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「………リーズレットさん、本当にここ、禁足書庫なんですか?」
私は積み上げられた書物を前に、じっとりとリーズレットさんを見る。
「な……?!無礼な!!どの書物も、この上なく貴重なものであろう?!一目でわかるじゃろうが!!」
リーズレットさんは目を吊り上げて私を睨む。
うーむ。
そうは言っても。
私は傍らの巻物を手に取ってみる。
『酒をより旨く飲むつまみと酒を飲むタイミングについての考察』
巻物にはデカデカとそんなタイトルが記されており、つらつらと、どのつまみとどの酒が合うか、また、そのつまみに使われる食材の旬について書かれている。
ちなみに最後に『ミミル=ヨランダ著』と書かれていた。
ヨランダ……。
「おお!それはラウムの曽祖父に当たるミミル酒豪王の著作じゃな!」
リーズレットさんが喜色を浮かべて覗き込んでいる。
やはりラウムさんの関係者でしたか。
そしてなんだその『酒豪王』ってのは。
「『ミミル=ヨランダ』その名を今にも伝える、伝説の酒豪じゃ。時の族長と飲み比べをし、完膚なきまでに族長を叩きのめしたと聞いておる。そしてその褒賞として伯爵位を授かったともな。」
リーズレットさんはほぅ、とうっとりした顔で聞いてもいない事を喋り出した。
伯爵位って、飲み比べでもらえるものなのだろうか……?
私は次の書物に目を向ける。
『鉱山で一杯』
『二日酔いのメカニズムと対処方について』
『金鉱脈と俺』
『実践!ドワーフ娘の口説き方』
「リーズレットさぁぁん!!絶対ここ、禁足書庫じゃないですって!」
「おお!あったぞ!」
およそ貴重本とは思えないタイトルの書物ばかりな様子に私が悲鳴をあげると同時に、リーズレットさんは一冊の本を取り出す。
期待薄だなぁ、と思いながらも、とりあえずその本を見てみる。
「『ハイデルト歴』じゃ。ここにはこのハイデルトの成り立ちから今に至るまでが書かれておる。」
おお!あるじゃないか!
まともそうな物が!
私はいそいそとリーズレットさんの隣に立つ。
リーズレットさんは相当古そうなその本を丁寧に開いた。
それによると。
ハイデルトは元々砂漠の地で、何もなかったらしい。
そこに石の神がダンジョンを作ったのが始まり、とあった。
ダンジョンには様々な鉱石が埋められ、その鉱石を採掘するために、狭い坑道でも進んで行けて、硬い鉱石を掘り進められる、体が小さく力の強いドワーフ族が生まれたとある。
なるほど。
「ふむ。我がドワーフ族が他種族に比べ体が小さいのはそのような訳か。」
リーズレットさんも納得顔だ。
っていうか、リーズレットさんも初めて読んだのだろうか?
こういうのって、族長は勉強したりしないの?
少々疑問に思ったけど、そのまま読み進めることにする。
しかし、ある時ドワーフ族に反乱が起きる。
狭く暗い坑道で、ひたすら鉱物を採掘する日々。住む土地は砂漠地帯で、そこでの生活は厳しいものだ。
鉱山で得た鉱石や、それで作ったものを他領で売っても水さえ少ない土地に住んでいては生活はなかなか豊かにならない。
ドワーフ族は他領への移住を始める。
それに困った石神はダンジョンのそばに一つの泉を作った。
泉の水は飲むと気分が良くなり、疲れた体に心地よい眠りを誘う。鬱積した感情を解放する力があり、その水を飲んだ者はあるものは歌い、あるものは泣き、嫌な事を忘れさせてくれる力があるものだった。
こ‥‥これは。
「酒の…泉…。」
「なんじゃと?!鉱山のそばに酒の泉じゃと?!」
リーズレットさんは大きく叫んだ。
「た……大変じゃ!!すぐに、調査をしなければ……!!」
「待って!待ってください!先にこっちを読み進めましょう!」
今にも書庫を飛び出して行きそうなリーズレットさんの手を掴む。
「しかしトキコよ……!」
落ち着かない様子のリーズレットさん。
どんだけ酒が大事なんだ!
もはやアル中の域だ!
「お願いします!私も、あまり時間があるとはいえません。」
私がそう言うと、リーズレットさんはハッと目が覚めたような顔になる。
「そうじゃな。すまぬ、トキコ。少々狼狽した。」
少々でなく狼狽してたよ!
心の中でツッコミを入れて、再び本に目を向ける。
その後、ドワーフ達はその泉を広げようと、周囲に大きなため池を作ったそうだ。しかし、泉の水は不思議な事に、ため池に広がるとただの水になってしまった。
ドワーフ達は落胆したが、大きなため池ができた事でその周囲はオアシスのようになり、暮らしやすい環境になった。
そしてそのオアシスの範囲を少しずつ広げ、今のハイデルトになったのだ。
「ふむ……。ハイデルトの成り立ちについてはわかったが、トキコの問題を解決するヒントは見当たらぬな。」
リーズレットさんが小さくため息を吐く。
私も少しがっかりした。
だけど。
「もう少し、読んでみたいと思います。」
「うむ。」
私たちは再び本に向かう。
「お?トキコよ。トキコのご先祖だという、ロバート殿の事が書かれておるぞ。」
リーズレットさんの声に私は本を凝視した。
例の、ドワーフ達のスキルが無くなってしまった原因!
そのせいで私が握手会をする羽目に!
ある時、ハイデルトに1人の男が現れた。名をロバート。その男は優れた鍛治職人だった。その男の打つ剣は、これまで見た事もないものだった。強く、しなやかで美しい片刃の剣。ドワーフ達はたちまちその男の技術に魅了された。
しかし、それこそがハイデルトの転機であった。
その男の言葉で我々は《鉱物錬成》のスキルを使わなくなった。
これまで万能石をスキルの力で様々な鉱石に錬成してきたが、その力を使う事なく鉱山にある鉱物のみを採掘していく事が、漢の生き方という美学が広がった。
そして、それを境にこれまで我々と共にあった石神が姿を消した。
神の消失に我々は慌てたが、失われたスキルは戻る事なく、また神も戻らなかった。
「ちょっと待てーー!!!」
大変な事じゃないか……!!
何やってんの?!
ロバート!!
「うわぁぁぁ!!うちの先祖が本当にごめんなさい!!」
私はリーズレットさんに頭を下げる。
まさかスキルだけでなく、神様まで失われていたなんて……!!
ごめんなさいじゃ済まない事態だ!!
背筋が冷える私に、リーズレットさんは何故か見向きもせず、顎に手を当てて何かを考えこんでいる。
「リ……リーズレットさん……?」
もしかして、ものすごく怒っているのだろうか?
いや、ものすごく怒って当たり前なんだけど!
しかしリーズレットさんが出した声は、とても冷静なものだった。
「トキコよ。見つけたかもしれぬぞ。」
「……へ?」
「トキコが花にならずにすむ手がかりじゃ。ご先祖に感謝するのじゃな。」
「リーズレットさん?」
思っていたのと違う、リーズレットさんの言葉に、私は首を傾げた。
「スキルが消えると共に、神も姿を消す。ならば、トキコの持つユージル様と、ユグドラシルと繋がる称号が無くなれば、ユージル様の力も削がれ、トキコも花になる事はないのではないか?」
リーズレットさんの言葉に、私は息を飲んだ。
ユージルの、力が削がれる?
だけど、そんな事をしたら。
「そ…それはつまり、ユグドラニアにとっては滅亡を意味するのでは…?」
私が震える声で聞けば、リーズレットさんはフルフルと首を振る。
「うむ。本当にそんなことになればな。しかし、もしそのような事が出来たとして、トキコがそのようなそぶりを見せれば、ユージル様も黙ってはおらぬじゃろう?ユージル様と、対等に話が出来るようになるのではないか?」
リーズレットさんに言われて、ハッとする。
「リーズレットさん!!天才です!」
ぶわ、と頰に熱が集まる。
道が見えてきた感じだ!!
「うむ!それでは早速、ユウリ達にもこの話を聞いてもらわねば!」
リーズレットさんも力強く頷いた。
お読みくださりありがとうございます。