表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガーデンフィーバー  作者: 四条葵
1/1

上賀茂高校園芸部へようこそ

ガーデンフィーバー

            四条 葵

                              

 一

 古いなあ。

 初めてその家を見たとき、後藤(ごとう)涼子(りょうこ)は感じた。

 京都市中京区六角町。かつては呉服問屋が軒を連ね、京都経済の中心地として栄えたこの地に、その家はあった。

 通称「鴻池屋(こうのいけや)」。明治の昔に、京都の呉服王と言われた資産家が建てた家らしい。

「お嬢さん、この机はどこに? 」

 引っ越し屋さんの青年が、マホガニーのライティングビューローを二人がかりで運びながらそう訊くと、母が、ああ、それはこの子の部屋に、と玄関に向けて指さした。

「あなたの部屋は一階よ。ここを入ってすぐ左」

 犬矢来が並んだ家の通り沿い。通りに面して、呉服問屋特有の糸屋格子と呼ばれる窓がある。その並んだ窓と窓の間に玄関がある。引き違い戸になったそこを開けると、敷石で整えられた歩道が続き、入り口の格子戸にたどり着く。

「お母さん、ここが私の部屋? 」

「そうよ。六畳の和室。これからは東京の家みたくベッドじゃなしに、畳にお布団を敷いて寝ることになるけどね」

「じゃあ、そこにこれを」

 その六畳間の襖を開けて部屋を初めて見た。入口に相対して四枚の障子が並んでいる。下の部分が硝子窓になっている雪見障子だ。壁はいわゆる京壁というやつで、くすんだ茶色だ。右手に次の部屋との襖がもう一つあり、欄間には鴨居に掛けられた古そうな書が飾られていた。

「これなんて読むんだろう? 」

 そう思っていると、引っ越し屋さんがライティングビューローを置きながら、この場所でいですか? と尋ねた。はい。そこで結構です。

 天井からは西洋風の二灯式のシャンデリアが下がっていた。乳白色のガラスシェードで、ロカイユ文様が施された本体は真鍮製だ。

「和洋折衷ってやつね」

「どう? 気に入った? 」

 母がそう訊いたので、涼子は悪くないと思う、と答えた。

「障子開けていい? 」

「好きにして」

 ひんやりした部屋に入り、そっと障子をひいた。

「うわあ……」

 それは京町家特有の空間だった。向かいには古そうな蔵があり、両側は茶色の杉皮を張った塀になっていた。いわゆる中庭というやつだ。残念だったのは、そこが緑溢れる美しい庭園ではなく、冬枯れた雑草と薄の繁茂した荒地だったことだ。

「このお庭はね、前の所有者が作らせたお庭らしいんだけど、手放してから一切手が入ってないそうよ」

「そうなんだ……」

 すぐ下を見ると、いわゆる(くつ)脱石(ぬぎいし)と呼ばれる四角い石があって、これこれ、と言って母がサンダルを持ってきた。それを履き、庭に降りる。

 庭は十二畳程の敷地で、四方を建築物が取り囲んでいる。上を見ると四角い早春の青空が見える。薄にかくれてよく見えなかったが、涼子の背丈程の石灯籠が一基、置かれている。足元を見ると、碁盤よりももう少し大きい六角形の石がある。真ん中が丸くくり抜かれていて、枯葉が数枚、重なっていた。

「ああ、それはね、六角(ろっかく)蹲踞(つくばい)っていって、前の所有者さんがこの家と一緒に手放したそうよ」

「これ、古いの? 」

「どうかしら、明治四十二年のこのお家の完成時には既にあったらしい、とは聞いてるけど……」

 涼子はそこにしゃがんで、その六角蹲踞を見た。一見すると御影石に見える。灰色のざらついた表面を、そっと触ってみた。

―水が、欲しい―

「え!? 」

 どこからか、そんな声が聞こえた気がした。

「お母さん、今なんか言った? 」

 振り返ると、既に母の姿はなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ