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「なんだと…?」
お父さんがスマホを耳に当てたまま、怪訝な顔になった。
ウォードガイア公爵家、大会議室。
正面の壁に狼が二頭向かい合っているレリーフがデカデカと飾られたその部屋は、重厚な雰囲気で中央の長テーブルにズラリと高い背もたれの椅子が並んでいた。
そこに、主だった面々が集められた。
お父さんはお誕生日席に座り、その向かって左の斜向かいにお母さん。お母さんの向かいにユージルが座って、その隣に私。
お母さんの隣はエレンダールさん、リグロさん、リーズレットさんと続いた。
私の隣には何やら神妙な顔をしているジーノ君がいた。
「姫さま、どうぞ。」
カテリーナさんがそっと紅茶を差し出してくれた。
「ありがとう!カテリーナさん!」
早速口をつけると、とても良い香りがして、ホッとする。
カテリーナさんも元気な私の姿に安心した表情を見せる。
喋りっぱなしだったし、喉がカラカラだ。
私はお父さん達にユージルから聞いた話をし終わったところだ。
んで、お父さんの「なんだと?」は、私の話に対するものではない。
私の話については、みんなとても興味深く聞いてくれて、お母さんは、「まさかうちがそんなご大層な家系だったなんて…。でも、色々と納得したわ。聞けてよかった!」と驚きながらもどこか腑に落ちた様子。お父さんは納得はしていたけれど、私と同じく、勝手にユグドラシルの相手にされたという事にはご立腹だった。
「人の娘を勝手に嫁にするなど…!」
今にも暴れ出しそうになるのをお母さんが宥めて、リグロさんが押さえつけて、エレンダールさんがこんこんと話をして、リーズレットさんが叱り飛ばして。
なんとか座っていられるくらいには落ち着いてくれた。
説明の時のあれこれを思い出しつつ、カテリーナさんの紅茶を楽しむ。
そこへお父さんに着信があったのだ。
相手は侑李だった。
お父さんは無事に私が帰ってきた事、そしてみんなに起きた変化を告げて、侑李の方の安全について確認していた。
すると突然、低い声を出したのだ。
「なんだと?」はそんな侑李からの話に対してお父さんが放ったものだった。
「ちょっと待て。どういう事だ?…いや、そんなはずはないだろう。……だからっておまえ…ああ、そうだな。レンブラント君の言う通りだ。」
頭をわしゃわしゃかきながら、困ったような様子で通話をしている。
私はお母さんと顔を見合わせた。
「ああ、わかった。こっちは俺から話をしておく。」
ようやく侑李との話を終えたお父さんは苦虫を噛み潰したような顔だった。
「司狼?」
お母さんが心配そうにお父さんを見る。
お父さんはそれにひとつ頷いて、それから話をはじめた。
「侑李から、突拍子もないことを言われてな。例の、ハロルド殿下が召喚した少女がいただろう?」
「ああ、あの自称聖女ちゃんね?」
エレンダールさんが確認するように相槌を打つ。
「その彼女が、王城の中庭で祈りを捧げたら、光が降り注いだそうだ。そして、中庭が一面花畑になり、ハルディア君やレンブラント君の身体にも変化があったらしい。」
お父さんの話に、その場はシン、となる。
「ここで起きた事と、ほぼ同じ現象だな。」
沈黙を破ってリグロさんが腕組みをして言った。
「そうだ。それで彼女はそれが自分の聖女の力だと言っているそうだ。さらにその事はハロルド殿下の耳にも入ったらしい。今、王城じゃ大変な騒ぎだそうだ。とりあえず、侑李とその友人達は王太子殿下の元にいるらしい。今は状況報告をして俺たちの判断が出てから動いた方がいいだろうとレンブラント君に言われたそうだ。」
お父さんの話にエレンダールさんが感心したような顔になった。
「賢い子ね。まだ学生なのに、冷静な判断だわ。」
「向こうじゃすでにハロルド殿下が彼女が聖女だと声を上げているらしい。」
お父さんはため息混じりに話す。
「馬鹿な!聖女、すなわちユグドラシルの愛し子はトキコ姫様ではないか!」
グラニアスさんが激昂した。
「そんな中、ただ大人しく状況を見ているしかないとは、侑李殿もその周りの者も、難儀しているであろうの。」
リーズレットさんは視線を落とした
お父さんの話を聞いて、お母さんがユージルを見た。
ユージルは我関せずといったように、私の髪を弄んでいる。
「ねぇ、ユージル様?さっきの光はその子の祈りの力ってことも、あるのかしら?」
お母さんの問いかけにユージルはお母さんに視線を合わせた。
「まさか。あれは俺が斗季子に名前をもらって、力を取り戻した時に起きた事だ。ユグドラシルに力が戻り、それによってこの世界にも力が広がった。だから斗季子のおかげ。」
ユージルはそう言うと、私を引き寄せてこめかみにちゅ、と吸い付いた。
それを見てお父さんがいきりたつ。
「お…まえ!!俺の前でよくも!!斗季子に触んじゃねぇ!!」
「はいはいはい!!落ち着いて!」
「遅かれ早かれ、娘は嫁に行くのじゃ!」
ガタンと立ち上がるお父さんと即座にそれを宥めるエレンダールさんとリーズレットさん。
「斗季子の周りの人はおもしろいねぇ。」
ユージルは呑気に笑っている。
確かにおもしろいかもしれないけど…。
「ゆっ君、あんまり人前でそういう事はしないように。」
私が注意すると、ユージルは首を傾げる。
「かわいい斗季子をかわいがって、何が悪いんだ?」
ちっとも悪びれてない。
「ほらほら!話を戻しましょ!それで?王城への対応は?どうするつもり?」
エレンダールさんがパンパンと手を打つ。
お父さんはまだ言いたいことがありそうな顔だったけど、とりあえず腰を下ろす。
「近いうちに、話をしに行かないとならねぇだろうな。」
お父さんの言葉にエレンダールさん達も頷いた。
「そうね。陛下にも詳細を話す必要があるわ。ねぇ、ユージル様?出来れば、トキコちゃんと一緒に、来てもらいたいんだけど、どうかしら?」
エレンダールさんに尋ねられ、ユージルはニッコリと笑う。
「いいよ。それが斗季子のためにもなるなら。」
そう言って私の頭を撫でる。
お父さんの顔が引き攣った。
どうやらユージルには親の前だから、とか、そもそも人前でそういう事をするのはいかがなものだろうか、とか、そういう概念がないと見た。
嬉しそうにベタベタと私を触っているユージルに、お父さんは再び爆発した。
「俺の娘に勝手に触るなと言ってるだろうが!!だいたいなぁ!!斗季子!!おまえの気持ちはどうなんだ?!勝手に、は…は…花嫁にするとか決められて!!納得してるのか?!」
真っ赤になった顔でお父さんは叫んだ。
「あら!それは私も気になるわ!」
お母さんはなんだかワクワクした顔でこちらを見る。
私の、気持ち。
んー、そうだな。
「訳の分からない声とやらに勝手に決められた事については、納得出来ない。」
私が答えると、お父さんは途端に「そうだろう!」と喜色を浮かべ、反対にユージルは泣きそうな顔になった。
「斗季子?そ…そうなの?俺の事、嫌い?」
そう言って捨て犬の様な顔になるユージルに笑いかける。
「でも、ユージルのお嫁さんになるのは、嫌じゃない。きっとユージルの事は好きなんだと思う。まず、顔が超好み。」
私が言うと、シン、と静かになる。
「…顔?」
エレンダールさんがボソッと聞く。
「うん、顔。」
私の答えを聞いて、みんなは一斉に複雑な顔になった。
え?なんで?大事じゃない?顔。
お読み下さりありがとうございました。




