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「だからって、なんでここに来るのよ!!!」


鼓膜を破られるような、オカマの悲鳴。


「エレンダールさん、もう少し声を落としてくれませんかね?」


遠慮がちに申し出てみれば、エレンダールさんはこめかみに青筋を立てた。


「大きな声も出るわよ!!アンタ、ユールノアールが滅ぼされてもいいっての?!」


私たち侑李は、あれからオルガスタ領を出て、南へと向かった。


理由は当然、前にエレンダールさんが言ってた一言。


『ユージル様には気をつけなさい』


これだ。


こんな事を言うからには、エレンダールさんがなにか知っていると思うのは当然である。


いきなり巨大犬に跨ってやってきた私に、ユールノアールのエルフ達は騒然となり、すぐにスフィアリールさんが出迎えてくれた。


いや、出迎えてくれた、というか、ガッチリ武装して、討伐する気満々的な感じだったけど。


しかしスフィアリールさんは、巨大犬の上の私を見ると、その殺気を鎮めて侑李犬共々、象牙塔に案内してくれたのだ。


エレンダールさんは腕に大火傷を負った私にものすごく驚いた様子で、すぐに癒しの魔術をかけてくれて、おかげ様で私の腕はすっかり元通りだ。


さすがエレンダールさん。


そのあと、エレンダールさんにこれまでの経緯を説明して、今に至る。


「エレンダールさん、私に教えてくれたじゃないですか。『ユージルに気をつけて』って。だから、何か知ってるかもしれないと思って。」

私がそう言うと、エレンダールさんは大きくため息を吐いて、椅子に座り込んだ。


「ああ、そうね。確かに言ったわね。でもまさか、私のところに来ちゃうなんて……。しかもユージル様を振り切って……。ああ、もう。ユールノアールはどうなっちゃうのかしら……。」

こめかみを押さえながら、ボソボソと呟く。


しばらく悩ましげな顔をしていたエレンダールさんだけど、やがて諦めたのか、スッと顔を上げた。


「仕方ないわね。私の知っていることは、教えてあげるわ。」

エレンダールさんはため息混じりに言って、肩をすくめる。


「トキコちゃんも知っての通り、私はこの世界で、長く生きているわ。」

「はい。見かけによらず、大層なおじいちゃんなのは知ってます。」

「……アナタ、こんな状況でも失礼なのね。ええ、でもその通りよ。そして、私がそうであるように、エルフ族は、とても長命なのよ。だから、他の領土では失われてしまった知識や歴史も数多く残されているの。」


エレンダールさんの言葉に期待に胸を膨らませる。


これはなかなか良さげな話が聞けるんじゃない?

長命なエルフにしか伝わってない知識なんて、それだけでも興味深い。


私は身を乗り出した。


「ユグドラシルがこの世界に芽吹いたあと、最初に誕生したのはエルフ族だと言われているわ。世界樹を見守る緑の神が降臨して、その眷属としてエルフ族は生まれたのよ。」

エレンダールさんは昔語りを始める。


「まだ、この世界が生まれたばかりの頃、緑の神は地上に顕現していて、エルフ族と共に暮らしていたと伝えられているの。まあ、言ってみれば子が育つまで見守る親の様なものね。」


神様の顕現。

その眷属としてのエルフ族の誕生。


本当にファンタジーの世界だ。


もちろん今までの出来事で、自分がファンタジーの渦中にいるということは、十分わかっていたつもりだ。


だけど、自分の身に危機が訪れて、そこから逃れるためのヒントになる話かもと思うと、聞き方にも身が入る。


「その、はるか昔から伝わる話よ。緑の神は、エルフ族にこう言ったそうよ。『いつか、この世界にユグドラシルの愛し子が現れ、世界樹の花となる。そして新たな世界が生まれるのだ。』ってね。大昔のお伽噺みたいなものだし、正直気にも留めてなかったんだけど、トキコちゃんが現れ、そしてユージル様の顕現があったとなれば、ただのお伽噺とはいえないと思ったの。」


エレンダールさんの話に私は目を見開いた。

あまりにもユージルの言った事そのままだ。


「ユージル様は今は人の形をとっていて、分け隔てない穏やかな方だわ。だから忘れそうになるけど、あの方はこの世界の世界樹。この世界を見守り、育てる神のようなもの。そう考えたら、私も怖くなったのよ。それで、あんな事を言ったの。もしかしたら、トキコちゃんにとって、望まない事になるかもしれないと思ってね。」


エレンダールさんは、立ち上がり私の肩に手を乗せた。


「トキコちゃん。神は人の常識が通用しないわよ。それに、その意思に逆らうことは、並大抵のことでは出来ない。この際だから、厳しい事を言わせてもらうとね。貴女の判断一つで、このユグドラニアが滅んでしまうかもしれないわ。」

エレンダールさんの目が強く光る。


「……怖いこと言わないでください。」

私のささやかな声を聞いても、エレンダールさんは表情を変えてくれなかった。


いやだ。


そんなこと。


もうこの世界には私の大切な人が、大切なものがたくさんあるのだ。


だけど。


だからといって、はいそうですか、と人としての自分を犠牲にするなんて、出来っこない。


選べない。

こんな究極の選択、あるだろうか?


うつむいた私にエレンダールさんはため息をついて、頭を撫でる。

「この前も話したけど、私としてはトキコちゃんの味方だし、トキコちゃんには幸せになってほしいと思ってる。トキコちゃんが自分で自分の道を選んでほしいと思ってる。でもね。」


エレンダールさんの声が、バリトンに変わる。


「私は、ユールノアールの領主。そして、ユグドラニアの4大公爵のひとり。ユージル様の意思に叛くことも出来ないのよ。」


思わず、呼吸が止まる。


私はしばらくじっとエレンダールさんを見ていた。

エレンダールさんも目を逸らさずに私を見て、その意思を伝えようとする。


先に目を逸らしたのは私だった。


「エレンダールさん、ありがとうございます。それから、ご迷惑をおかけして、すみません。エレンダールさんの立場もわかります。」


私がそういうと、エレンダールさんは泣きそうな顔になって私を抱きしめた。


「ごめんなさいね。トキコちゃん。力になれなくて。でもね、これは、私の考えなのだけど、世界樹の最終的な目的は、おそらく新しい世界を作るための種よ。いいえ、世界樹の目的というより、さらに大きな何かの目的なのかしらね。ユグドラニアのような世界、トキコちゃんが産まれた世界のようなものを創造して、広げていく事が目的なのかもしれないわ。」


さすが、長い時を生きるエルフだ。

だんだん話が壮大になっていって、頭がついていかないけど、エレンダールさんの話はそうかもしれないと思わせるものだった。


そうだとしたら、私の元いた世界も、同じように作られたものなのだろうか?


たしかに世界樹の伝説やなんかは聞いたこともあるけど、ゲームや物語の中の話だ。


でもその話の出どころはどこなんだろう。


もしかしたら、実は元の世界にも、本当に世界樹のようなものがあるのかもしれない。


そしてそれが、色んな伝説の元になったのかもしれない。


ついついそんな事を考えてしまうが、今はやめよう。


今は、自分の事と、みんなの事を考えなきゃ。


「ありがとうございます。エレンダールさん。もしかしたら、それを探る事が解決につながるかもしれません。力になれないなんて、言わないでください。お話を聞かせてくれて、ありがたいです。本当は忠告するのだって、出来ないはずだったんですよね。」


「……トキコちゃん。」


「私、エレンダールさんの事、大好きです。オカマだけど、すごく美人で、優しくて、ちゃんと怒ってくれて。オカマだけど、私にとって、おじいちゃんみたいな存在だと思っています。オカマだけど。」

「………おかしいわね。素直に喜べないどころか、怒りを覚えるわ。」


エレンダールさんの私を抱きしめる腕が不穏な強さになる。


私はよし、と気合を入れて、エレンダールさんから離れた。


「私、行きます。私が花にならずに済む方法がないか、探してみます。もちろん、エレンダールさんたちの住む、ユグドラニアも守れるように。」

私が笑顔で言うと、エレンダールさんは大きく頷いてくれた。


「ユールノアールに次いで古い土地は、ニフラよ。竜族にも何か伝わっているかもしれないわ。」


エレンダールさんはそう教えてくれて、私は頭を下げた。

「ありがとうございます。でもリグロさんにもご迷惑をかけてしまいますね。」


私が竜族の地を訪れることは、こうなった以上、歓迎される事ではないだろう。


そう思って言うと、エレンダールさんは肩をすくめる。


「確かにそうね。でもきっとリグロも、私と同じようにトキコちゃんの事を心配してくれると思うわ。」


エレンダールさんの言葉は温かく、とても嬉しかった。


私はエレンダールさんの手を再度、握る。


私の力は、《ユグドラシルの愛し子》としてのものだ。


だから、こんなことをしても、ユージルに対して、抵抗するには何の効力もないかもしれないけど。


「エレンダールさん、そして、ユールノアールのエルフの皆さんを守れますように。」

私はありったけの気持ちを込めて、その手を握る。


その瞬間、エレンダールさんの体が、眩い光を放った。


そしてそれは、部屋中に広がり、さらに窓から漏れ出していく。


「?!!……トキコちゃん……何を……?!」

エレンダールさんの驚く声が聞こえる。


「さようなら、エレンダールさん!どうか、どうかお元気で!」


光の奔流が収まるのを待たず、私はエレンダールさんの前を後にした。





お読み下さりありがとうございました。

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