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ガーデンフィーバー
四条 葵
一
古いなあ。
初めてその家を見たとき、後藤涼子は感じた。
京都市中京区六角町。かつては呉服問屋が軒を連ね、京都経済の中心地として栄えたこの地に、その家はあった。
通称「鴻池屋」。明治の昔に、京都の呉服王と言われた資産家が建てた家らしい。
「お嬢さん、この机はどこに? 」
引っ越し屋さんの青年が、マホガニーのライティングビューローを二人がかりで運びながらそう訊くと、母が、ああ、それはこの子の部屋に、と玄関に向けて指さした。
「あなたの部屋は一階よ。ここを入ってすぐ左」
犬矢来が並んだ家の通り沿い。通りに面して、呉服問屋特有の糸屋格子と呼ばれる窓がある。その並んだ窓と窓の間に玄関がある。引き違い戸になったそこを開けると、敷石で整えられた歩道が続き、入り口の格子戸にたどり着く。
「お母さん、ここが私の部屋? 」
「そうよ。六畳の和室。これからは東京の家みたくベッドじゃなしに、畳にお布団を敷いて寝ることになるけどね」
「じゃあ、そこにこれを」
その六畳間の襖を開けて部屋を初めて見た。入口に相対して四枚の障子が並んでいる。下の部分が硝子窓になっている雪見障子だ。壁はいわゆる京壁というやつで、くすんだ茶色だ。右手に次の部屋との襖がもう一つあり、欄間には鴨居に掛けられた古そうな書が飾られていた。
「これなんて読むんだろう? 」
そう思っていると、引っ越し屋さんがライティングビューローを置きながら、この場所でいですか? と尋ねた。はい。そこで結構です。
天井からは西洋風の二灯式のシャンデリアが下がっていた。乳白色のガラスシェードで、ロカイユ文様が施された本体は真鍮製だ。
「和洋折衷ってやつね」
「どう? 気に入った? 」
母がそう訊いたので、涼子は悪くないと思う、と答えた。
「障子開けていい? 」
「好きにして」
ひんやりした部屋に入り、そっと障子をひいた。
「うわあ……」
それは京町家特有の空間だった。向かいには古そうな蔵があり、両側は茶色の杉皮を張った塀になっていた。いわゆる中庭というやつだ。残念だったのは、そこが緑溢れる美しい庭園ではなく、冬枯れた雑草と薄の繁茂した荒地だったことだ。
「このお庭はね、前の所有者が作らせたお庭らしいんだけど、手放してから一切手が入ってないそうよ」
「そうなんだ……」
すぐ下を見ると、いわゆる沓脱石と呼ばれる四角い石があって、これこれ、と言って母がサンダルを持ってきた。それを履き、庭に降りる。
庭は十二畳程の敷地で、四方を建築物が取り囲んでいる。上を見ると四角い早春の青空が見える。薄にかくれてよく見えなかったが、涼子の背丈程の石灯籠が一基、置かれている。足元を見ると、碁盤よりももう少し大きい六角形の石がある。真ん中が丸くくり抜かれていて、枯葉が数枚、重なっていた。
「ああ、それはね、六角蹲踞っていって、前の所有者さんがこの家と一緒に手放したそうよ」
「これ、古いの? 」
「どうかしら、明治四十二年のこのお家の完成時には既にあったらしい、とは聞いてるけど……」
涼子はそこにしゃがんで、その六角蹲踞を見た。一見すると御影石に見える。灰色のざらついた表面を、そっと触ってみた。
―水が、欲しい―
「え!? 」
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
「お母さん、今なんか言った? 」
振り返ると、既に母の姿はなかった。