53
それは、はるか昔の話。
ひとりの女が珍しい種を拾ったところから始まる。
女はその種を植えたが、いくら待ってもいっこうに芽が出ない。
「あー、ダメだったんだ。」と諦めたその夜、女は夢を見た。
真っ白な空間で自分だけが立っている夢。
しばらくキョロキョロしていると、声が聞こえた。
「お願いです。その種は世界の始まりの世界樹の種。どうか芽を出してやってください。」
女は種を植えてダメだった事を告げた。
「貴女の世界では芽は出ないのです。さあ、ここに。」
気がつくと、目の前に土が広がっていて、なぜか女は種を握っていた。
女は種を植えた。
するとそこからみるみるうちに芽が出て、どんどん茎を伸ばし、あっという間に巨大な樹になった。
「ああ、ありがとう。これで世界が産まれます。」
声はとても嬉しそうだった。
女は努めを果たしたと安心して帰してほしいと声に言った。
声は答えた。
「ごめんなさい。それは出来ないのです。ユグドラシルの母となった貴女は、この世界の女神。元の世界には帰れません。」
それを聞いて、女は。
怒った。
そりゃあもう、手がつけられないくらい、怒った。
あまりの激昂ぶりに、ついに声は折れた。
「仕方がありません。なんとかもとの場所へお帰ししましょう。そのかわり、これから生まれてくる貴女の子孫に手伝ってもらいます。」
声に言われ、女は首を捻る。
「どういう事?」
「この世界樹は生まれたばかりです。本当ならば貴女にそばにいて、育ててもらわなければなりません。」
子育てのようなものか。
と、女は思う。
「世界樹が育たなければ、世界も育ちません。そこで、貴女を今回お帰しするかわりに、貴女の子孫には世界樹を見守り、育てる役を担ってもらいたいのです。」
声に言われて女は目を見開く。
とんでもない事になった、と。
「時折でいいのです。この世界が成長するため、力を貸してもらえませんか?」
殊勝な様子の声に、女の心がグラグラと揺れる。
「あの…きちんと貴女の一族が続くように、私の加護もつけますから。これから世界樹を育ててもらうのにも必要ですし、一族繁栄をお約束します。」
声はどんどん腰を低くする。
女は腕を組んで考えこむ。
「こ…こちらの世界にいらした折には、女神の称号をつけましょう!これで、こちらの世界で不自由なく暮らせる事、請け合いです!」
声はとうとう「持ってけドロボー!」的に叫ぶ。
「時折って、どのくらい?私もまた来る事になるの?」
女が少し前向きになったのが分かったのだろう。
声はあからさまに安堵の息をつく。
「いつになるかはわかりません。貴女が来ることになるかもしれないし、次は貴女の何代か先の子になるかもしれない。こちらと貴女の世界では時の流れが同じではないのです。」
女は再び考えた。
時々なら、まぁ、いっか。
ずっと帰れないより全然マシだ。
子孫達には少し、いやだいぶ迷惑をかけてしまうが。
それに、なんだか加護?もくれると言ってる。
少なくとも、私の家系は続くのだろう。
一族繁栄も約束するとか言ってた。
未来に自分の血を残せると確約出来るのは悪くないんじゃない?
「………いかがでしょうか?」
声はおずおずと伺う。
「よし。わかった。引き受けよう。」
女が答えると、真っ白だった空間が
パァァァ、と桃色になり、あたりに金粉まで舞い散りだす。
「ありがとうございますぅぅ!!本当に助かりますぅぅ!」
声しか聞こえないのに、わかりやすすぎる喜びように、女は嘆息する。
「じゃあ、そういうことで、さっそく私をもとに…「ああああ!よかった!どうなる事かと思った!もう、嬉しいからサービスしちゃう!こちらに来る10人目の子には、記念としてユグドラシルを贈呈します!」……は?」
「ユグドラシルと結ばれて、素晴らしいリア充ライフをお楽しみください!おめでとう!10人目のアナタ!」
「ちょ…!なに勝手に…!」
「それでは!今後ともこの世界をよろしくお願いします!さよなら!さよなら!さよなら!」
「ちょっと待てーーー!!!」
叫んで手を伸ばした時、女は自分の布団の中だった。
「……と、これがまあ、斗季子の家系の秘密なんだけど。」
「ご先祖様ガッデム!!!」
なんと私はその10人目らしい。
なんなんだそのご来場100万人様記念みたいなやつは?!
某ネズミの国なのか?!
某ネズミの国でも彼氏なぞもらえんぞ!
ぬいぐるみとかだぞ!
私もぬいぐるみがいい!!
だいたいなんなのだ!
その自分勝手な《声》とやらは?!
正体をはっきりしろ!
そもそもご先祖様よ!
変な種なぞ拾うな!!
なんとも荒唐無稽な話で、それこそどこのマンガか!とツッコミを入れたい気持ちで胸がいっぱいだったけど、悔しいことに色々と納得してしまった。
そもそも、あの巨豚に出会って以降、すっかりファンタジー的な何かの渦中にいるのだ。
この話が本当だとしても驚くまい。
いや驚いたけどね!
「だいたい、なんでその人は帰って来たのさ!普通、子孫の事を思って〝私が残れば…〟とかなるんじゃないの?!」
正直、自分勝手な事を言っているとは思うが、なりふり構っていられず詰め寄る。
すると男は非常に微妙な顔になった。
「…‥その場合、その人が元の世界で子供をもうける事はなくなるから、斗季子も産まれなくなるんだけど。」
……………。
……………えっ?
今一度、考えてみる。
え、でも。……うん。そうか。
もはやぐうの音も出ない。
私はペタンと脱力した。
こうなっちゃどうしようもない。
私はしばらく脱力したまま動けなかったけど、とりあえず気をとりなおす事にした。
我ながら、立ち直りの速さが素晴らしい。
私は背筋を伸ばして男に向き直る。
そしてコホン、と一つ咳払いをした。
もののついでだ。
この際、色々と聞いてみよう。
「侑李のユグドラシルの賢者ってのは?」
「あれはね。浅葱家の血の力ってのも、もちろんあるけど、それに加えて侑李君自身の力が大きいなぁ。お姉さん思いだからね。斗季子の力になるために転移の時に発現したんだよ。」
弟よーーー!!
マズイ。感動で泣きそうだ。
今度会ったら優しくしよう。
「グス…。あ、そうだ。じゃあお父さんが犬になっちゃうのは?あれも浅葱家の力なの?」
「……あれはウォードガイアの血だねぇ。それと、犬じゃなくてフェンリルね。ラドクリフ、不憫だなぁ。」
そうなんだ。
って事は元々犬的な血筋なのだな。
そういえば、確かヘンリーさんにそんなような事を聞いた気がする。
「お母さんってお父さんの番なんでしょ?それも何か関係あるの?」
私はここぞとばかりに質問する。
訳も分からず突然転移させられたんだ。
こんな機会があるのはとてもありがたい。
実際、彼と話をするうちに私はずいぶん納得も出来てるし、落ち着いてきてもいる。
「番であることはおそらく関係ないかな。ただ、カレンがラドクリフの番だったことで結びつきが強まったとは言える。普通、こちらの世界から斗季子の元の世界を見ることなんて出来ないんだ。ユグドラシルの葉は、浅葱家の人をこちらに呼ぶための媒体みたいなものなんだよ。」
なんとなく聞いたような気もする。
ユグドラシルの葉。
「それってウォードガイア家だけが持ってるものなの?」
「昔は4大公爵家みんな持ってたんだよ。それが失われてしまって、今はウォードガイア家だけが持ってるって事。だから、昔は他の領土に浅葱家の人が転移してくることもあったんだ。」
なるほど。
たしか、エレンダールさんは杏樹ひいひいおばあちゃんの事を知っていた。
きっとその時はエレンダールさんの領土にもユグドラシルの葉があったんだろう。
本当にこの短い時間で色んな事がわかった。
まだまだ疑問に思うことはあるけど、もっと整理してから聞いてみたい。
拉致られたけど、結果としては大満足だ。
「本当に色々教えてくれてありがとう!えっと…あれ?」
そういえばこの人、なんて名前なんだろう?ユグドラシル?で、いいのか?
「そういえば、あなたはなんて名前なの?」
聞いてみると、男はうーん、と考え込む。
「名前?…名前か…。強いて言えばユグドラシルだけど、それは称号みたいなものだし…。」
え。ちょっと。まさか。
「名前、無いの?」
恐る恐る聞いてみると、男も愕然となった。
「うん。気がつかなかった。俺、名前持ってない。いつもユグドラシルとか、世界樹って呼ばれてたから。」
なんという事でしょう。
世界樹という事は、かなりの長い年月、存在しているはずなのに。
「ええええ…。それは困るなぁ。なんて呼んだらいいの。」
どうしよう、と考えていると。
「斗季子が付けてよ!」
突如、パァァと期待のこもった目を向けられる。
「えええ!私?!」
突然の名付けの機会にうう〜ん、と考える。
良いのだろうか…。
だって、世界樹なんでしょ?
私なんかが、名前つけちゃって大丈夫?
恐縮極まりないが、本人(本樹?)たっての希望なので、頭をフル回転させる。
唸れ!私の灰色の脳細胞!
ユグドラシルってのが通称なら、あんまり変えない方がいいだろう。
ユ…ユ…ユグド…ユシル…。
「…ユージル。ってのは?」
私が言うと、その途端。
「!!??!!」
男、ユージルの体が眩い光に包まれ、そしてそれがすごい勢いで広まって行く。
「まぶし…!」
思わず手で顔を覆う。
なんだこれ?!
「…はぁぁ。」
恍惚としたため息が聞こえて、恐る恐る手を下ろすと、緑がかった銀髪だった髪が緑がかった金髪になり、元々とんでもない美しさだったのがさらに美しくなったユージルが、信じられないというふうに自分の手のひらやら、体を眺めていた。
「すごい…。こんなに力が湧いてるの、初めてだ。」
そしてユージルはそりゃあもう、キラッはキラの笑顔で私を見て。
「ありがとう!斗季子が俺に名前をくれたから、力が解放された!」
そう言って抱きついてきた。
私はもう。
恋愛スキルが果てしなく無に近い私は、もう。
ユージルのあまりのイケメンぶりやら、なにやらで、茹で蛸のようになりながら。
「あ…あだ名は、ゆっ君ね…。」
とだけ伝えるのが精一杯だった。
お読み下さりありがとうございました。
いいね、ブックマーク、お気に入り登録、評価ポイントや
誤字脱字報告、いつも本当にありがとうございます。
未熟な私ですが、皆様に助けられてお話を進める事が出来ています。
正直、こんなにあたたかく見守って下さり、感動しています。
みんな優しい…!
これからも皆様の応援を励みにお話を書いていきます!
どうぞよろしくお願いします。