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お父さんはすっかり過去のお母さんとの馴れ初めに酔っ払っていた。
ええ、そりゃあもう、明日は二日酔い確定ってくらいの酔っ払いぶりだ。
「ぜってぇ信じらんねぇ早く治せよその厨二病!治んなきゃそのネタでラノベ書いて印税稼いでこい!」
侑李も辛辣に言い放った。
まったくごもっとも。
侑李の意見には全面的に賛成だが、状況がお父さんの話が現実であると物語っている。
どうするよ、これ。
私はあまりの出来事に一周回って落ち着いてしまったので、とても冷静に頭が働いてくれた。
「それで?その話が事実だとして、ここはそのオルガスタ?とかいうところなんでしょ?元に戻る方法は?」
勤めて冷静に問うてみると、お父さんは困ったように頭を掻いた。
「それがなぁ…正直、見当もつかない。」
「はぁ?!なんだよそれ!」
さっきまでぜってぇ信じねかった侑李が即座に突っ込んだ。
弟よ。なんだかんだで信じちゃってるじゃないか。
「その、話に出てきた世界樹の葉とやらは?」
「あるにはある。おそらく、公爵家にな。」
となると、その世界樹の葉とやらを手がかりにするしかないんだろうなぁ。
「うーん、どうなかぁ。」
トレイにサンドイッチの盛り合わせを乗せて、お母さんがキッチンから出てきた。
「はい。朝から何も食べてなかったでしょ?」
そう言われて空腹に気がつく。
たしかに。
なんだか色んな事が起こり過ぎて忘れていた。
それはみんなも同じだったらしく、それぞれサンドイッチに手を伸ばす。
「んで?どうなかぁってどういう意味だ?」
お父さんがもぐもぐしながら尋ねた。
「実はねぇ。あなたが来てから母に聞いた話なんだけど。うちの家系ってちょっと特殊でね。過去に、突然神隠しにあった人が何人かいるらしいの。母が言うには、世界を渡って行ったって。」
お母さんがそう言うと、お父さんの目が見開かれる。
「…聞いてねぇぞ!」
心底驚いた声。
お母さんはそんなお父さんをみて困ったように笑った。
「うん。私もね、あなたが来てからしばらくして聞いたの。なんでも、うちの家系って不思議な体験をする人が時々産まれるらしいの。そういう人はね。そっちの世界に行く事もあるんだって。それで、そうやって消えていった人は1人も帰ってこなかったそうよ。」
なんと…!
今更ながらに知る浅葱家の事実!
そんな不思議一家とはミスター都市◯説もびっくりである。
「ちょっと思い出してみて?私の名前、カレンでしょ?おばあちゃんの名前は?」
そう言われてふむと考える。
おばあちゃんの名前…確か。
「サラ。」
私より早く、侑李が答えた。
「浅葱沙羅だよな?ばあちゃん。」
それにお母さんは大きく頷いた。
「そうそう。じゃあ私のおばあちゃん、ひいおばあちゃんの名前、わかる?」
そう尋ねられるがどうも覚えがない。
2人で首を捻っていると、お母さんはニッコリと笑うって答えた。
「ひいおばあちゃんね、杏樹、っていうの。
どう思う?昭和の初期の人よ?なのにアンジュ。さらにその母親は江蓮って名だったそうよ。」
たしかに違和感がありまくりだ。
どこの西洋かぶれだと思われただろう。
「男の人もね、ケントにジャン、ロバートなんてのもいたみたい。」
それはすごいな。
生粋の日本人でそれだと、かなり苦労もあっただろうに。特に戦時中は。
「これってね。向こうに渡った時に馴染めるようにって事らしいのよ。だから、外国人っぽい名前をつけるようにって。」
ほほう。
なるほど。
先祖代々に伝わる風習ってやつか。
ん?待てよ?
「え?でも、それじゃ私は?」
ふと思う。
私の名前は斗季子だ。
弟の侑李はまだわかる。
ユーリってなんか外国でもありそうだもの。
でもトキコは無い。絶対に無い。
「ああ、それは…ね。」
お母さんが口籠もった。
なんだその奥歯にものが挟まったような顔は。
いかにも何か私に対して申し訳ない事がありそうな顔は!
お父さんがそんなお母さんをみてこちらに向き直った。
「お前達には、今の名前とは別にもうひとつ名前があるんだ。」
キリッとして言われる。
なんだそれは。
あれか?よくキリスト教とかである、クリスチャンネーム的な、あれか?
侑李と2人、顔を見合わせてからお父さんを見ると、お父さんは大きくうなずいた。
「もちろん役所に届けたわけじゃないが、俺の故郷の血も受け継いでいると何かで残したくてな。侑李、お前はユリウスだ。」
言われた途端、侑李はブッハァとお茶を吹き出した。
「な…なん?!え?ゆ、ゆりうす?!」
どこぞの皇帝陛下のような名前が自分の名前だと告げられ、侑李はあからさまに動揺した。
「そうだ。正しくはユリウス=ウォードガイア。ウォードガイア公爵家の継承者だ。」
「やだよそんな厨二病!巻き込まないでくれ!」
侑李、厨二病ってフレーズがお気に入りなんだね。
うんうん。あんたも立派な患者だよ!
「そして斗季子。」
「え?」
話がこちらに向いて、背筋に冷たいものが走った。
「お前はリリアンフィア。リリアンフィア=ウォードガイア。ウォードガイア公爵家の姫だ。」
ドドーーン!!
リ…リ…リリアン…フィア…。
あまりに自分と見合わないその名前に
なかなか事実を飲み込めない。
あ、いかん。目眩が…。
「私は止めたのよ?ちょっと盛りすぎじゃないかって。でも、初めての子供で、お父さんはしゃいじゃって…。そのかわり、斗季子っていう日本人的な名前にしたの。」
お母さんが必死にフォローしてくれている。しかしあまりの事に、ほとんど耳に入ってこない。
そして私は。
巨豚を前にしても、その死体を前にしても、鋭い大振りな剣を前にしてもしっかりとその足で立っていた私は。
自分の名前のあまりにあまりな響きに意識を失った。
ありがとうございました。