ボクはいつ死んでもいいけど、キミが悲しむのは嫌だな
父親は、私が小さい頃。飲酒運転で、事故を起こした。
それで、若い女性を死なせた。そのせいで、私は学校でいじめられた。
一番ツラいのは、被害者側だ。そんなの、分かっていた。でも、地味にツラかった。
小学校と、中学校のとき。ずっとずっと、嫌味を言ってくる人がいた。意地悪な女の子だ。
「殺人犯の子供。殺人犯の子供」
そう、何度言われたことか。もう、言われっぱなしだった。
おとなしくすること。静かに耐えること。それを、維持しなくてはならない。そう、ずっと思っていた。
なぜかその子は、高校までついてきた。私が行く学校を、こそこそ調べていたらしい。そこまでして、嫌味を言いたいのか。そう思った。
いじめること。悪口を言うこと。それで、ストレス発散していたのだろう。でも、少し優しいときもあった。
「ちゃんと食べた方がいいよ。元気がなくなるから」
すべて、バカにしている訳ではない。どこかで、応援してくれている。そう、解釈することにした。
大学では、逃げ切った。離れることに、成功した。たぶんそこまで、詮索しなかったのだろう。
スッキリした。学校に、私の過去を、知っている女の子。それは、ゼロになった。
父親の事故のことを知る人は、まわりにいなくなった。だから、気持ちを進めやすくなった。
大学で恋をした。キラキラ男子は、苦手だ。そんな男子は、それほど目に入らない。
何かを、抱えている。心配になる。そんな男子に、心は惹かれた。
私よりも暗い。私よりも、楽しそうじゃない。そう感じる人に、魅力を感じる。でも、そんな人なんて、滅多にいない。
不安が溢れている。でも、なんかワクワクする。そんな彼が、かなり気になった。
誰も好きになれない。趣味もそれほどない。そんな男子だった。だからこそだろうか。みんなに優しかった。
一番、寄り添ってくれるような。一番、分かってくれるような。そんな雰囲気を、持っていた。
「料理を作り合う。そんな関係に、なりませんか?」
そう言われて、かなり驚いた。料理で繋がる。そんな関係を、提案されたのだ。まったく、頭になかった。
料理を作り合う関係。料理で繋がってゆく関係。それは、料理が主役だ。私は、助演でしかない。
料理がいなくなったら、消滅する。料理が消えたら、そこで終わりだ。
でも、その提案を受けることにした。彼と、繋がることができるから。他に繋がる方法が、見当たらなかったから。
順調に、料理で繋がった。彼の味覚の満足感を、引き出せた。彼の笑顔も、引き出すことができた。
そして、3回目の料理会。そこで、愛を素直に放った。彼に告白した。
返事は、オーケーだった。すぐに、うなずいてくれた。嬉しかった。
一緒にいられる。そう思うと、幸せだった。でも、少し心配になった。私という荷物が、彼に増えてしまったから。
私の気持ちに、気付きすぎている。私とのことに、全エネルギーを消費してしまっている。そんな気がした。
彼が、体調を崩さなければいい。彼に楽しさが、少しでも芽生えていればいい。そんなことばかり、考えていた。でも、とても幸せなことは、確かだ。
2年生になった。後輩ができた。それは、あまり嬉しい出来事ではなかった。
「先輩。今度、一緒に遊びましょうよ」
そう、彼が言われていた。彼が、1年生に誘惑されていた。しかも、私の目の前で。
それから、少し経った。誘惑してきた女子は、真顔が多かった。彼といるときは、ずっとそうだった。
女子は、私の彼と長く一緒にいた。なのに、全然楽しそうではなかった。私の彼氏が、好きではない。そんな気がしていた。
噂を聞いてしまった。誘惑してきた、あの女子の噂を。食堂で、ひとりでいるとき。聞いてしまった。
その女子は、私と繋がっていた。一度だけ、会っていたのだ。親が、加害者と被害者。そんな、苦しい関係だった。
父親が、事故で死なせた女性。その娘さん。それが、あの後輩の女子だった。そういうことだ。
事実だ。信憑性しかない。顔は知らなかった。でも、私を見る顔は、普通ではなかった。だから、たぶんそうだ。
でも、噂に私の名前は出ていない。他の人には、バレていなそうだ。ただ、バレた方が、楽かもしれない。そう、思ってしまった。
詳しく、私を調べたのだろう。そして、同じ大学に入学してきたのだ。執念、というものだろうか。
私から、奪うつもりだ。大事な人を。好きな人を。私の、大切な存在を。
奪おうとしてるのはいい。奪うという行為は、まあ許せる。でも、そこに恋がないと駄目だ。
好きではないのに、彼氏を誘惑する。そんなのは、嫌だ。せめて、演技はして欲しかった。好きの演技を。
私から、近づいた。そして、女子に話しかけた。勇気なんて、いらなかった。気持ちが、素直にそうさせたから。
「あなた、あれでしょ」
「そうだけど」
「なんで、彼に近づいたの」
「幸せを、壊すため」
彼に別れを告げる。それをしないと、事故のことを、大学中にバラす。そう、脅された。
単純なものではない。私の幸せが、憎いだけではない。かなりの痛み苦しみ。それを、私に与えたかったのだ。
彼を、痛い目に遭わせようとしていた。それは嫌だ。すぐに決めた。ここは、引き下がるしかなかった。
「どうしたのですか。楽しくないですか」
「うーん、あのね。別れようか」
「分かりました。理由は聞きません。さようなら」
彼に別れを告げて、別れた。素直に、別れてくれた。察しすぎだよ。そう心の中で、つっこみを入れていた。
涙が、勝手に流れる。前を向きたい。なのに、どこかしこも、ボヤけていた。
彼は、誰も好きになれない。そんな男子だった。だから、私は特別ではない。そう、ずっと思っていた。
1年の女子は、変わった。あんなに、真顔でいたのに。最近は、楽しそうだ。
私が、幸せではないからか。私の元カレに、恋したからか。もしかしたら、本当に、カレを好きになったのかもしれない。
1年の女子は、モテモテだ。男子から、チヤホヤされている。だから、敵も多かった。
他の女子に、敵視されていた。でも、私の元カレとは、引き離そうとしなかった。
それどころか、ふたりをくっつけよう。そう思っていたのだろう。
カレは、暗くて人気がない。だから、カレといれば安心。そんな、感じだろう。
別れて、半年が過ぎた。カレとあの女子は、付き合っている。そう、確信した。
『ギャーーーーーッ』
ものすごい悲鳴が、聞こえてきた。野次馬は、好きじゃない。なのに、足は悲鳴の方向に、向かっていた。
包丁が、赤く光っていた。立ち尽くす、学生の左手の中で。
あの女子は、壁にもたれて泣いていた。呼吸も、ままならなかった。
床に目をやると、カレが倒れていた。うつ伏せで。床に流れるほどの、赤はない。それだけで、動揺を一段階下げられた。
カレが、女子を助けた。それは、すぐに分かった。カレらしいと感じた。
女子に、それほど怒りを感じていない。だって、誰も直接、傷つけてはいないから。
その後、意識不明は続いた。私と女子は、カレの横にいた。女子から、ここに誘われたから。
なかなか、目覚めてくれない。それでも、近くにいることで、愛が活発になってゆく。
「カレと、別れなければよかった。私が、カレを守ってあげればよかった。あなたの言う通りなんて、しなければよかった」
そう女子に、直接言っていた。
「ごめんなさい。こうなるなんて、思ってなくて」
「あなたに、怒ってるわけじゃないから」
いじめられることに、ビビりすぎていた。愛を、抑えすぎていた。私は守られるより、守りたいんだ。
目を覚ました。カレは、私を見て驚いていた。元気そうで、安心した。
「な、なんでいるの?」
「ああ」
「嫌いだから、別れようとしたんだよね?」
「違うよ」
「何で泣いているの? ボクが、死ぬかも知れなかったから?」
「うん」
「ボクは、あまり感情がなくて」
「知ってる」
「死も恐れていない」
「うん」
「ボクはいつ死んでもいいけど、キミが悲しむのは嫌だな」
「そう。そっか」
その後、しばらく涙が、止まらなかった。