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「………んぅ。」
目を開けると、そこは部屋のなかだった。
ここ、どこだろう?
あー……。
かったるい…。
体が鉛みたいに重い。
「トキコちゃん!!目が覚めたのね!」
「どわあああ!!」
ドン!!と眼前にオカマのドアップが迫って悲鳴をあげる。
び…び…びっくりした……!
寝起きに視界いっぱいにオカマの顔が広がるなんて、心臓発作で死んだらどうしてくれるんだ。
しかしエレンダールさんはそれに構わず、ほぅ、と息をついた。
「よかった…!心配したのよ!」
そう言われてあたりを見回す。
どうやら、エレンダールさんと二人のようだ。
「エレンダール、さん? 私…。あれ?式典は?」
聞いてみると、エレンダールさんは優しく微笑む。
「終わったわ。というより、続けられる状況じゃなくなったのよ。」
そう言いながらエレンダールさんはお茶を入れてくれた。
「飲めそう?起きれるかしら?」
そう言われると、たしかにとても喉が渇いている。
体はズッシリと重い感じだったけど、なんとか起き上がると、大きなベッドの上だった。
いつの間にか、柔らかい寝衣のようなワンピースに着替えていた。
そしなぜか髪がしっとりと濡れている。
「…あれ?」
どうしてだろうと思っていると、見れば、エレンダールさんの髪も濡れている。
「そういえば…。」
だんだんと目が覚めてきたぞ。
たしか、式典でユージルに引き寄せられて、何やら私の中の何かを吸い取られて、そしたら、木は生えるわ、花は咲くわ、赤子も産まれて、最終的に。
「水に、流された?」
「そうなのよ!!」
エレンダールさんはそう言ってベッドの隅に腰掛けた。
「あれから大変だったのよ!突然頭上から大水が降ってきて!ニフラの人たちは今もその片付けで、てんてこ舞いよ!」
エレンダールさんは興奮気味に話しだした。
もう一度、その時の状況を思い出してみる。
頭上からいきなり降ってきた大水は、あの広い広場を洗い流すほどだった。
私はおそらく、途中で気絶してしまったから、よくわからないけど、広場にいた竜族の皆さんや、侑李達は大丈夫だったのだろうか?
私が不安そうな顔になっていたのだろう。
エレンダールさんは安心させるように私の肩に手を乗せる。
「大丈夫よ。トキコちゃん。みんな無事よ。まぁ、ずぶ濡れにはなったけど。」
エレンダールさんの言葉にホッとする。
「ゆっ君は?」
続けて聞くと、エレンダールさんは途端に目をキラキラさせる。
おお……。
オカマが何やらときめいた顔を……。
「リグロ達と今回の事について話をしているわ。本当はトキコちゃんのそばを離れたがらなかったんだけど、私がついてるからって、行ってもらったの。トキコちゃん、起きれるようなら、あなたも見てごらんなさい。ニフラの変貌は、信じられないものよ!私もこんな奇跡は、初めてだわ!」
エレンダールさんの口調はまるで興奮した子供のようだ。
4大公爵最年長で、(オカマだけど)老獪だと言われているエレンダールさんにとっても驚くべきことだったらしい。
私はベッドから足を下ろした。
すかさず、エレンダールさんが支えてくれようとするけど、どうやらふらつくこともなく、大丈夫みたい。
そのことにあんしんして、エレンダールさんに入れてもらったお茶を飲んだ。
温かいお茶に、ほっとする。
乾いていた体にしみこむようだ。
しかし、喉の渇きが癒やされた、と思ったら、お腹のあたりに違和感を感じる。
違和感、っていうか……。
ぐぉぉぐぎゅるるるる…。
「……………。」
「……………。」
思わず、エレンダールさんと顔を見合わせる。
...….何、今の。
ぎゅるるるぐろろろろろ…。
わ……私のおなかから、とんでもない音が……!!
「………トキコちゃん、あなた、お腹に魔獣でも飼ってるのかしら?オークキングの唸り声みたいな音がしてるわよ。」
エレンダールさんはジト目で私を見ながら、そう言った。
むぐむぐむぐむぐ……。
私はひたすらにケーキを食べていた。
鮮やかな赤いイチゴが乗っかった、イチゴのショートケーキだ。
ちなみに間に挟んであるのは、ジャムや、缶詰のフルーツではなく、生イチゴ。
ちょっと贅沢な一品。
「魔力欠乏?」
私はごっくんとケーキを飲み込んで隣のエレンダールさんに聞く。
エレンダールさんは、私と同じイチゴのショートケーキを非常にお上品な所作で口にはこびながら、頷いた。
キャラが濃すぎて忘れそうになるが、さすが公爵様だ。
「そう。さっき、トキコちゃん、式典でユージル様が奇跡を起こしているときに、何かが吸い出される感じがしたって言ったじゃない?それ、トキコちゃんの魔力がユージル様に移ったんじゃないかしら?聞く限りじゃ、同じ症状なのよ。」
エレンダールさんに説明されて、ほぉぉ、と感嘆する。
ものすごくファンタジー的な現象だな、それは。
「私も、覚えがあるんだけど、魔力欠乏ってね?起こすと、まず、体の力が入らなくなって。」
ふむふむ。
「足の力も抜けて。」
ほうほう。
「なんだかとてもお腹が空いて、特に、甘いものが食べたくなるのよ。ひどくなると、意識を失うこともあるわ」
なるほど。
欠乏すると、体や足の脱力感、、それに空腹、あと甘いものが食べたくなって、ひどいと意識を失う、と。
つまり、魔力って。
「血糖値だな。」
納得しながらつぶやくと、エレンダールさんは首を傾げた。
「なによ『ケットウチ』って。」
怪訝な顔で聞かれるのを曖昧に笑って誤魔化す。
ものすごくファンタジーな現象だと思ったら、ものすごい現実的な現象っぽいこの残念感。
まあ、実際には違うものだろうけど。
「じゃあ、魔力欠乏になりそうなときは、甘いものを食べたりすると予防出来たりするの?」
魔力=血糖値を検証してみたくなって聞くと、エレンダールさんはうーん、と考え込んだ。
「そうねえ。多少は、かしら。それよりも、お薬を使うほうが早いわね。」
私の魔力=血糖値説をやんわりと否定しながら、エレンダールさんは懐から小さな小瓶を取り出した。
美しい小瓶に、沼色の何かが入っている。
非常に不吉な色合いだ。
なんていうの?ヘドロに、苔を混ぜて、さらに発酵させたような……。
思わず顔をしかめると、エレンダールさんはむっとして説明を始めた。
「失礼な顔ね!これはね、我がユールノアールで作られている、魔力回復薬よ!私たちエルフは魔術に長けていてね。こういうお薬を作るのが得意なの。ちなみに原料はユールノアールでアンジュ様が発見したドックダミールという葉よ。」
………………。
それは、もしかしなくてもドクダミでは?
ますます顔を歪める私に、エレンダールさんは瓶を差し出した。
「ほら!飲んでおきなさい!トキコちゃんが魔力欠乏を起こしてるなら、元気になるはずよ!」
善意溢れる様子でそういわれて、瓶を受け取る。
「………ちなみに杏樹おばあちゃん、そのドックダミールをお茶にして飲んでたりしなかった?」
瓶を眺めながら聞くと、エレンダールさんは目を見開く。
「そうよ!よくわかったわね!元々はアンジュ様が体にたまった悪いものを出すお茶だって飲んでいたものなの。だから、毒消しの薬を作るつもりだったんだけど、魔力を込めたらなぜか魔力回復薬になったのよ。」
「………そうなんだね」
やはり、ファンタジーな世界なんだなあと思いながら、私はありがたくお薬をいただくことにした。
ちなみに味は激マズだった………!
お読み下さりありがとうございました。