79
ラウムさんに宮殿へ避難するよう、案内された私たちだったけど、ユージルがそれに待ったをかけた。
もちろんラウムさん達は危険だからと宮殿での待機を強く勧めてくれたけど、ユージルはそのゴーレムがなんなのか、見極めたいと言う。
ユージルが言うには、いざとなれば自分が私と侑李を守る事が出来るし、もしかしたら自分と、愛し子である私と、賢者である侑李で対処できる事案かもしれない、との事だ。
そう言われると、出来る事があるなら手伝いたいと思う。
だけど。
「だ……大丈夫なの?かえって邪魔になるんじゃない?」
私はユージルと馬に乗り、現場に向かっていたけど、不安ばかりが募る。
「うん。でもね、俺もそのゴーレムが何なのか、確認しておきたいんだ。」
ユージルは余裕そうに微笑みながら返す。
確認って‥‥アナタ。
「やっぱり帰ろうよ、ねーちゃん。大人しくしておいた方がいいと思う。」
侑李も一緒に馬に乗せてもらっているラウムさんの後ろから、不安そうな声を出す。
お父さんと違って、私達に戦闘経験なぞ、あるはずもない。
行っても、役に立てるはずがない。
そんな私と侑李の心中を他所に、馬はその場所に近づく。
わあわあと、騒がしい声が聞こえてきて、ドワーフ達が武器を手にゴーレムに向かっているのが見えてきた。
「え……嘘、ゴーレムって、あれ?!」
その姿に、私は目を見開いた。
ゴーレムっていうから、てっきり石人形みたいなやつとか、ロボットみたいなやつかと思っていたけど、見えてきたそれは。
骨?
向かう先には巨大な骸骨がモーニングスターを振り回していた。
「……ラウムさん、ゴーレムって、アレ?」
侑李も疑問に思ったのか、質問している。
「ああ、そうだ。あれが大鉱脈のゴーレムだ。」
ラウムさんはギリ、と奥歯を噛み締めながら低く唸る。
「ラウムさん。あれはゴーレムとはちょっと違うと思うのですが。」
私もおずおずと言ってみる。
なんていうか、あれはガシャドクロだ。
ラウムさんは顔をしかめた。
「何でだ?固くてデカい。ゴーレムだろう。」
私は侑李と顔を見合わせた。
なんて乱暴な理論だ。
そんな風に思ったけど、もしかしたらこの世界じゃ元の世界とゴーレムについての認識が違うかもしれないので、口をつぐむ事にする。
「ああ!お館様!!」
そんな事を考えているうちに、ラウムさんが焦った声を出す。
私達もそちらを見れば、リーズレットさんがゴーレムの振り回すモーニングスターに吹っ飛ばされている。
急激に、スッと全身から血が引いた。
嘘……?
リーズレットさん?!
リーズレットさんは地面に叩きつけられ、それでも立ちあがろうと頭を持ち上げるが、起き上がれずにいるようだ。
ラウムさんは馬から飛び降り、リーズレットさんに駆け寄った。
私たちもその後に続く。
「お館様!!」
「リーズレットさん!!」
駆け寄る私たちを見て、リーズレットさんは驚いた顔になる。
「馬鹿者!!なぜ来たのじゃ!!」
大きな声で私たちを叱咤するが、とりあえず、大声が出せるくらいには体の状態は良さそうで安心する。
ラウムさんも小さく安堵の息をついた。
私とラウムに遅れて侑李とユージルもリーズレットさんの元へ着き、ユージルはスッとリーズレットさんに手をかざす。
するとリーズレットさんの体が、ぼんやりと光り、苦悶の表情が和らいだ。
ユージルが、傷を癒やしてくれたんだ。
「すまぬ、ユージル様。助かった。」
リーズレットさんはユージルに頭を下げて、続けてお願いした。
「出来れば、他の者達の傷も癒やしてはもらえぬだろうか?まだ傷付いた者が大勢いるのじゃ。」
ユージルは「わかった。」と微笑むと、早速怪我人のいる場所へ移動していった。
私は改めて戦いの現場を見る。
ひどい……。
平和な日本では、こんな光景は当然見たことはなかった。
たまにTVとかで、紛争地域のニュースを見ても、どこか現実味が無く、他人事のように感じていた。
だけど、今は違う。
これは、現実。
あたりは血の匂いが充満して、あちらこちらで傷を負い、痛みに悲鳴をあげる人たちがいる。
それだけでも恐怖する事なのに、ここにはリーズレットさんをはじめ、見知った人達がいて、実際に戦っているのだ。
そして血を流し、悲鳴をあげているのは、その人たちだ。
私は自然と自分を抱きしめていた。
知らず知らずのうちに、震えている。
目の前の光景は現実なんだろうか?
映画の中に、迷い込んだんじゃ、ないんだろうか?
キィン、と耳鳴りがして、目の前が暗くなってくる。
ショックを受けたのか、気が遠くなりかけた、その時だった。
「!!??!! ねーちゃん!!!」
背後から、侑李の叫びが聞こえて、ハッと覚醒する。
反射的に振り返った私の目に飛び込んできたのは、それこそ信じたくないものだった。
血の気の引いた顔で、私に手を伸ばす侑李。
その侑李の向こうに見える、巨大なゴーレム。
ゴーレムの振り上げた腕から、曲線を描いて高く伸びる、モーニングスター。
その先に付いた鉄球が、こちらに降ってくるのが見えた。
全てがスローモーションのようで、鮮明にその動きが見えるけど、実際には、一瞬の出来事で。
まにあわない。
ゆうりが。
こないで。
にげて。
こんなの、うそ!!
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫んだのは自分だったのかどうか。
ズズーーーーーン………
沢山の棘に覆われた鉄球が、目の前の地面を打ち据えた。
周りから、音が消えた。
周りから、血の臭いが消えた。
頭の中が、真っ白になる。
「………うそ。」
侑李、どこ?
今、ここにいたはず。
どこに逃げた?
目の前にある現実はとても現実として受け入れられるものじゃない。
探しに、行かなきゃ。
……体が動かない。
呼ばなきゃ、名前を。
……声が出ない。
受け止めきれなかった出来事は、水滴となって目から溢れ出す。
へたり込んだ私の膝に、ポタリポタリと降りはじめの雨のように雫が落ちる。
「ゆ、うり?どこ?……どこに、いるの?」
掠れた声。
自分の声じゃ、ないみたいだ。
目の前の鉄球から、目が離せない。
侑李を下敷きにした、鉄球。
こんな、棘だらけの、こんな、重そうな。
鎖を伝って、ぬらぬらと濡れているのは、ゴーレムの体液だろうか。
そこで、私に本能的な思いが生まれた。
逃げなきゃ。
でも、侑李をおいて?
鉄球を湿らせる体液はやがてダラダラと地面に溢れ落ちた。
「ハッハッハッハッハッハッ」
ゴーレムの荒い息遣いまで聞こえてくる。
………荒い息?
ゴーレムって、息するんだっけ?
私の視線は、モーニングスターの鎖を伝って上へと移動する。その先にあったのは。
「…………え?」
モーニングスターの柄と鎖の繋ぎ目あたりをガッチリと咥える口元。
太く、しっかりとした四つの足は、大地を踏み締めて。
体を覆う、輝かんばかりの銀の毛。
頭の上の、三角の耳。
ゴーレムを睨みつけるその目は、瑠璃色。
い……い……い……。
「犬だ……!!」
ゴーレムに加えて、犬の化け物まで?!
その犬は、牛よりふた回り程も大きい、巨大犬だった。
その犬は、ゴーレムの持つ得物を咥え、「グルルルルル…」と威嚇している。
なぜか、恐怖は感じない。
なんだか、私を守ってくれているような。
なんだか、とてもよく知っているような。
それに、その瑠璃色の目には覚えがある。
………ちょっと、待て。
まさか。
まさかまさかまさか!!!
「ゆ………ゆう……り……?……なの?」
恐る恐る、それはもう、本当に信じられない気持ちで、犬に向かって呟く。
するとその巨大犬は、パッと瞳に喜色を浮かべ、ぶぅん!と勢いよくモーニングスターを振り上げた。
モーニングスターは、それを握っていたゴーレムごと、空高く舞い上がり、遠くの地面にズゥン、と落下する。
え?ちょっと、なに今の。
ものすごい怪力なんだけど。
呆気にとられる私の前で、巨大犬はスチャッとおすわりを決めて。
「ぅわんっっ!!」
と、元気よく返事をした。
お読み下さりありがとうございました。