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翌日。
眠りから醒めた侑李は、ユージルの言う通り、人間に戻った。
戻ったのだが。
「うっうっうっ……」
宮殿前広場ではなく、お部屋のラグの上で毛布を被り、すっかり落ち込んでいた。
「ゆ……侑李……?大丈夫?……ほら!果物もらってきたよ?」
犬から無事に戻って、それから部屋に走り去り、毛布をかぶって朝食も食べない侑李に、声をかける。
うん。
気持ちはわかる。
大ショックだろう。
まさか、お父さんに続き、自分まで犬になろうとは。
さらに、ゴーレムまで食らってしまったのだ。
「侑李、元気だして?ハイデルトの人たち、本当にすごく喜んでたよ?侑李のおかげで、安全に大鉱脈に入れるって!すごい事だよ?」
何度目かになる慰めを言うが、侑李は毛布から出てこない。
困ったな。
ため息をついて侑李を見守っていると、ユージルが侑李のそばに座った。
「天狼、だね。侑李はおそらく。」
その言葉に、泣き声が止み、侑李がわずかに顔を見せた。
おお!さすが!
伊達に世界樹やってない!
顔を見せた侑李にユージルは優しく笑いかけた。
「オルガスタに伝わる、伝説のフェンリル、天狼。その姿は普通のフェンリルよりも大きく、瑠璃色の目をしていて、その力は格段に強い。フェンリルを統べる狼だよ。」
「な…なん…で、俺が…ヒック…そんなものに…?」
侑李は涙交じりにでも、言葉を返してくれた。
その事に安堵する。
「侑李の称号、《ユグドラシルの賢者》は、こちらの世界に来た時に斗季子を助けるために侑李が手に入れた称号だと思う。今回も、斗季子が危機的状況になって、それで発現したんだと思うよ。本当に、お姉さん思いだね。侑李は。」
「ぐふぅぅぅ!!」
ユージルの言葉に泣いたのは私だった。
思わず、侑李に抱きつく。
「ゆゔりぃぃぃ!!あじがどぉぉ!!」
「ちょ……ねーちゃん……!」
あんまり私が泣くからか、侑李の方の涙は止まったみたいだ。
「ぶぇぇぇ!!」
「ねーちゃん、やめ…!あーもう!」
照れているのか、侑李は私を引き離し、毛布から出てきた。
そして頭を掻きながらひとつ息を吐く。
「………ねーちゃん、それ、食べる。」
ぶっきらぼうにボソリと言ってお皿の果物を顎で示す。
「ゔん……!はい、あーん。」
「いらねぇよ!自分で食う!」
「うん、そうそう!だから、これから帰ろうと思う!」
(そうか。そりゃ、リーズレットも喜んだだろう!お前と侑李に変わりはないか?)
「うん!あ、侑李が犬になった!そんで、ゴーレム食べて、倒したんだけどね?今は元に戻ったよ!」
(…………は?)
「それじゃ、また帰ったらね!」
(ちょ…!おい!斗季子?!)
ぶち。
さて。
お父さんに連絡もしたし!
私は湖の辺り、ハイデルトから伸びる街道前でリーズレットさん達とお別れをしていた。
「ラドクリフは大丈夫かの?」
リーズレットさんに聞かれて大きく頷く。
「大丈夫です!リーズレットさん、お世話になりました!」
笑顔で答えると、リーズレットさんは少し顔を引き攣らせた。
「なんじゃ、ラドクリフが動揺するような事を話していたように思えたが……まあ良い。 世話になったのはこちらの方じゃ。ユージル様、ユウリ、そしてトキコよ。このハイデルトに鉱脈をもたらしてくれた事、ドワーフのスキルを取り戻してくれた事、ゴーレムを討伐してくれた事、感謝してもしきれぬ。本当にありがとう。ハイデルトのドワーフは決して忘れぬぞ。」
目にうっすらと涙を浮かべて、リーズレットさんは私の手を握った。
「嬢ちゃん、これ。」
ラウムさんが、瑠璃色に光る鎖を差し出す。
首を傾げてそれを見ていると、ラウムさんは満面の笑みで説明してくれた。
「お館様が鉱物錬成で作ったユウリウムで、リードと首輪を作った。坊主の散歩の時にでも使ってくれ!」
「いらねぇよ!!」
すかさず侑李がツッコむ。
「ラウムさん!ありがとう!」
「ねーちゃんも受け取るな!」
私たちのやりとりに笑いが起きる。
そしてそろそろ、と私たちは車に乗り込んだ。
「いつでもハイデルトに遊びに来られよ!待っておるぞ!」
「嬢ちゃん!坊主!ユージル様!ありがとう!この恩は忘れないぜ!」
リーズレットさん達に笑顔で見送られながら、私は車を発車させた。
「ありがとうございました!また遊びに来ます!!」
ユージルも侑李も笑顔で手を振る。
それはお互いが見えなくなるまで続いた。
ブロォォォォォォ……
来た時と同じ、砂漠地帯を走る。
「はぁ。なんか、色々あったなー。」
独り言のようにしみじみ言うと、侑李もゆっくりとうなずいた。
「本当にね。でも、ドワーフの人たち、喜んでくれて良かった。」
侑李の言葉にその通りだ、と同意する。
トキコタイト(←不本意)の発見。
スキルの取り戻し。
ゴーレム退治。
大冒険だった!
でも、これでハイデルトは無事に発展出来るだろうし、なんか超恵みを与えたっぽくない?
うん!自我自賛だけど、私、頑張った!
恵み、超与えた!
そこで、私の頭に何かがひっかかる。
あれ?
何か、大切な事を忘れているような……。
私、恵み、与えたか?
「うぎゃあああああ!!!」
すっかり忘れてた!!
〜〜その頃、ハイデルト領入口〜〜
「いやぁ、お館様。嬢ちゃんは正にユグドラシルの愛し子でしたな!これでハイデルトも安泰でさぁ!!」
「うむ!!その通りじゃ!本当にトキコには感謝じゃな!見事、我ハイデルトに恵みをもたらしてくれたのじゃ!」
リーズレットは、はた、と思い出す。
恵み?
はて?トキコはそもそも、なんのためにハイデルトに来たんじゃったか……。
「し……しまった!!大切な事を忘れておった!!」
街道に向かって、走るリーズレットにラウム達は慌ててその後を追いかける。
「ま……待つのじゃ!!トキコ!!待つのじゃぁぁぁ!!まだ、恵みを!!恵みを与えてもらっておらぬ!!妾の恵みがぁぁぁ!!!」
お読み下さりありがとうございました。