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ケーキを食べて、それにエレンダールさんの激マズドクダミ薬を飲んで、私は元気になった。
いやー、効いた!
激マズだったけど、てきめんに効いた!
飲んだらみるみる元気になったよ!
もうびっくり!
すっかり元気になったので、私はエレンダールさんに連れられてリグロさんのもとへ向かった
リグロさんは、ジーノ君の式典時に起きた、あの大水の後始末やら、さまざま変化への対応でとても忙しいみたいだったけど、私が目を覚ましたと聞いて会いたいと言ってくれたのだ。
本当は私の休んでいた部屋まで来てくれると言っていたんだけど、忙しくしているのに申し訳ないというのと、せっかくだから、変化したというニフラ領を見てみたいと思って、こうして出向いてみた。
「う……うわぁぁ!!」
渓谷が見渡せるという砦の渡り廊下に差し掛かり、辺りの景色を見て、私は思わず声を上げた。
なにこれなにこれ!
なんだこれ!!
その景色のあまりの変わりようにあんぐりと口を開けてしまう。
乾ききった渓谷はその色を茶褐色から、鮮やかな緑に変えていた。
その緑の森の間からは色とりどりの花が咲き乱れる様子も見てとれる。
何より、申し訳程度に谷底を流れていた川はその水量を格段に増やし、滔々と豊かに渓谷を潤していた。
さらに、空に点在する浮島にも緑が溢れ、そこからも滝のように水が流れ落ちていた。
その、豊かな渓谷をさまざまな色の竜が舞い飛ぶ。
幻想的にも、ほどがある!!
ファンタジー映画の世界だ!
今すぐ映画監督を連れてきたい。
大興奮でメガホンをとるであろう。
むしろ私がメガホンをとってもいい!
あまりにも壮大な景観にその場を動けなくなる。
「トキコ姫。こちらにおいでであったか。」
頭の中で、主演俳優は誰にしようかと妄想していると、声がかけられた。
妄想を中断して声の方を見ると、リグロさんとマーヤさん、それにイグニスさんが立っている。
「リグロさん!ごめんなさい。つい見惚れちゃって……。」
いかんいかん。
お忙しいのにお待たせして、しかも結局足を運ばせてしまった。
謝る私にリグロさんはゆっくり首を振る。
「良いのだ。こちらこそ、足労をかけた。体の方は?もう良いのか?」
優しく聞いてくれる。
私はガッツポーズを作って応えた。
「このとおりです!ご心配をおかけしました。」
リグロさんは私の返答に安心したように笑みを深める。
「トキコ姫。」
リグロさんの後ろから、マーヤさんが歩み出る。
その腕には綺麗な水色の赤ちゃん竜を抱いていた。
「ジーノの兄です。長い間、卵から孵る事なく私たちも諦めていたのです。ですが、たとえ孵らなくとも手放す事など出来ず、ずっとゆりかごに入れて傍においておりました。」
マーヤさんは話しながら、感極まったようにポロポロと涙を流した。
「まさか、まさかこの子をこうして抱く事が出来るなんて……この子の声を聞く事が出来るようになるなんて……!本当に、なんてお礼を言ったらいいか……!」
マーヤさんはそのまま泣き崩れそうになり、リグロさんが赤ちゃん竜を受け取る。
「トキコ姫、其方とユージル様、そして黄金竜のもたらした奇跡は竜族にとってまさに福音。今やニフラは生き物を拒む不毛の地ではない。水と、緑と、生命力に溢れた豊かな地に生まれ変わった」
リグロさんもその目にじわりと涙を溜めた。
「心より、お礼申し上げる。ユグドラシルの愛し子よ。御身を永遠に讃えよう。」
リグロさんは片膝をついて頭を下げた。
マーヤさんとイグニスさんもそれに続いて跪く。
その姿に、私はすっかり恐縮してしまった。
喜んでくれて、非常に嬉しいし、良かったと思うけど、跪かれるのは苦手で、私はエレンダールさんに助けを求めるように振り返った。
エレンダールさんは柔らかく微笑む。
「今は、素直に受けなさい。リグロの、竜族の気持ちよ。」
そう言われて、むず痒いながら、エレンダールさんの言葉に従う事にした。
「えっと、その…。こういう時になんて言えばいいのかわからないんですが、良かったです。リグロさん達が喜んでくれて、私も嬉しいです。」
頬を掻きながら私が言うと、リグロさんは、柔らかく微笑んで頭を上げてくれた。
「キュワー!」
リグロさんの腕の中で、赤ちゃん竜がきつそうに体をよじった。
抱かれているときにかがんだので居心地が悪かったのだろう。
しかし、初めて会った私に興味を持ってくれたのか、キラキラとした瞳でこちらを見ている。
か…かわいい…!
ぬいぐるみのようじゃないか!
思わずにんまりと笑って、じっと見つめてしまった。
そんな私の視線に気がついたのだろう。
リグロさんは赤ちゃん竜を優しい眼差しで見つめた。
「これからのニフラを支える、希望の竜のひとつだ。トキコ姫、良ければ抱いてやってはもらえぬか?」
リグロさんに言われて、途端に緊張してしまう。
「わ…私、竜の赤ちゃんなんて抱っこした事なくて…!」
ワタワタと手を振っているとマーヤさんがリグロさんから赤ちゃん竜を受け取って、そのまま私の方へと歩み寄る。
「トキコ姫、ぜひ。大丈夫ですわ。竜の子はとても丈夫なのです。たとえ抱きそびれても簡単に傷ついたりしません。」
マーヤさんにそっと赤ちゃん竜を渡されて、恐る恐る抱っこする。
わ…!あったかい…!
それに、固そうに見えた鱗はとても柔らかい!
「名を、ミカドという。竜族に伝わる古い言葉で、《はるか高みにある者》という意味だ。」
………。
私の顔からはきっとスン…と表情が抜けていたであろう。
それは確かに《はるか高みにある者》って意味でだいたい合ってるけど。
絶対ニフラ領に転移してきた浅葱家の誰かが伝えたんだな。
浅葱家の痕跡をこんな形で見つけるとは思わなかった。
「キュワワ!」
思わず腕の力が抜けてしまったらしい。
ミカドちゃんが、抗議の声を上げた。
「あ!ごめんね、怖かったね。」
私はもう一度優しく抱き直して、あやすように揺らしてみる。
「キュワ……。キュ…キュをつけてキュれよ。まったキュ。」
……。
…………えっ?
あたりがシン、と静まりかえる。
全員、ゴクリと唾をのみこんで、私の胸元で可愛らしくモゾモゾ動いている赤ちゃん竜を凝視した。
「い…いやぁねぇ!リグロ!いくら息子がかわいいからって、心配し過ぎよぉ!」
エレンダールさんが『そんなわけない』というように、冗談っぽく笑った。
「…いや、我は、なにも……「オヤジじゃなキュて、オレだよ。オキャマエルフ」………すまない。少し疲れているようだ。」
リグロさんは額を指で押さえて眉間に皺を寄せた。
うん。どう考えても、この赤ちゃん竜がしゃべってるよね。
しかも、なにやらお言葉が……。
「えっと、マーヤさん?赤ちゃん竜って、けっこう早くにお話出来るんですね?」
わたしがそう言うと、マーヤさんは超高速でブンブンと首を振った。
「ふ……普通は、人型をとれるようになってから……よね?リグロ?」
エレンダールさんが頬を引き攣らせる。
リグロさんは神妙な顔で頷いた。
「キュ…オレ達は、ユキュドラシルの恵みを受けて爆誕したニュータイプドラギョンだぜ。ただの竜と思ってもらっちゃキョまるぜ!」
私の腕の中から身を乗り出して、キラキラ光る、大きな瞳を可愛らしくキュルンとさせながら、表情とまったく合ってないセリフをのたまうミカドちゃんに。
「……ふぅぅ……」
マーヤさんはとうとう耐えきれずに倒れてしまった。
お読み下さりありがとうございました。