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晴れ渡る青空。
いつもは暴風が吹き抜けているというニフラ領の大渓谷は、珍しいほどに穏やかで、頬を撫でる風は優しく気持ちいい。
ジーノ君のお披露目の式典はまるで天が祝福しているかのような好天の日に行われた。
私たちが最初に降り立った砦前の広場は竜の紋章の旗がいくつも立てられ、この日のために集められた、たくさんの花で飾られた。
広場から砦に続く階段の壇上には中央に舞台が造られ、舞台上にリグロさん、マーヤさんと本日の主役であるジーノ君が並び、私とユージルも同じ壇上に上がらされた。
もちろん衣装はユージルが準備してくれた、あの超高級女神風ドレスだ!
注目を集めていて、とても緊張するが、それに負けないように、笑顔で顔を上げる。
大丈夫!私には超高級女神風ドレスもついている!
きっと、それらしく見えるであろうとも!!
そしてその一段下には中央に長くカーペットが敷かれ、その傍に正装の軍服を着たお父さん、白ローブ姿のエレンダールさん、ドレス姿のリーズレットさんと、侑李、レンブラント君、ハルディア君が並ぶ。カーペットを挟んで反対側にはイグニスさんはじめ、竜族の家臣達がズラリと並んだ。
広場にも、エンシェントドラゴンの継承者を一目見ようとたくさんの竜族が集まっている。
大変な賑わいだ。
「聞け!ニフラの民よ!」
時間になり、リグロさんが声を上げると、嘘のようにその場が鎮まる。
リグロさんは全体を見渡すように、視線をやり、その後、言葉を続けた。
「我ら、竜の子は長らく不遇の時を過ごして来た。水は枯れ、大地は乾き、風は我らを打ち据えた。希望の子は産まれず、悲しみと絶望が我らの翼を傷つけた。しかし、その不遇の時は、終わりを告げる!」
高らかに、誇らしくそう告げると、あたりからは「おおおお!」と希望に満ちた声が上がる。
「皆も知るように、ユグドラシルの力が弱まっているとされる今!福音が訪れたのだ!この、ユグドラニアに愛し子が降臨し、さらに我がニフラにもかつてこの地に恵みをもたらしたエンシェントドラゴンの継承者が現れたのだ!」
リグロさんの言葉に、竜族の喜びが爆発した。
「「「「「 ワアアアアアアアアアアア!!!! 」」」」」
大地を揺るがすかのような大歓声が響き渡り、熱狂に包まれ、両手を上げて喜ぶ人たちが見えた。
そんな中、リグロさんはジーノ君を前へと促した。
ジーノ君がゆっくりと舞台の中央にやってくると、自然と声もおさまるが、人々の視線は期待と、溢れる喜びでいっぱいだった。
「我が息子!ジーノ=マクドウェル!!
エンシェントドラゴンの継承者よ!!今、その黄金の姿を民の前に顕現するのだ!!!」
リグロさんの号令で、ジーノ君が体を震わせる。
ぼんやりとその体を光が包んだかと思うと。
バサァ!!
日の光に輝く黄金の鱗。
その翼は全てを包み込むかのように広げられ、日の光を反射して、あたりを明るく照らし出した。
「キュワアアアアア!!」
ジーノ君が竜の咆哮を上げると、
「「「「 ウオオオオオオオオ!!!」」」」
ジーノ君の咆哮をもかき消すような大歓声が上がった。
竜族の人たちは誰もが興奮し、近くの人同士で抱き合っていたり、涙を流してジーノ君に手を差し伸べていたりと、その反応から、このことが竜族にとってどんなに喜ばしいことかがわかる。
お父さん達や侑李達は笑顔で拍手を送り、イグニスさん達家臣はみんな涙を流してその姿を見守る。
リグロさんも誇らしげにジーノ君を見ていて、マーヤさんはそっと目の端を拭う。
私も大きな拍手を送った。
すごい!すごいよジーノ君!!
こんなにみんなに喜ばれて、本当によかったね!
すっかり感動して涙ぐんでいると、ふいにポン、と肩を叩かれる。
振り返ると、ユージルがニッコリ笑ってこちらを見ていた。
「斗季子、じゃあ、ちょっと頑張ろうか?」
……………???
突然のお申し入れに涙が止まり、高鳴っていた胸もスン……と静まった。
ちょっと?
頑張る?
コテンと首をかしげると、ユージルは私の手をひき、ジーノ君の元へ向かった。
突然自分の元に来たユージルに、ジーノ君は「なんだろう?」という風にその赤い目を向ける。
リグロさん達も、予定になかったユージルの行動に顔を見合わせた。
「ジーノ。エンシェントドラゴンの継承者。ニフラに恵みを与える者よ。このユグドラニアのため、少し手伝わせてもらうよ?」
ユージルはそう言ったかと思うと、サッと私を抱き寄せた。そしてそのままジーノ君のお腹の辺りに手を当てる。
「えっ?ちょっと、ゆっ君?」
「古より伝わる、エンシェントドラゴンの継承者に、ユグドラシルの恵みを。」
私の混乱をよそに、ユージルが小さくそう言うと、ユージルが手を当てた個所がほわりと光った。
「!!??!!……ギュ、ギュワアアアアアア!!!」
ジーノ君は巨体を捩って苦しみだし、その後、何かが爆発するかのように、大きく翼を広げて叫ぶ。
お腹の光が徐々にジーノ君の体全体に広がっていき、それが行き渡ると。
カッッ!!!
目を開けていられなくなるほどの光があたり一面に広がった。
光の洪水に思わず手で顔を覆ってしまったけど、指の隙間から伺うと、信じられない光景が目に入る。
光が広がった場所から順にメキメキメキ、と地面が割れる音がして、みるみるうちに木の根が現れ、空に向かって幹を伸ばす。
乾いた土からは草が芽吹き、花を咲かせる。
やがてそれは式典の会場すべてに広がり、さらにその範囲を広げていった。
光は加速度的にニフラの渓谷を照らしていき、やがて谷中から木々と、草花が芽吹いていった。
荒廃した渓谷が、森へとその姿を変えていく。
私はその変化を驚愕しきって見ていたが、ふと、あることに気が付いた。
私から、何か吸い出されてる!!
渓谷が緑の力に溢れていくのと反比例するように私は脱力感に襲われた。
体中の血管を何かが流れ、それがどんどんユージルの方へ吸い寄せられるような感覚。
な……なんだこれーー!!!
私から何か得体のしれないものが!
吸い出されて!
自分に起きている訳のわからない現象に、ユージルに質問したい気持ちで胸がいっぱいだ!
しかし、なんだかそんな雰囲気ではない!
空気を読んだ私は、一人寂しく混乱するしかない。
混乱しているうちにもどんどん力が抜けて、足に力が入らなくなってきた。
自分じゃどうにも出来なさそうな状況に、なすがままになっていると。
「キュワー!」
「キュワー!」
「キュワー!」
「キュワー!」
可愛らしい声が聞こえてきた。
「ああああ!そんな!」
「産まれた!産まれたぞ!!」
「アナタ!私たちの子が!!」
さらには、信じられない!と驚愕する大人たちの声も聞こえて、そちらに目を向けると、産まれたての赤ちゃん竜を抱きしめて、また、高く掲げて泣きながら喜びの声をあげる人々の姿が見えた。
なんと!卵が孵ったの?!
そして赤ちゃん竜、かんわいいい!
「ああ、うそよ、そんなまさか……まさか!」
「マーヤ?!どこへ行く?!」
その声に振り返ればマーヤさんが周囲の制止も聞かず、走り出していた。
マーヤさんが砦の中に姿を消すのを見送っていると。
「じゃあ斗季子、最後だからね。」
ユージルが私を見て、ジーノ君に当てているその手に力を込めた。
その途端。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
響くような重低音が聞こえて。
ざっぱぁぁぁぁん!!
「うぎゃあああああ!……ガボボボ」
ありえないほどの水が、頭上から降り注ぎ、あたりを洗い流していき、そこから先は、覚えていない。
え、溺れた?!
お読み下さりありがとうございました。