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私たちは客間に案内された後、お茶を飲みながらリグロさんとイグニスさんにニフラ領についての簡単な説明を受けた。
ニフラ領はオルガスタ領と全く違う風土の場所だった。
厳しい渓谷地帯は乾いた岩山ばかりで、そのせいか昼夜の寒暖差も大きい。
さらに谷を流れる川はあまりにも頼りない水量で、常に水不足らしく、作物もなかなか育たないそうだ。
そのため、他領からの食糧供給が必須で、竜化した人たちが物資運搬のため他領との間を行き来しているが、なかなか厳しい生活を強いられているという。
リグロさんに聞いたところ、昔はもっと緑あふれる豊かな土地だったそうだ。
そして竜族も今よりもっと数が多かったらしい。
厳しい環境のせいか、せっかく産まれた卵が孵らないのだ。
竜族は卵で産まれてくるが、その卵が孵らないため、竜族はその数を減らしつつあるのだという。
その悲劇はなんと、リグロさん家族にも起きていた。
「我らの初めての子は卵から孵化することはなかったのだ。」
リグロさんは悲しそうな笑顔で話してくれた。
「民に、希望を与えるはずの竜帝の第一子、それだけでなく、マーヤにとっての初めての子。マーヤの悲しみはそれはもう察するにあまりあるものでした。ジーノ様が無事に産まれるまで、マーヤからは笑顔が失われました。《竜の花》と讃えられたマーヤの笑顔が…。」
イグニスさんは当時を思い出したのか、涙ながらに語る。
「うぅ…ぐす…」
私ももらい泣きしてしまった。
そうか…そんなことが…。
あの優しいマーヤさんにそんな悲しい事が…。
自分の子が卵から孵らなかったなんて、どんなに苦しんだ事だろう。
しかも初めての子供。
「ジーノ、確か次男だって言ってたよね。お兄さんの話、聞いたことなくて、どうしてかと思ってたけどそんな理由があったんだ。」
侑李も小さくつぶやいた。
「…ジーノ様も、忘れないようにしているのでしょう。自分には、本当は兄がいるという事を。」
イグニスさんが泣き笑いの顔で言う。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ねーちゃん…」
我慢できずに号泣しはじめた私に侑李が呆れた声を出す。
ジーノ君……!!
なんて健気なんだろう!!
「ほら斗季子、ちーんして。」
ユージルがハンカチで顔を拭いてくれる。
なんだかユージルに顔を拭いてもらうのが日常化してきた。
すっかり湿っぽくなってしまった雰囲気を変えるように、リグロさんが笑う。
「トキコ姫、竜族のために涙を流してくれてありがとう。しかし、どうかもう泣かないでほしい。エンシェントドラゴンの継承者は、この土地に恵みをもたらすものだ。きっとまた以前のように、豊かなニフラに戻るであろう。そうなれば、元気な竜の子がたくさん誕生する。」
リグロさんはそう言ってくれて、イグニスさんも大きくうなずいた。
「まことに。この度のことは竜族すべてが待ち望んでいたこと。私からも今一度お礼を言わせていただきたい」
涙を拭きながら、凶悪な笑顔を見せるイグニスさん。
こんなに喜んでくれているリグロさんたちに、私が今、出来ることといえば、きっとジーノ君の式典を見守ることくらいなんだろうと思うけど。
もし、私がユグドラシルの愛し子として式典に出る事で、竜族の皆さんが安心してくれるのなら。
そうする事でリグロさん達が、喜んでくれるのなら。
うん!がんばろう!
お読み下さりありがとうございました。
後ほど、もう一話、投稿するかもです。
あまり期待せずにお待ちくださいますと大変ありがたいです。