56 弟、大事件を知る。
その知らせはお昼休み、カフェテラスでパンをかじっていた時に突然来た。
「なん…だって!!ねーちゃんが?!」
父さんから、着信があったけど、他の生徒もいる前でスマホを使う訳にもいかず、こそこそとメールアプリで要件を聞くと「斗季子が拐われた」と言う物騒な言葉。
「ユウリ?」
一緒にお昼を食べていたレンブラントが眉間に皺を寄せて聞いてきた。
ガタと思わず音を立てて立ち上がった俺の肩をハルディアが掴む。
「どうした?」
低い声で聞かれて、震える声で答えた。
「ね…ねーちゃんが…拐われた…って。」
信じられない。信じたくない。
なんだって、そんな事が?
いったい誰に?
父さんも、それに他の公爵さん達も一緒にいるんじゃなかったの?
愕然とする俺に、レンブラントとハルディアが動き出す。
「ここじゃまずいですね。移動しましょう。ハル。」
「おう!」
レンブラントは俺の腕を掴んで歩き出し、ハルディアは食べかけの食事を片付けはじめた。
レンブラントはそのまま足速に廊下を進み、校舎の空き教室のドアを開けた。
「ここなら大丈夫でしょう。すぐにお父君に連絡を。」
レンブラントは警戒するように扉の前に立ってくれた。
「レン、ありがとう。」
震える手でスマホをいじる。
「父さん?!いったい…!」
俺は半ば働かない頭で父さんの話を聞いた。
朝霧館で、リグロさん、エレンダールさん達と話している途中、いきなり見知らぬ男が部屋に現れたこと。男はユグドラシルを名乗り、ねーちゃんを連れ去ったこと。ねーちゃんの行方はようとして知れず、捜索するため、4大公爵が集まってきていること。
《とりあえず、お前はそのまま動くな。また進展があったら連絡する。》
「でも…!」
《心配なのはわかる。だが、こちらもあらゆる手を使うつもりだ。絶対に救い出す。だから、待っていてくれ。いいな?》
「うん…。父さん、頼む!ねーちゃんを助けて!」
通話を終えた俺はそのまましゃがみ込んでしまった。
「公爵は?なんと?」
レンブラントが心配そうに聞いた。
「ねーちゃんが…ユグドラシルを名乗る見知らぬ男に、拐われたって。その場にエレンダールさんもリグロさんもいたのに、あっけなく…。」
呆然としながら答える。
「南の公爵と東の公爵がいたのにか?!」
いつのまにか来ていたハルディアが驚いた声を出した。
「お前は動くなって、そう言われた。今、4大公爵が集まってるらしい。必ず助けるからって。何かあったら連絡するって。」
父さんに言われたままに二人に話す。
でも、動くな、なんて言われても…!
ダン…!
思わず、床を叩きつける。
「そんなの、出来るかよ!!俺だけ何もせずに待ってるなんて!!」
知らず、涙ぐんでいたらしく、床にポタポタと水滴が落ちた。
「ユウリ、落ち着いてください。」
「レン…!よくそんなこと…!」
隣に寄り添ってくれたレンブラントに掴みかかる。
「ユウリ!話を聞け!!」
ハルディアがガシッと肩を掴んで俺に強い視線を向ける。
「何もするなと言われたからと、動かずになどいられないでしょう。公爵の命がなんです。ユウリだって、姉君が拐われたなんて聞いて落ち着いていられる訳がない。私たちも出来る事をしましょう。」
レンブラントはそう言って力強く頷いた。
「レン…!」
「そうだぞ!ユウリ。お前だって家族なんだ。心配して行動する権利がある!黙っていい子にしてるこたぁねぇよ!」
ハルディアはニカっと笑ってぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でた。
2人とも…!
俺は、2人と友達になれた事を今ほど心強く思い、感謝した事はなかった。
「ありがとう…!」
さっきとは違う涙が出てきて、急いで腕でぬぐう。
泣いてる暇なんて、ない。
「さて、まずはどうする?レン?」
ハルディアに聞かれてレンブラントはふむ、と考えた。
「とりあえず、学園長室へ向かいましょうか。」
「……話はわかりました。」
エレンディア=フレイニール。
この学園の学園長であり、南の公爵、エレンダール=フレイニールの妹でもある。
信用して相談出来る大人としてこれ以上ない人だ。
その学園長に俺たちは事の次第を話した。
「ウォードガイア公爵の話では、相手はユグドラシルを名乗ったそうです。ハッタリに使うにはあまりに大きすぎる名です。さらに、ユウリの姉君はユグドラシルの愛し子。辻褄が合っています。」
レンブラントが言うと、学園長は顎に指を当てて考え込む。
「一理あります。厳しい事を言えば、あまりにも早計な意見と言わざるを得ない。ですが、今回の場合、あらゆる事態を想定して動いたほうがいいでしょう。」
レンブラントの意見をバッサリと断じて、しかし学園長はその意見を汲んでくれた。
「いいでしょう。私からも兄に連絡をしてみます。貴方たちは、王城へ向かってください。」
学園長は真剣な顔で俺たちを見た。
「王城?」
「ええ、王城には、ユグドラシルに通じると言われる祭壇の間があるのです。本当にユグドラシルに通じているのか、それはわかりません。伝承と言ってもいい話ですからね。しかし、可能性に賭ける価値はあるでしょう。」
「そこへ行けば、姉の元へ行けるかもしれないんですね!」
「あくまで可能性がある、という程度の話です。そして、その祭壇の間は王族しか開ける事が出来ません。」
学園長の言葉に、グッと怯む。
王族しか…そんな。
どうしたらいいかと考えあぐねていると、学園長はフッと笑う。
「いいですか?貴方達はただの学生。ですが、貴族の子弟でもあるのです。上手く、権威と立場を使いなさい。」
ヒントを出されてハッとする。
俺たちはお互いに顔を見合わせた。
宰相の息子のレンブラント。
騎士団長の息子のハルディア。
4大公爵家の息子の俺。
「急ぎ、父に会えるよう、取り計らいます。学園長、ありがとうございます。」
レンブラントが代表してお礼を言い、俺たちはお辞儀をして学園長室を出た。
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