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とにかく、一度宮殿へ戻って落ち着こう。
そういう話になり、私達は部屋へと戻った。
帰り道、リーズレットさんは神妙な顔のまま、一言も喋らず、宮殿に着くなり、黙って一人、奥の方へ去ってしまった。
私と侑李は心配になってはいたけど、何もしてあげられず、部屋で手持ち無沙汰に過ごすしかなかった。
リーズレットさん、大丈夫だろうか?
せっかく希望が持てたのに、自分達じゃどうにもならないなんて、ショックだっただろう。
「はぁ…。」
夕食を終えて、ため息をつく。
いつも一緒に食事をしてくれていたリーズレットさんは、その日の夕食には姿を見せなかった。
「ねーちゃんまで落ち込むなよ。リーズレットさん、きっと元気になるって!」
侑李が慰めてくれる。
私はそれに力無く笑って答えた。
なんか、調子狂うよね。
いつも元気なリーズレットさんに元気がないと。
お酒でも持っていってみようかな。
私がそんな事を考えながら、お買い物アプリで、高級ウイスキーを物色していた時。
「トキコぉぉぉ!!!」
バッターーーン!!
いきなり部屋の扉が大きな音を立てて開く。
私も侑李も思いっきり驚いて、ビックゥ、となりながら扉の方を見ると、そこには息を切らせたリーズレットさんがいた。
「リーズレットさん?!どうしたんですか?あと、元気が出たんですね!よかった!」
私もなんだか動揺したのと顔を見れて安心したので訳がわからなくなりながらリーズレットさんを部屋へと招き入れる。
「うむ!心配をかけてしまってすまぬ!実は、ユージル様に言われた事が、どうしても気になっての。古い文献を調べておったのじゃ。」
リーズレットさんはそう言って実に年代を感じさせる書物を掲げた。
すごい!
いかにも古文書って感じ!
リーズレットさん、これを探してて夕食に来なかったのか。
食欲が無くなるほど落ち込んでたんじゃなくて良かった!
「何か、わかったんですか?!」
侑李も元気なリーズレットさんに安心したのか、明るい調子で聞く。
リーズレットさんは大きく頷いた。
「これが、手がかりになるかどうかは、わからぬ。ただ、古い文献じゃ。何か関係があるやもと思ってな。」
リーズレットさんは、テーブルの上に古文書を置き、丁寧にページをめくった。
うん、まったく読めぬ。
なんだこの、象形文字のようなものは。
反応を示さない私と侑李の間から、すいっとユージルが顔をのぞかせた。
「どれどれ?」
「ゆっ君、読める?」
私がきくと、ユージルはニコリと笑う。
「まあね。えーっと、《太陽の月13日、我がハイデルトにロバートが来て1ヶ月が経った。ロバートは我々ドワーフでさえ、舌を巻く優れた鍛治職人だ。ヤツが打った《カタナ》という剣は、片刃の見たこともない形状だったが、実に素晴らしいものだ。》………日記みたいだね。」
……………。
私と侑李は黙って顔を見合わせた。
カタナ?
ロバート?
なにやら引っかかる単語だ。
いつか、お母さんが言っていた事が頭の中で反芻される。
あれは、こちらに転移して間もない頃、浅葱家の都市伝説めいた話を聞いていた時。
浅葱家のご先祖達の名前の話になって。
《男の人もね?ケントにジャン、ロバートなんて人も、いたみたい。》
ロバートなんて人も、いたみたい?
ロバートぉぉ!!!
「…‥…これってもしかして、浅葱家のご先祖…!」
「………嫌な予感しかしねぇ…!」
私と侑李は揃って椅子にくずおれた。
「可能性は十分あるな。続けるよ?《ロバートは、このハイデルトに新たな技術をもたらしてくれた。俺はロバートへの恩を忘れないだろう。そして、ヤツの言葉も。》‥‥続けていい?」
ユージルが一旦読むのをストップして私達を伺った。
なに?なんの確認?
怖いんですけど!!
私は耳を塞ぎたいどころか、部屋を出たい気持ちで胸がいっぱいだ。
こっちに来てから碌なもんでしか胸がいっぱいになってない!
私の代わりに侑李が了承の頷きをかえす。
ユージルもそれに頷いて、古文書に視線を戻した。
「……《ロバートは『俺ァ魔術なんてもんは使えねぇが、鍛治ってのは、鉄との語り合いだと思ってる。語り合いってのは、心と心のぶつかり合いだ。魔術なんて使わなくても、心が通じ合えば、鉄は答えてくれるのさ』と、教えてくれた。
痺れた。これぞ漢だ。俺もロバートのように、鉄と語り合いたいと、そう思った。これからは魔術に頼らず、この腕と金槌で鉱石と向き合いたい。》……おそらく、これだ。スキルが無い理由。」
ユージルは大きくため息をつく。
ユージルの反応に、私と侑李はもう、なんだかその場から逃げ出したい感じだったけど、とにかく理由を確認しないとなので、大人しくしている。
「スキルを使わなくなったんだね。それで、そのスキルが淘汰されちゃったんだと思う。」
ロバートォォォォ!!!
ちょっと!何してくれてんの?!
「向こうとこっちじゃ、やり方とか違うでしょうよ……!ドワーフに何語ってくれてんの……!」
「うちのご先祖がすみません……!!」
私と侑李はテーブルに伏せる。
いや、むしろ土下座して謝りたい。
「もちろんこの人だけスキルを使わなかった事で、ドワーフ全員のスキルが淘汰される事はないから……。リーズレット、どうなの?《鉱物錬成》が使える人って、本当にいないの?」
ユージルの質問にリーズレットさんは否定を示す。
「おらぬ。もちろん、すべてのドワーフを確認したわけではない。もしかしたら、実はおるのかもしれぬ。しかし、そもそも《鉱物錬成》というスキル自体、妾も初めて知ったのじゃ。他の者もおそらく知らぬじゃろう。」
ユージルはふむ、と顎に手を当てて考え込んだ。
「この日記を書いた人って、どんな人なの?」
「ここで保管されておったのじゃ。妾の先祖に決まっておろう?」
そんな当たり前の事を聞くな、とでも言いたそうにリーズレットさんに言われて、私も考える。
今までの、ドワーフの人たちの、行動パターンとか、性格、性質を考えると。
この人、ロバートの言葉を聞いて、周りの人に広めたってこと、ない?
だって、日記にも《痺れた》とか《これぞ漢だ》とか書いてあるし。
酒とか飲みながら、語っちゃったって事、ない?
そして、リーズレットさんのご先祖という事は、ハイデルトを治める立場の人って事だよね?
そんな立場の人が、語っちゃったら、きっとハイデルト中に……。
ものすごくありそうだよね?
むしろ、大正解だよね?
考えがまとまってゲンナリしたところで、念のためリーズレットさんに質問してみる。
「リーズレットさんなら、こういう話を聞いたとして、どうする?」
「そんなの決まっておろう?良い話というものは、皆で分かち合うものじゃ。酒でも酌み交わしながら、語り合い、周りの者にも……広め………」
サァァァ、と、リーズレットさんの顔から血の気が引いていく。
どうしよう、という顔で私を見るリーズレットさん。
ユージルは呆れたようにリーズレットさんを見ている。
「な…なんとか、ならぬか?せっかくこのハイデルトにとって恩恵とも言える事がわかったのじゃ!このままにはしたくない!」
リーズレットさんは、必死にユージルに縋る。
ユージルも力になりたいのだろう。
真剣に考えはじめた。
…………あれ?
真剣に考えている、というより、こちらをチラチラと伺ってる?
「ゆっ君?私の顔に、何かついてる?」
思わずテッパン的な事を聞いてみると、ユージルは何か言いたそうにして、それから視線を逸らす。
「斗季子ってさ、ニフラで俺に力を与えてくれたでしょ?」
「うん、そうだね!おかげで檄マズ薬飲むハメになったやつね!」
ニッコリ笑いながらそう返せば、ユージルは顔を引き攣らせた。
「根に持ってたんだね……。うん、それはごめんね?それってさ、俺だけでなく、他の人にも出来たりするんだよね。まあ、人に限らず、物にもだったりするんだけど。」
…‥なんですと?
私は首を傾げながら顔をしかめた。
「あ!そーいえば、ねーちゃん!レイドックおじさん達に、そんな事してたじゃん!」
侑李がポン、と手を打つ。
レイドックおじさん?
私はますます考えこむ。
レイドックおじさんかぁ、元気かな?
じゃなくて、なんだっけ?
「‥‥チートの大盤振る舞い。」
ボソッと侑李に言われて思い出す。
「ああ!アレね!そうそう!やったやった!お父さんに怒られたヤツだ!」
お買い物アプリで買った、人造サファイアに加護的な何か。付けちゃったヤツだ!
無事に思い出せて、スッキリしていると、リーズレットさんがヤキモキした様子で会話に入ってきた。
「それで?!なんなのじゃ!どうにか出来るのか?!」
リーズレットさんに急かされて、ユージルは答える。
「斗季子に、淘汰されたスキルを取り戻してもらう。元々ドワーフには備わっていたスキルだ。斗季子の力で、出来ると思う。」
ユージルが出した結論に、リーズレットさんは喜色満面になった。
「わ……私の、力って、一体どうやって?」
「そんなに難しくないよ。一度やったことがあるなら、同じようにすれば大丈夫。ほら!試しにやってみて?」
ユージルはそう言ってリーズレットさんを私の方に促した。
………同じように。
といっても、あの時は特になにも考えずに……。
私はとりあえず、リーズレットさんの手を握ってみる。
そして、なんとなく『リーズレットさんにスキルが戻りますように』と心の中で祈ってみた。
すると。
「?!」
リーズレットさんの体がふわっと光った。光はすぐに収まったが、リーズレットさんは自分の両手をしげしげとながめ、信じられないという顔になった。
「ちょっと失礼。」
ユージルがリーズレットさんの額に指を当てて、それからニッコリと笑う。
「うん!成功だ!リーズレット、スキル《鉱物錬成》獲得してるよ。」
ユージルの言葉に、リーズレットさんはじわじわとその目に涙を浮かべ。
「なんということじゃ……!!トキコよ、ありがとう、本当に、ありがとう!」
そう言って泣きくずれてしまった。