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ユールノアールの収穫祭も終わり、さてどうしようか?と私は考えていた。
ハイデルトで出来なかった(忘れてた)し、先にユールノアールに恵みをもたらす、てのもいいよね!
やっぱり、温泉の申し子として、きちんと仕事をしないと!
ユールノアールでの恵みは、美意識お高めのエレンダールさんに合わせて、スパみたいな感じにするのもいいかもしれない!
あ!その前に温泉建設のため、ユグドラシルの賢者様と伝説の匠達にも来てもらわなきゃだ!
そんなことを考え、ひとりニマニマしていると、スマホが鳴っているのに気がついた。
あれ?お父さん?
どうしたんだろう?
「はい?なに?お父さん。」
(斗季子、今すぐオルガスタに帰ってこい。)
電話に出るなり、低い声でそういわれる。
「え?どうしたの?いきなり。」
(詳しいことは帰ってきてからだ。ただ、緊急事態だ。)
そんなことを言われて、気にならないわけがないじゃないか。
「ちょっとお父さん?何があったの?事情を……(ガァッハッハッハッ!!カレン殿!!これは実に素晴らしいですなぁ!!)………何、今の。」
電話の向こうから漏れ聞こえてきた知らない声に、私の声も低くなる。
機嫌の良さそうな、男の人の声だ。
そしてほぼ間違いなく、酔っ払いの声だ。
「とんでもない事になっているんだ。……(おい!ラドクリフ!何をやっている?)……今、参ります!……ああ、斗季子。必ずユージル様と帰ってくるんだぞ!」
お父さんはそれだけ言うと、通話を終えてしまった。
なにやら、大変お取り込み中っぽかったけど。
こめかみをツゥっと冷や汗が流れる。
元気そう、ではあったな。
通話の切れたスマホをじっと眺める。
しばらく思考が止まってしまったが、やがてハッとして動き出す。
とりあえず、帰らないと。
荷物をまとめて、エレンダールさんに話をして……。
そう考えて、振り返ると、そこにはユージルがいた。
「あ!ゆっ君!ちょうどよかった!あのね、今……「うん。帰るんでしょ?オルガスタに。」……え?」
ユージルに先に言われてしまって、勢いを削がれる。
なんでわかったんだろう。
「よくわかったね。そうなんだ。今、お父さんから連絡があって。」
先に言われた事で落ち着いて、そう言うと、ユージルは目を伏せた。
「うん。」
短く答えて、うつむくユージル。
なんだ?その反応。
「ゆっ君、どうしたの?」
心配になってそばに行き、顔を伺うと、その表情は沈んだ様子で。
「ゆっ君?大丈夫?」
「………思ったより、早かった。」
ボソッとつぶやかれて私の頭ははてなマークでいっぱいになる。
早かった?とは?
「ゆっ君?」
やはり様子がおかしい。
具合でも悪いのかと、詳しい話を聞こうとすると、ユージルはニッコリといつもの穏やかな笑顔になった。
「じゃあ、支度しないとね。俺、荷物を纏めるから、斗季子はエレンダールに話をしてきたら?」
なんだかそれ以上、話せない雰囲気でそう言われて、私はうなずくことしか出来なかった。
事情を説明すると、エレンダールさんはなにやら神妙な顔で私を見た。
「……そう。」
小さな声で、それだけ言うと黙ってしまった。
なんだかエレンダールさんまで様子がおかしい。
なんだというのだ。一体。
「トキコちゃん、あのね!」
なにやら切羽詰まった様子で何かを言いかけ、そして黙る。
私はいい加減イライラがピークになった。
「もう!なんなんですか?!エレンダールさんも、ゆっ君も!言いたい事があるなら、はっきり言ってください!」
大きな声で聴くと、エレンダールさんはハッとした顔で私を見る。
「ユージル様も?」
「そうですよ!なんだか、お父さんからの連絡の事を話したら、元気がなくなっちゃって!二人ともどうしたんですか?!」
私の言葉に、エレンダールさんは真剣な顔になって、私の肩に手を当てる。
「……トキコちゃん。収穫祭で、私が言ったこと、覚えているわね?」
確認するように言われて、お祭りの事を思い出す。
「ボンオ・ドーリアを私が知っていた事ですか?」
「違うわよ!バカ娘!ユージル様の事よ!」
怒るオカマにちょっと怯みながら思い出す。
ユージルの事?
ああ、そういえば。
「ゆっ君に気をつけてってやつですか?」
「それよ。」
エレンダールさんは肩に当てた手をぎゅっと強める。
「トキコちゃん。忘れないでちょうだい。貴女はユグドラシルの愛し子、だけど、その前にトキコちゃんなのよ。あぁ、こんな事を話すなんて、ユールノアールの領主として、どうかしてるわ!だけど、私は、エレンダール=フレイニールは、トキコちゃんの幸せを望んでいるの。どうか、トキコちゃん自身でその幸せを掴んでちょうだい。私は、どんな選択をしても、トキコちゃんの味方よ。」
エレンダールさんの言葉はどうにも要領を得なくて、はっきり言ってわけがわからない。
「エレンダールさん、何を言ってるんですか?」
眉間に皺を寄せて聞いてみれば、エレンダールさんは優しく微笑んで、それ以上は何も話してくれなかった。
「ユージル様、トキコちゃん。ユールノアールに来てくれて、嬉しかったわ!」
エレンダールさんやエレンディアさん、それにスフィアリールさんに見送られながらドラゴン急便に乗り込む。
「みなさん、お世話になりました!急に帰ることになってすみません。」
「トキコ様。次においでになる時は是非、私と同じベッドで寝ましょうね?」
頬を染めたエレンディアさんにそんなことを言われるが、そんなことを言われても笑ってごまかすしかない。
「愛し子様。愛し子様からの折檻を受けられなかったのが残念です。次の機会には是非!」
スフィアリールさんにそんなことを言われたが、こっちも残念な気持ちになるしかない。
いやだよ!そんなの!
「斗季子、行こうか?」
ユージルに声をかけてかけられて、私もうなずく。
バサァ、と竜が翼を広げた。
「それではみなさん!ありがとうございました!」
私がエレンダールさん達に手を振ると、竜はゆっくりと上昇していった。
お読み下さりありがとうございました。