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「つまり、《ユグドラシルの愛し子》の称号が無くなれば、花になる事はない、と?」
侑李がテーブルの上の『ハイデルト歴』を眺めながら言う。
ところ変わって、リーズレットさんの執務室。
私と侑李、ミカドちゃんにリーズレットさんとラウムさん。
テーブルの上に『ハイデルト歴』を開いて話を進める。
「そうじゃ。どうやら神々は我々の持つ能力と、その存在が繋がっておると推測出来る。」
リーズレットさんは腕を組みながら言う。
「だけど、もしかして愛し子の称号を無くす事が出来たとして、その時にユージルやユグドラニアに何が起きるか、わからない。」
私が言えば、侑李は、は?と口を開ける。
「ダメじゃねぇか。正直、ユージルがどうなろうと俺はかまわねえけど、それでこの世界が危険なことになるってのは、嫌だ。」
眉間に皺を寄せる侑李に思わず微笑んでしまう。
ここに来た時は、あんなに嫌がって、なかなか受け入れられなかった侑李が。
侑李もここに大切なものが出来たんだ。
「うん、だからね?実際に無くすんじゃなくて、それを囮にユージルと話が出来ればいいと思うの。」
私が説明をすると、侑李もホッとした顔になる。
「なるほどな。だけど、どうやるんだ?称号を無くすなんて、出来るのか?」
「そこじゃ。スキルについては使わなくなることで淘汰されてしまうらしい事はわかったのじゃが、称号についてはどうにも……」
リーズレットさんも考え込んでしまった。
称号、か。
私たちが称号を得たのは、こちらの世界に転移してきた時。
あと、日帰り温泉で、ラウムさん達にお酒を飲ませた後も増えてたなぁ。
と、すると。
この世界に何か影響のある事をした時に、称号がもらえる?
でもそれは称号を得る場合であって、無くなる時ではない。
今のところ、増える事はあっても
無くなることはないのだ。
「ねーちゃん。この前も言ってたけど、一回ねーちゃんのステータス、見てみようぜ。何か変わってるかもだし。」
唐突に侑李に言われて、私はスマホを取り出した。
じっと、眺めてみる。
そもそも、これ、なんなんだろう?
買い物も出来るし、地図アプリもあるし、いろいろ便利〜!くらいに思ってたけど、考えてみればおかしい。
たしか、ユージルもこれについては自分は関与してないって言ってたし。
じゃあ誰が、これを持たせてくれたんだろう。
私はステータスを開く。
浅葱 斗季子
20歳
HP 10000
MP 50000
称号
銀狼将軍の子 転移者
ユグドラシルの愛し子
酒神のお気に入り
湯goodラニアを造る者
温泉神(見習い)
……………。
……………ちょっと、待て。
記された文字に頭が痛くなる。
私はそのままソファに力無くもたれこむ。
ポトリと、私の手からスマホが落ちる。
「ねーちゃん?!」
侑李の心配そうな声が、遠くに聞こえる。
責任者、出てこい……!!
落ちたスマホを拾い、再びソファに崩れる。
あまりにもあまりな事態に何も言えない。
私はもう一度スマホを眺めてみた。
なんだ、これは?!
なんでいつの間に《温泉神》とやらに?!
しかも(見習い)ってなんだ?!
神に見習いとかあるのか?!
そして。
「湯goodラニアって、何……?!」
ダジャレにしても酷すぎる……!!
「は……はははは、は……。なんだよ、これ!!!」
横からスマホをのぞいた侑李が、乾いた笑いの後に激昂した。
「ねーちゃんいつ温泉神なんかになったんだよ?!あと、湯goodラニアってなに?!」
私の思考をなぞるような事を言って、侑李が私の肩を掴む。
反論することも出来ぬ……!
私はただ力無くスマホを眺める。
こっちが聞きたいんだよ!
「ユウリよ、妾にも見せよ。」
リーズレットさんが緊張した面持ちで侑李に手を差し出した。
「ええ、見てください。このねーちゃんのふざけたステータスを!ほら、ねーちゃん!ここに置いて!」
侑李にヤケクソ気味に言われ、テーブルにスマホを置く。
リーズレットさんとラウムさんは、しばらくジッと画面を覗き込んでいたけど、その後。
ふうぅ、と大きなため息とともに、私と同じようにソファに沈むリーズレットさん。
腕を組みながらぎゅっと目を閉じて黙り込んでしまうラウムさん。
しばらく、誰も何も言えず、動けない時間が流れた。
「……‥無理じゃ。」
やがてリーズレットさんがポツリと呟く。
「妾1人では、無理じゃ。なんとか4大公爵、特にエレンダールを呼ぼう。」
リーズレットさんの言葉に私は体を起こす。
「トキコよ。其方、おそらくこのユグドラニアを作り変えておるぞ。」
重々しく、リーズレットさんが言う。
何を言われたのかわからなくて、目を瞬く。
「花になる、どころの話ではないな。おそらくその方法は、すでに見つかっておる。というか、ユージル様の知らぬところで、動き出していたのであろう。何者かが、妾達の知らぬ、いや、この世界の神々すらも知らぬ大きな力が其方を守るために動いていたのじゃろう。」
神妙に言うリーズレットさんに、目を見開く。
「それって、どういう……?」
なんとか声を絞り出せば、リーズレットさんは目を閉じて、呼吸を整えた。
「妾にも確かな事はわからぬ。しかしな、これを見る限り、どうやら其方は新たな世界を創りつつあると見える。」
新たな、世界。
思考が追いつかなくて、頭が真っ白だ。
「いや、新たな世界、というのも少し語弊があるか。この世界、ユグドラニアに上書きしているというのが正しい見解かもしれぬな。しかしその見解も果たして合っているかどうか……。いずれにしても妾ひとりの手には有り余る事態じゃ。」
リーズレットさんはこめかみに手を当ててため息をついた。
「なんと言えば、いいかのう。《ユグドラシルの愛し子》の最終的な役割が、ユグドラシルの花となり、種を生む事ならば、それを避けるには、より大きな存在となるしかあるまい。そしてそんな存在なぞ、このユグドラニアにおらぬ。」
リーズレットさんは悩ましげな顔で続ける。
「おらぬならば。」
「…‥おらぬならば?」
「作ればよい。」
!!!!
そんな、どこぞのマリーアントワネット的な事でいいの?!
お読みくださりありがとうございました。