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ユールノアールの収穫祭は、街中が花と電飾のようなもので飾られ、いたるところに露店が並び、とても賑やかだった。


街の中央の広場には人々が輪を作り、楽しげに踊っている。


ただ。


「月がぁ〜出た出ぇたぁ〜、つっきがぁ〜、出たぁ〜」

非常に聞き覚えのある音楽だ。

そして非常に見覚えのある踊りだ。


考えなくてもわかる。

きっと杏樹おばあちゃんの仕業だ。


エルフ達はものすごい美声でオペラ調に炭坑節を歌い上げ、ものすごい優雅な仕草でバレエのように盆踊りを踊っている。


ちょっと!そんなところでターンは入らないよ!


「愛し子様!ユグドラシル様!どうぞこの『お木の実焼き』を食べていってください!」

声をかけられてそちらを見ると、色とりどりの木の実が混ぜ込まれた生地を焼いたものに、フルーツソースのようなものがかけられた、見た目『お好み焼き』っぽいものを勧められた。


杏樹おばあちゃん……。

ここでの生活を満喫していたんだね。


「ありがとうございます……」

売り子のエルフに『お木の実焼き』を手渡され、ありがたくいただくと、それはよく知った『お好み焼き』の味ではなく、パウンドケーキに近い味だった。


まぁ、味までは難しいよね。


ユージルと『お木の実焼き』をつまみながら、盆踊りの輪を眺める。

スフィアリールさんや、エレンディアさんも輪の中にいて、みんなと楽しそうに踊ってる。


本当に、身分とか関係ないお祭りなんだなぁ。


「ここは、大丈夫そうだね。」

ふとユージルがつぶやいた。

「ん?何が?」


「ユグドラシルの力が弱くなってる影響のこと。ユールノアールは一番最近に浅葱家の人が来た場所だからかな。そんなに力が弱くないみたい。」

「ああ、なるほど。そうなんだ。」

そう話すユージルは、なんだか少し寂しげな顔をしている。


なんだろう?

ちゃんと力が届いているなら、それは良かったじゃないか。


変なの、と思いながらモグモグと口を動かしていると、目の前を小さな子供のエルフがキャッキャとはしゃぎながら走って行く。


はわぁ……マジ天使……!


思わず笑顔になってその姿を目で追いかける。

子供エルフはやがて母親であろう女性の元へ辿り着き、その腰に抱きついた。


「おかあさま!」

「あらあら。お友達は?遊んでたんじゃなかったの?」

「うん!ねぇおかあさま!ユージル様と族長のカップリングだったら、ユージル様が攻めだよね?!族長が攻めなんてこと、ないよね?!」


…………んん?!


子供エルフから信じられない言葉が聞こえて思わず聞き耳を立てる。


「まぁ!誰がそんなことを言ったの?」

母親エルフはサッと顔を青ざめさせて驚いた声を出した。


私はホッと胸を撫で下ろした。

子供エルフ、きっとよからぬ腐ったエルフに変なことを吹き込まれてしまったのだろう。


お母さん、ぜひお子さんにきちんとした教育を……


「ユージル様が攻めに決まってるでしょう?族長が攻めだなんて、あり得ないわ。」


…………。


私は自分の顔から表情が消えるのを感じた。


「そうだよね!ああよかった!」

子供エルフは嬉しそうに笑う。


母親エルフは子供の頭を優しく撫でて、まるで聖母のような顔で子供を見ている。


「ユージル様×族長。これは普遍の真理よ。おかあさまはリバは認めないわ。」


…………腐ってやがる……!!


幼気な子供になんて事を言ってるんだ!

っていうか、エルフってみんなこんななのか?!

今までまともなエルフに会ってない!!


私は大きくため息をついた。


ユールノアール。

それは、変態エルフの集う街。


頭の中で、エルフに対する認識を改める。


幻想がぶっ壊れる音を聞きながら踊るエルフ達の輪を眺めていると、その中にエレンダールさんの姿を見つけた。


私が見ているのに気がついたのか、エレンダールさんは嬉しそうにこちらにやって来た。


「トキコちゃん!ユージル様も!お祭りはどう?楽しんでいるかしら?」

はぁはぁと息を切らせている。


「エレンダールさん、大丈夫ですか?はしゃぎすぎじゃないですか?もうお年なんだから、あんまり無理しない方が……」

「本当に失礼な子ね!!まだまだ若いわよ!!」


500才超えが何を言う。


エレンダールさんはグイ、と私の手を引いた。

「トキコちゃんも踊りましょ!ユージル様?ちょっとトキコちゃんをお借りしますわね?」

「ちょっとエレンダールさん?!」


エレンダールさんは止める間もなく私を引っ張り、ユージルは呑気にヒラヒラと手を振って見送った。


「エレンダールさん!私、ダンスなんて………まぁ、盆踊りなら踊れますけど。」

漫画の主人公のように「ダンスなんて、踊れません!」とか言ってみたかったけど、残念ながら、盆踊りは近所のお祭りで散々踊ったエキスパートだ。


「あら!じゃあ一緒に踊りましょ!」

エレンダールさんは笑顔で私の背中を押す。


悲しいことに、音楽を聞いて体が勝手に動きだす始末。


「トキコちゃん!上手じゃない!よくこのボンオ・ドーリアを知っているわね!」

「………ええ、まぁ。」


杏樹おばあちゃんが伝えたと思われる盆踊りが、ドックダミールに続き、変に改名されている。


微妙な気持ちながらエレンダールさんとしばらく踊っていると。


「トキコちゃん。」

なにやら真面目な声色で話しかけられた。


「なんですか?」

「私は、トキコちゃんのことを可愛いと思っているし、大切に思っているわ。そうね、娘のように、かしら。」


突然どうした?

なんでそんなことを?


そう思って振り返ると、「そのまま聞いてちょうだい。」と止められた。


一つうなずいて、踊りを再開させると、エレンダールさんはアルトの声をバリトンに下げてささやく。


「ユージル様には、気をつけなさい。」


………え?


あまりにも想像していなかった事を言われて、一瞬何を言われたのか、わからなくなる。


「エレンダールさん?一体何を…」

振り返って聞き返してみるが、そこにエレンダールさんの姿はなかった。




お読み下さりありがとうございました。

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