」


心配そうに顔をのぞき込んでくるアル。

昨日、自警団でいつものように魔物狩りをしていたところに現れた怖い目をした王太子様とは思えないだろう。

しかし彼とアルは同一人物なのだ。


王太子殿下の名前はアルベリックという。

彼と初めて会った時のことを思い出す。「僕のことはアルって呼んで?」

うん、嘘は言ってない。


「ううん大丈夫だよ」

「そう?ところでリズ、君にお土産持ってきたんだ。受け取って欲しいんだけど……」


そう言ってアルが取り出したのは天然石のブレスレットだった。

ローズクォーツのような石が可愛らしく並んでいる。


「えー!すごい可愛い!これ本当に貰っていいの?」

「もちろんだよ。君に似合うと思ったんだ」


そう言ってはにかむ彼に、思わず心が暖かくな……っちゃだめだ!こいつは敵!悪い王太子!

なぜなら私の所属する自警団は、この王国の皇族とは敵対関係にあるのだ。







「そもそも、自警団って、なんで国と協力関係じゃないんですか?」


セルジュにそう尋ねたのはこちらの世界で過ごし始めて1ヶ月が経った頃だろうか。

セルジュは眉間の皺を刻みながら、「そんなことも知らなかったのかこいつは」と顔に書いて、口を開いた。


この世界には獣より恐ろしい魔物が存在する。魔物は魔力に当てられた野生動物が、独自の進化を遂げた生き物だ。

魔物討伐は王国騎士団の役目なのだが、1年半前、つまり私がこの世界にくる1年ほど前から、問題が起きる。魔物が王都近郊で、大量に出没し始めたのだ。

原因は不明、魔物は市街地にまで襲ってくることもあり、王国騎士団も急な事態に手が回らなくなり始めた。そこで、セルジュたちが立ち上げたのが『自警団』。王国の公認ではないながらも、はじめは協力関係にあったという。


王国と自警団の関係が一変したのは、1年前だった。

突然王国側が、自警団を取り締まりはじめたのだ。


もともと、一般市民は特別な権利がない限り、自ら魔物討伐に臨んではいけない。今までは手も足りない状況で、渋々活動を黙認していたが、自警団が数を増やすにつれそうもいかなくなったということらしい。

セルジュ曰く、市民が魔物討伐に加わることを禁止するのは、建前は市民を守るためであるが、本音は反乱を防ぐためだという。

下手に魔物を倒せるような力を市民が身につけては、その力の矛先がいつ王国へ向くかがわからない。まして、魔物の大量発生により、王国に反感を抱く市民は以前より増している。そんな状況下、王国にとって自警団は最も恐れるべき存在だったのだろう。

王国騎士団はたびたび、自警団の魔物狩りの最中に現れては取り締まりを始めた。自警団の団員たちは魔物を狩りながら王国騎士団の目も避けなければならなくなった。


そしてとうとう昨晩は、王国騎士団を率いる騎士団長でもある王太子が、突然自警団の前に現れたのだった。

王太子は、アルよりももっと光り輝くような金髪で、サファイヤのような瞳をしていた。

目の前にいる彼とは、見た目も表情も言動もまるで違うけれど、わかる。昨日の王太子はアルだった。

なぜ分かるのか、と言われると、なんとも説明出来ないのだけれど、その人自身から溢れる魔力の匂いというか色というかオーラ、それが一致するのだ。

普通の人間はそのようなものは感じないそうだが、高い魔力値を有する魔法使いは感じることもあるという。




そんな私の苦悩も知らず、アルはにこにこと話し続ける。


「でね、リズ、その今日は君に話があって……」

「話?」


少し頬を染めたアルが、忙しなく目を動かす。


「ほら、来週は星の日があるだろ?お祭り、一緒に行かないかなと思って……」


これは、まさか!デートのお誘い!

アルは気弱な人で、こんなふうにお誘いを受けるのは初めてだった。嬉しさで胸がときめ……いてはいけない、のだ。

アルは敵だ。


「もしかして、他に用事入ってたとかなら、全然いいんだけど……」


大体、どういう理由で身分を隠してこんな庶民の焼き菓子店にやってきているのかもわからない。


「星も、空に飛ばすランタンも綺麗に見える穴場があるんだ」


一緒にいるのは危険だし、まして2人で出かけるなんてなおさら。


「リズは星の日のお祭り初めてだろうから、僕が案内できたらいいなと思ったんだ」


いやでも....虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うし....


「もしリズと行けたら、楽しいだろうなとか、思ってさ……」


敵の企みを見抜くチャンスかも?


「どうかな?」

「私でいいんなら、もちろん!」


そうこれは作戦。スパイ活動。

アルはきっと私が気づいてることを知らないから、今探ることが大事なはず。

だから仕方ない!仕方なくアルとデートするんだ!


「じゃあ、星の日の夜6時にお店まで迎えに来るから」


そう言ってお店を後にしたアルを見送る私の胸は、弾むような心地と締め付ける痛みを感じていた。










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