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「なんっっっじゃ、こりゃああああ!!」


部屋中どころか、廊下にまで転がる酒の瓶。

至る所で酔い潰れて眠る人たち。

食べ物はそこらじゅうに散乱し。

誰かが脱ぎ散らかした服も転がっている。


「わ……わ……わ……!」

ワナワナと唇が震えて、うまく言葉が出ない。


「あ!!ねーちゃん!!よかった!帰ってきた!!」

廊下の向こうから、侑李が疲れ切った顔をのぞかせて私に駆け寄ってくる。


「私の!!日帰り温泉が!!!」


ありえないひどい惨状に、叫ぶと同時にめまいがして、くらりと体が傾く。


「ねーちゃん?!」

床にくずおれそうになったところを侑李が支えてくれる。


「………侑李。これは一体、どういうことだい?」

「ヒィッ!!ごめんなさい!!」


我ながら地の底から響くような低い声が出たもんだ。

私の問いかけに侑李はひきつった顔で反射的に謝った。


「詫びはいいんだよ。どういう事か、説明しなさい。」

侑李の腕をガシッと掴んでずいっと顔を近づける。


「か……神様が!!突然、神様が、押し寄せて来て……!!」

「ハァン?」


言い訳するにももうちょっとマシな言い訳はないのか?


侑李の突拍子もない言い訳に、外人風になりながら聞き返せば、侑李は困った顔になった。


「本当なんだよ!俺だって、信じられないし、信じたくねぇよ!だけど!」

「だけどじゃない!!」


私は侑李の腕を乱暴に放し、ズンズンと廊下を進む。


「ちょっと!!どちら様ですか?!こんなに荒らしたのは?!」


本心では「誰だ!この野郎!」と叫んでやりたかったが、わずかに残った理性で押しとどめる。


踏み込んだお休み処には、只今宴会真っ最中の人々。

その人々の視線が一斉に集まる。


一瞬、シンと静まり、動きが止まるが、やがてひとりの男性がパアァ、と顔に喜色を浮かべて声を上げた。


「おおっ!!オヌシだな?!ユグドラシルの愛し子は!」

「……そう、ですけど。」

あまりにも嬉しそうな声に一瞬毒気を抜かれる。


おずおずと答えれば、あたりは歓声に包まれた。

わあわあと、声をあげながら、こちらにやってくる人たち。

私はあっという間に囲まれてしまった。


「やっと会えたわ!!」

「やれ、めでたや。」

「素晴らしい!」


なんだか口々に嬉しそうに言いながら詰め寄られるけど、私はそれをぐい、と押し戻した。


「なんなんですか?アナタ達は!こんなひどい状態にしたのは、誰です?!」

ぐるりと顔を見回し、そう言えば、途端にバツの悪そうな顔になる。


「私がやりました」と顔に書いてあるぞ!


「アナタ達なんですね?どうしてくれるんです?迷惑行為はお断りです。侑李!」

「はいっ!」

「他のお客様は?」

「えっと、こちらのみなさんが来られたのが、昨日の営業終わったあとだったから、今日は臨時休業に……」

「なぁんですってぇぇ?!」

いかん、思わずエレンダールさんみたいになってしまった。


しかし一部の迷惑な人達のために大切なお客様が日帰り温泉を利用出来ないとは、まったくもってあり得ない話だ!


「今すぐ!!ここを元通りに片付けてください!話はそれからです!」




「斗季子!!おまえ、何やってんだ?!」


すっかりきれいになった日帰り温泉。

散乱していた酒の瓶や、食べ物も片付けられ、廊下もピカピカに磨きあげられている。


うむ。カテリーナさんの仕事に比べればまだまだ行き届かない箇所はあるが、まあ、良いであろう。


片付けと掃除を終えて、再びお休み処に集合した面々はすっかり疲労困憊の様子だった。


「……まさか、掃除をさせられるとは。」

「……こんな扱いされたの、初めてよ。」

「……斗季子怖い斗季子怖い斗季子怖い。」


ボソボソとそんなことを呟くか、ひたすらに顔を下に向けて黙ってしまうか。

そんな人たちの前で私は仁王立ちになって腕組みをしていた。


お父さんがやって来たのは、ちょうどそんな時だった。


「なんてことを……!」

お父さんは顔を真っ青にしてその状況を見た。


「ど……どうか、お許しを……!娘にはしっかりと言い聞かせます!」

まるで軍人かのようにガバ!と90度に腰を折る。


「お父さん!なんで謝ってるの?あれだけ荒らされたんだよ?!私の大事な日帰り温泉を!!」

「おまえは黙ってろ!」

「なっ……!」


厳しい声でそう言われて、睨まれる。


普段は優しいお父さんだけど、さすが公爵と言おうか、怒る姿はなかなか迫力があるのだ。

私は二の句がつげられなくなった。


「ラドクリフ、良いのだ。我々も、ちと調子に乗りすぎた。」

口元にもっさりと、サンタクロースのような髭を蓄えた壮年の男の人が、髭を撫でながら申し訳なさそうに言う。

そして私の方へと視線を向けた。


「斗季子よ。すまんかったな。儂は『酒神』我が眷属に美味い酒を飲ませてくれたこと、感謝するぞ。」

にこやかにそう言われて、時が止まる。


酒神……?

酒神って、酒神?


お酒の神様ってこと?


何を言っているんだ、この人は。


私は思わず苦笑いを浮かべる。


「……お父さん、こちら、かなりお酒を召してらっしゃるみたい。あちらでお休みいただきたいから、案内してくれる?」


お酒の瓶もけっこうな量が転がっていたし、きっと飲み過ぎたのだろう。

私が言うと、お父さんはこめかみを抑えた。


「斗季子、そう言いたい気持ちはわかるが、事実なんだ。」


そんなわけあるか。

どう考えたって、酔っ払いの戯言じゃないか。


怪訝な顔で見ると、酒神と名乗ったその人は、隣の豊満な美女と、その隣のフルフルと震えている子供を示す。

「これは『土神』そして向こうが『石神』じゃ。」


自称『酒神』さんの酔っ払い劇場はまだまだ続いているようだ。


「はいはい。土神様と石神様ですね。こんにちは。さ、みなさんどうぞあちらで一度お眠りください。」

「ねーちゃん、まったく信じてないな。」

侑李がため息をついた。


「困ったのう。証拠、と言われても困るのだが……おお!それ、そこのユグドラシルの言うことならば、信じてもらえるのではないか?」

自称『酒神』は私の後ろに向かって指を指した。


その指に促させるように後ろを振り向くと、そこにはユージルの姿。

と。


「ゆっ君………!」


ユージルの周りには美女達が侍っていた。


右腕にはショートカットの活発そうな美少女、左腕にはウェーブのロングヘアのけしからん胸を押しつけられて、背後にもストレートボブのキリッとした美人。


「ゆっ君……浮気……?」

「違う!!」


あまりにも正統派なハーレムの様子に、そう呟くと、ユージルは即座に否定する。


いや、否定されてもこの状況で、何が違うと言うのか。


「この子達は、ドライアド。世界樹の精霊みたいなものなんだよ。ユグドラシルの力がこの世界に満ちたから、顕現したんだ。」

ユージルは私を安心させるように説明してくれるけど、この状況を見て納得出来るわけがない。


眉をひそめる私にユージルはスッと手を上げた。

その途端、ユージルを囲んでいた美女達は、煙のように姿を消してしまった。


消えた……!

え、何、それじゃ生身の人間じゃなかったってこと?


「確かにこの方達は、この世界を見守る神と言われる存在なんだよ。斗季子。君のおかげで、俺はこのユグドラニアに十分な力を行き渡らせる事が出来た。だから、ここに集まったんだ。」

驚いている私の手を握って、ユージルは言い聞かせるように説明をする。


「この世界が無事に育ったから、この神達が、顕現したんだよ。斗季子。」


この世界が?

無事に育った?

それって。

もしかして!


「私の役目は、終わったってこと?」


いや、それだけじゃない!

ユージルが言ってたじゃないか!

浅葱家のご先祖が、世界樹の種を植えた時、正体不明の声に「浅葱家の人間にこの世界の世界樹を見守り、育てる役目をおねがいしたい」的なことを言われたとかなんとかって!


と、いうことはだ。

浅葱家のお役目も無事終了した?

そういうこと?


私はパッと侑李に視線を向けた。

「侑李、これってもしかして!」

「うん、ねーちゃん。ねーちゃんの、浅葱家の仕事は、終わったんだ!」

侑李が弾んだ声でそう返して、私もユージルを期待の目で見る。


ユージルは、ひとつ、うなずいた。


肩の荷が降りた感じだ。

ヘタリとその場に座り込み、大きくため息を吐く。


終わったんだ。

ここでの私の役目は。

これからは自由なんだ。


って、これまでもまあまあ自由にしてきた感じもするけど、気持ち的な面でなんだか開放された気がする。


「本当に、よくやってくれたのう。儂等も、その祝いに来たのだ。」

酒神が満足そうにそう言った。

「ええ、この世界を見守る者として、とても喜ばしいですわ。」

土神も優しい微笑みを浮かべている。

「斗季子怖い斗季子怖い斗季子怖い……

石神は何やらまだ怯えているけど、そんなにさっきのお掃除指導が厳しかったのだろうか。


「そうだったんですか……。それは、すみませんでした。つい、カッとなってしまって。」

私もバツが悪くなって謝る。


この際、この人達が神様だろうとなんだろうと、どっちでもいい。


それより、私の愛し子稼業が終わりを告げたんだ。

少なくとも、ユグドラシルのユージルがそう言うのだから、それは間違いないのだ!


「さて、ユグドラシルよ。これでいよいよ、新たな種を作る事が出来るな。」

酒神は気を取り直すようにそんなことを言い、他の神達も嬉しそうにうなずいた。

ユージルはそれを聞いて、顔をこわばらせる。


新たな種?


私の頭には再び疑問符が並び、ユージルに視線でそれを訴えた。


「斗季子。君の役目は、まだ終わってないんだ。」


低い声。

とても言いづらいことをなんとか伝えようとしているみたい。


「斗季子は俺の伴侶。俺と新たな種を作るために、斗季子には花になってもらう。」




お読み下さりありがとうございました。


活動報告の方にも書かせていただいたのですが、ストックが切れてしまいました……。


現在、絶賛執筆中ですが、毎日更新が難しい状況です。

申し訳ございません。


お読みくださっている全ての方に感謝しております。

今後とも、どうぞよろしくおねがい致します。


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[一言] いつも更新お疲れ様です! これからも無理せず頑張って下さい!
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